灰色の世界
「着きましたよ、アニキ。――――いえ、魔女殺しの勇者さん」
「え……?」
急に辺りに殺気が漂う。悪魔教徒が隠れていたのか……?
これは、魔法陣……?
気づいた瞬間には地面に、光る魔法陣がはっきりと現れ、俺の上から黒い、オーロラの様なものが降り注いできた。そして俺は上から押しつぶされる感覚に襲われる。
周りの木の影から魔女が大勢出て来た。
身体が……重い……動かない……
「これは……どういう……」
「ごめんね……」
「え……?」
後ろ姿で顔は見えない。だけど、肩が震えている。
あぁ、そうか。そういうことか。
なんだ、俺の勘違いだったのか。彼女だけは特別だと思っていた。そうじゃなかったのか。宙に舞う花びらが、ただ偶然自分について来ているように錯覚するのと同じで、彼女もただ偶然そこに居ただけなんだ。特別でもなんでもなかった。俺の勘違いも甚だしいところだ。そうだよ、花の下は涯がないんだ
「信じてくれって言ったのは、お前の方だろ……」
お前も俺を、裏切るんだな……みんなで俺をそうやって突き放すんだ。
ネメシアと魔女達が何かを話している。けど、もうそんなこと、どうでもいい。まただ。また裏切られたんだ、俺は。馬にも動物にも、守ろうとしていた魔女にまでも。
灰色の、世界だ。
空から降ってくる黒いそれは、激しく降り注ぐ重たい豪雨のようで、俺の浮かれていた心を地へと打ち付けた。
奥からかなり高齢な魔女がゆっくり歩いて来た。
「よくぞ引き止め誘導してきた、ネメシアよ」
俺を見下ろして老婆は言う。
「あの姉妹2人を殺した貴様は、自らの命で償え。その前に、ネメシアとの契約を解除しろ。そうしなければ、血を1滴も残さずに絞り出すまでじゃ」
「俺は、殺してない……!」
「白々しい!」
他人を信じると、これだ。この世界を良くしたい。信じてみよう、って思った矢先がこれだ。
もう、精も根も尽きた。
「かの者の心を暴け」
あれ? ここは……? 定食屋?
「もうファウストったら、聞いてた?」
「え? ローラン? 何の話だっけ……?」
いつもの様に、俺とローランは行きつけの定食でご飯を食べている。ローランのご飯の量……相変わらずの腹ぺこキャラっぷりだ。
「ファウスト君、聞いて、これは幻覚よ。魔――」
誰かの声が聞こえる。
ローランが俺の目の前で「おーい」と手を振る。
「ああ、ごめん。なんだっけ?」
「もう、また1人で考え込んでるの? アドルフ達のことは気にしなくていいよ。だから早く契約を解こうよ」
え、アドルフ?
「おい弱虫野郎、早く負けを認めろよ。この魔女は俺たちが貰う。ですよね、サヴォナローラさん?」
「ええ」
アドルフとサヴォナローラが俺の前に立っている。相変わらず嫌な顔だ。
俺は確かに決闘で勝ったはずだ。そのはずだ……
「――俺は負けてない! 勝っただろ! お前らに勝った! 魔法だって使わせてない! だから3人は絶対に渡さない!」
それに、ディスアキア……?
でも――
「ディスアキア! 俺、勝ったよ。アドルフ達に決闘で勝ったん――」
「はぁ? 何言ってんのさ。負けたんじゃん。弱っちい奴なんてボクには要らない。お前なんてもう利用価値がないんだから、さっさと契約を解除しろよ」
「え……?」
そう言ってディスアキアは俺の顔を木剣で殴り、そのまま心臓に突き立てる。
「っ――――!」
心臓が、胸が痛い……
「ファウスト君! 目を覚まして!」
また俺は森の中で魔女に囲まれ、うずくまっていた。
――身体が、重たい。首をあげるだけでも精一杯だ。それに、耳鳴りがする。周りの音が聞こえていない。
でも思い出した。
そうだった。俺はまた裏切られたんだ。
さっきディスアキアに剣を突き立てられた時、俺の中で何かが、ぐしゃりと潰れる音がした。この世界に来てから、淡々と、心を殺してやってきた。命のやりとりに対して緊張もあったのかもしれない。人間関係にも苦しい場面があったかもしれない。けど、それでも必死に、不器用なりに、頑張ってやってきた。死ぬかと思うほど痛い思いもしてきた。
