10話
俺はとある探偵事務所に来ていた。高い天井の真ん中に小さな明かり取りの窓のようなものが幾つか見える。しかし陽はまだ高く上がっていなかったので、有用な明かりは入ってこなかった。殆ど何の助けにもならなかった。この事務所は極端に電球が少ない。加えて、天井以外の窓はすべてブラインドで隠れている。だから、昼間以外は極端に部屋の中が暗いのだ。それでも、真っ暗というほどではない。
そして、そんな探偵事務所に座っているのは一人の女探偵。
「やあ、待たせたね」
「待ってないサ。雫クンが遅れてくることは推理していたからネ」
青髪に碧眼の女性、有坂先輩は足を組み両手を広げソファーの上に置いてリラックスしている。俺が五芒星になってからというもの面と向かってここまで遠慮のない態度を取ってくるのは、身内を除けばこの人だけだった。
「それはそれは。流石、というべきなのかな?有坂先輩」
「先輩はやめてくれヨ。呼ぶなら有坂探偵と呼んでくれ」
「それで、今日はこの間の以来の報酬の件だったね?」
「あれ?スルー?雫クン、僕に対する扱い雑すぎない?昔の可愛いキミはどこへ行ってしまったのかな?」
「気のせいだね」
4年前のことを掘り返されても困る。というか、この人今何歳なんだろ。
「………報酬としてこちらが求めるのはいつも通り、鮮度が高くなおかつ需要のある情報だヨ」
「それならとっておきがあるよ」
「ほう!聞かせてもらおうじゃないか」
前のめりになる有坂先輩を見て作り笑いを浮かべ、警戒心を強める。きちんと考えてしゃべらないと、この人に情報を根こそぎ持っていかれかねないからだ。
「今年の決闘祭についてだ。例年と違って選手の中に3人審査委員が混ざっている」
「!審査員…ネ。何を審査するのか聞いてもいいかな?」
「それは秘密さ。ただ、これは五芒星と島の上層部が合意して決定したこと。深入りはお勧めしないよ」
「他人事だネ?また、キミが関わっている落ちじゃないのかな?」
「考えすぎだよ」
どうして、俺の周りのやつは常に俺を疑っているのだろうか?
有坂探偵事務所から帰った後、俺は決闘祭の予選に向けた準備を始める。そう、何を隠そう決闘祭に出る審査員とは俺のことだ。まさか、五芒星が選手に交じっているとは思っていないだろう。だから、変装すれば意外とバレないだろうと予想していた。問題は魔力感知に優れた魔術師にばれることだが、それはこの間の事件で手に入れた戦利品、『魔力の残滓を感知不能にするローブ』の改良品として試作された魔術具を使うから問題ない。
そもそも、何故俺が決闘祭に出ようと思ったか。純粋に暇だったからだ。だって、せっかくのイベントなのに俺らは参加できません、運営に回ってくださいというのは殺生な話だろ?
五芒星は原則参加禁止であるが、審査員という仮面があれば合法的に参加できる。この提案を上層部にしたとき、怪訝な顔をされたが気にしないで進めた。上層部にも思惑があるらしく、俺以外に2人審査員を紛れ込ませるという条件を出してきた。表向きは、《黒猫》や《星帚》の人員補充だが嘘なのはすぐにわかった。
それでも合意したのは、見ているだけはうんざりだったからだ。スポーツもそうだが、観戦しているだけではつまらない。他人がやっているゲームを眺めているだけで、楽しめる奴の感性が俺にはわからなかった。
理由はしょうもないかもしれないが、仕事はちゃんとする。早々に脱落してしまった選手でも有用そうな子がいれば、リストアップすると約束してしまったわけだし。
「主な準備はキャラメイキングだね」
口調も変えた方がいいだろう。
性別は変えない方がいいかな?どうせなら今とは違うキャラにしたいな。さてどうしたものか………。
なるべく今のキャラとかけ離れている方がいいだろう。そうすると天真爛漫な快活系のキャラだろうか?それともおしとやか系?お嬢様もありだな………。
「こんな感じかな」
魔術と化粧を併用しつつ、髪の色や長さ、身長などを偽造する。姿を変える魔術は基本的には幻惑系の魔術である。しかし、幻惑系の魔術は細部を再現するのが難しく変装などで使うのは非常に難しい。加えて、長時間維持するのが困難であるため実際に使用する人はいない。俺は、長時間の使用には耐えられるが細部の再現は得意ではない。もちろん、短時間であれば細部を完璧に偽造することなど容易い。だが、何時間も維持していると中途半端に幻惑魔術が解け、見破られかねない。そのために、化粧を併用している。髪も実際に染色する。
そして、出来上がった姿を見て頷く。
メッシュの入った赤髪、クールな吊り目、肩出しの薄手シャツの上から大きめのコートを着て、萌え袖から見える小さな手を強調、下半身は黒ニーソ。アクセサリーとして、大鎌(見せかけだけ)を装備。全体的に小柄で華奢な印象を与えつつ獲物は大鎌というギャップ萌え!我ながら天才だ。まあ、大鎌なんて使ったことないけど。
「校章さえつけていれば、制服である必要はない。このルールを決めて奴は偉大だよね」