でも今、俺の心が圧力に耐えかねて、潰れてしまった。
俺だって何度も信じようとしたんだ。そして実際に信じたんだ。
周りに嫌われて、鬱陶しがられて、蔑まれて。だから、助けてくれるって言われてすごく嬉しかったんだよ。陰口を叩かれている時に、慰めてくれる友達が心強かったんだ。こいつ1人いればいいやって、そう思えたんだ。
それで、他の奴らを見返してやろうって、もっと頑張って黙らせてやろうって、思ったんだ。だから、勇者としての本来の役割を果たすために、向けられるべき期待に少しでも早く近づけるように努力したんだ。
でも裏切られた。利用されて、捨てられた。「要らない」って言われた。
だから、もう信じなくなった。
灰色の世界を俺は受け入れたんだ。呪いだ。孤独でいろっていう呪いを受け入れた。
1人だったらもう裏切られることはない、これ以上ひどくなることはない、そう思っていた。だから最初は彼女と仲間になりたくなかった。だけどどこか、本当は寂しい気持ちがあったのかもしれない。
灰色に包まれたこの世界で、彼女の澄んだ真っ直ぐな瞳だけが色づいて見えた。痛い部分を、触れられたくないところを、彼女の魔法の優しい色でそっと撫でて、和めてくれる。心の隅を光で照らしてくれる、そんな気持ちがしたんだ。
「勘違いするのでないぞ。以前森で助けたのも泳がせておくためだ。おかげで帝都の動向も見られた。この2ヶ月間は姿をくらましとったが、まぁ良い。ネメシアがちゃんと連れてきた」
「ばあや。近くに悪魔教徒が大勢この辺りをうろついています。見つかるのは時間の問題かと」
「ほれ見なさい。こやつが連れて来たんじゃ」
でもこのザマだ。みんなして俺を騙すんだ。みんなから排除するんだ。
心が、壊れちまうよ……
――人を、信じてみなさい。
信じてみました……
――騙される方が悪いんですよ。
その通りだ。その場の勢いで信じてしまった俺が悪い。
すると、このざまだ。
――彼、英霊じゃないんじゃないか?
――失敗作!
――この異端者め。
――ニセモノ勇者!
――魔女に炎の鉄槌を!
――さっさと村から出て行け!
――自らの命で償え!
どうして、こうなるんだ?
俺はただ、信じてみただけなのに。頼ってみただけなのに。守ろうと思っただけなのに。
呪いだからだ。これは、呪いなんだ。
死んでもなお俺を威圧する瞳を思い出す。
静寂に包まれ、自分の鼓動だけが聴こえる。
すると、俺の中に何かが流れ込んでくるのがわかる。
マナ……? いや、これは人の気配だ。
だれだ……?
「私だよ。ネメシア」
「……」
「顔を上げて、私を見て」
「そうか……俺との契約を解除したいんだな。いいぜ……おい、俺の縛りを解け。契約を解けないだろ」
「其奴の縛りを少し緩めてやるのじゃ」
「違うわ」ネメシアは否定する。
「嘘つけ! お前らはいつもそうやって俺を騙して、利用するんだ。そして使えなくなったら切り捨てる。さっきだって、実はそうだったんだろ? 俺を助けたいとか言いながら、あの化物を確実に倒すために俺と契約したんだろ!」
俺は軽くなった左腕で短剣を抜き、契約を解除する為に右手の掌を切った。するとそこから、突然黒いもやが出て来て俺を飲み込んだ。
「これは――」
俺は1人で立っていた。周りは灰色の世界。でも森ではないどこか。
ここは……どこだ?
そしてそこには、「何か」がいた。
「何か」からは鼓動、いや、息を吐く様に激しい感情が発せられている。俺は知っている。これは怒りだ。俺が今朝の村とさっきのバロン村で感じた、あの怒り。破門された時から感じていた怒り。
そして「何か」には色がついていた。ぐちゃぐちゃな色。乾燥して凝り固まった様々な種類の絵具を混ぜて作った様な、ちぐはぐな色。
俺の世界の色はここに集約されているのか?
それに「何か」の上に覆いかぶさる、あの黒いもやは……
いや、あれは……黒い炎?