さて、外はこれで終わり。問題は中身だ。出身は面倒だから未来学院ということにさせてもらおう。性格は無気力系で出場理由は友達との賭けに負けて罰ゲームで。強さ的にはどのくらいにしようか。俺真面目に戦っても近接戦だと強くないから、ちょっと手を抜けば90位くらいの実力は装える。ちょっと強くても、無気力系だから名前が売れてなかったにすればいいし。
さて、大体のキャラメイクは終わったし、決闘祭が楽しみだなぁ。
「やっと来たね」
差出人:管理委員会 登録部署名:学生支援課
宛 先:学生
件 名:決闘祭について
内 容:
支援課より学生の皆様にお知らせです。ご存じかと思いますが、今年も決闘祭が行われます。
まずは、簡単に概要を記載します。決闘祭は毎年、10月に一度だけ行われるイベントです。こ
こで優勝した学生は五芒星に挑む権利を与えられます。見事、五芒星を打ち負かした者は、通
常ではポイントをためるまで入れ替わり申請をできないところを特別に倒した五芒星と入れ替
わる形での権利取得が可能となります。参加は自己責任でお願いいたします。我々も、事故の
ないように努めますが毎年事故は起こります。
例年通り、本戦出場者を絞るために予選を執り行います。今年は7月の終わりから8月の10日ま
で行われます。詳細は添付ファイルをご確認の上、質問は各学校の担当者にお願い致します。
送られてきたメールを開き内容を確認してから、メールを閉じた。添付ファイルの内容は知っているからだ。要約すると
出場資格は高校生以上であること。中学生以下は学校からの許可がないと出場できない。
順位が100位以内の生徒は予選を免除される、学校からの推薦状があれば100位以下の方でも予選を免除できる。
決闘祭の予選の種目は、『逃走劇』、『迷宮探索』、『蟲毒』の全三種目。蟲毒はグループで行われる種目であり、グループは完全ランダム。
決闘祭の様子はある程度、カメラ中継される。
といった感じ。
俺は捨てアカを使い、島内SNSにある投稿を行う。
速報!
『逃走劇』では【判断力】と【魔術の技量】が、迷宮探索では【知識】と【機転】が、『蟲毒』では【覚悟】が求められるらしいゾ!
今年の種目は難易度が高い。事故を減らすためにも、この程度の情報は与えておきたい。
去年は、本選に出るまでに18000人が脱落し自己治癒魔術では治せない怪我を負ったのは3000人、本戦を含めて死者は8名出た。闇が深いのは、このうちの5名は事故という名の計画的な殺人だったということだ。
逃走劇は怪我の確立が低く、力のない未熟な魔術師を脱落させるため俺が提案した競技だ。出来れば、ここで9割近く減らしておきたい。
「さて、今年はどうなるか」
「性癖を知ればそいつのことが理解できる」
71回転生者会議で急にそんなことを宣った竹虎に視線が集まった。さっきまでまじめな話をしていたのに、急にぶっこんでくるじゃん。
「変態は黙ってろ。この間の件を忘れたとは言わせねえぞ?」
ウィリアムが突っ込みを入れ、それに同調するかの如く燈火と俺が頷いた。ストーカーもどきで、治安維持部隊に通報されたばかりだからな。竹虎はため息を吐きながら、首を横に振る。
「おれは幼女から人妻まで愛せる」
突然のカミングアウトに一同は固まった。唯一、光音だけ笑みを崩していない。聖人かこいつ。
「幼く愛らしい幼女をおれは愛おしく思う。一時成長を迎えた少女の肢体を好ましく思う。具体的には僅かな起伏と将来の予感に興奮する。二次性徴を迎えて、女性としての自覚を持ち始めた初々しい仕草に心を打たれる。若々しい体というだけでいける。成人として熟れた果実のような身体もよい。歳を重ねた熟女との禁断の不倫もいい!わかるか!?」
「「「「わからん」」」」
「これだけでおれが博愛主義であることがわかるのだ!」
「「「だからわからんって」」」
「む?なぜだ」
何で自信満々に語ってるんだこいつ。体のことしか興味ないじゃないか………いや、仕草については同意するけど。
「いくつか同意しかける意見があったのは認めるぜ?」
「おい!」
燈火から突っ込みを入れられるウィリアム。
「だがよ、ロリと人妻はダメだろ?」
「二人とも待ってもらえるかな?」
光音の言葉に二人が口を閉じる。優等生としてはこういう猥談をこの場ではしたくないのだろう。
「論点が連れてる気がするよ。性癖が人物像に結びつくかの話だろう?愛と性欲は別だと僕は思うんだ」
「「違うそうじゃない」」
何で冷静に突っ込んでるんだ?光音はブレーキのはずじゃん。何で興味深いからもっと聞きたいみたいな感じなんだよ。
「雫こそこれからの時期は好きだろ?」
「え、夏は別に好きでも嫌いでもないよ」
熱いしべたつくし、決闘祭の運営だるいし。でも海は楽しいから。
「いや、俺の目はごまかせないぜ?」
「そうだ!これからの時期は素晴らしい」
ああ、なるほど確かに素晴らしい点が一つだけある。
「ああ、肌色が眩しい季節だよね?」
「「その通り!」」
「ここは変態しかいないのか…」
猥談は魔術を使った小競り合いになるまで行われた。