何か言っている……
「準備はできたか、ファウスト?」
「準備? なんの準備だ?」
「知ってるくせに。しらを切るつもりか?」
「……お前を受け入れる準備か」
「ご名答」
「ファウスト! そいつの言うことは聞いちゃダメ! そいつは君の中に眠っている悪魔よ」
ネメシアか。いや、マナを感じる。マナを通じて俺の中に入ってきたのか。
「そんなこと、知ってる。お前、何しにきたんだ? ここは俺の中だ」
「君を助けに来たんだよ」
「またそれか。もう聞き飽きた。出て行け」
「ファウスト君、ごめんね。まずは謝らないといけないね。さっきは事情を説明している暇はなかったの。これは私たちが乗り越えないといけない壁だから。私は裏切ってなんかいないよ。正直に話すから聞いてね」
「やめろ、聞きたくない。もういい。出て行ってくれ!」
「いやよ、聞いて。あの時ルピナスの――友達の使い魔だった馬に言われたの。君がロニ子とロニエを殺した犯人だと魔女に思われているって。だから連れてきて欲しいって。でも私はその時単独で帝都にいたから知ってる。私は見てた。君はそんなことしてないって。守ってくれたんだって。馬から貰ったあの指輪あるでしょ。あれには透視魔法が掛けられているんだけど、どうやら他の魔術師に細工をされていたみたいなの。だからあなたが殺したっていう、編集された偽物の映像が流れたらしいわ。だから、まずはこの疑いを魔女たちから晴らさないといけないから、私はそのまま君を連れて来たの。そうじゃないと、悪魔教と魔女の両方と戦うことになるから。黙っていてごめんなさい。決して裏切ったわけじゃないの」
「だから何だって言うんだ? 俺は捕まってる。結果的には裏切ったことと同義だ」
「私が君の疑いを晴らす」
彼女の目は、力強く、覚悟があった。
「おい、魔女の目を見るな。操られるぞ」
「操られる?」
「そうだ。魔女は男を催淫する。お前を手玉にとって操ることくらい簡単だ。オレ様はお前の中からずっと見ていたぞ。そして気がついた。お前は操られていると。そやつの目を見た時から、お前は催眠術にかかっていたんだ。初めて会った時、おかしいと思わなかったか? なぜそやつの瞳だけに色がついていたんだ? 簡単な話だ。魔法だ。そやつの魔法にも色がついているだろう? そやつはずっと魔法を使ってお前を操っていたんだ。あの皇女みたいに、思わせ振りな態度をとって利用されるだけだ。だからここまで連れてこられたんだ。サキュバスと同じだ。催淫しているんだ、そやつは」
「ファウスト君、私はそんなことはしていないわ」
「……俺にお前を信じろっていうのか? この状況で? 笑わせるなよ」
「そうだ、ファウスト。信用するな。もう騙されるな。虚構を信じるな。そもそも信じるということ自体が虚構なんだ。魔女は心の機微に敏感だ。弱っている心の隙につけ込む。そうして操作するなぞ、造作もない」
「そんなの言われなくとも知ってるさ」
「そうだったな。お前は身を以て体験していた。じゃあ、そいつから流れ込んでくるマナを止めろ。早く契約を解除するんだ。乗っ取られるぞ。お前がこれ以上その魔女のマナを受け入れると、取り返しがつかなくなる。あやつといると、心地良いと思っているんだろう? 暖かいと思っているんだろう? わかるぞ。オレ様もお前の中にいるからな。だが騙されるな。そやつも他の奴ら同様、お前を騙したんだ」
「ファウスト……私の話を聞いて!」
「その契約は対等なものだと思っているのか? 契約したときに不自然に思わなかったのか? 痛くはなかったか? 心臓に違和感を覚えなかったか? お前の半分はもう、支配されている。心に、重たい呪いが刻まれてしまった。オレ様とお前は、魔女の実験台にされるんだ」
「実験台にされる……?」
「そうだ。お前は良いサンプルなんだよ。悪魔と勇者が一緒になった――」
「でも俺は失敗作なんじゃ……?」
「いや、失敗作じゃない。オレ様を受け入れれば、完全になれる!」
「ダメよ! そんなことをすれば、世界が滅ぶわ!」
「何ベタなこと言ってんだ、お前は。滅ぶわけないだろ」
「そうだ。そやつはお前のことを知りもしないのに、知っているような素振りでお前のことを話す。そしてお前は自分のことを自ら進んで話していった。おかしいとは思わなかったのか? まさかお前がこの魔女にとって特別だなんて思っていないよな? 皇女の件で懲りただろう? 2の舞を踏むつもりか?」
「黙りなさい! ファウスト……本当に、そいつを信じるの? 私は信じなくて、悪魔の言うことは信じるの……?」
「おかしいと思わなかったのか? 契約した時、あの魔女は魔法で魔物の攻撃を防げたんじゃなかったか? なぜ、噛まれたんだ? 魔法があるのに、ありえないだろう。あれもパフォーマンスというやつだ。それにお前はまんまと騙されたというわけだ」
「……そうだよ。こいつの言う通りだ。心にも思ってないことを口から出任せにベラベラと……お前には信用できない点が多すぎる。無理だ。もう、無理だよ。俺は1度お前を信用したんだ! でも、お前は俺を突き放した。他のやつと同じだ。前に言われたよ。騙される方が悪いってな。信じるなら、それを疑ってかかれってな。お前らが教えてくれたんだ。だから信じてる、なんて軽い言葉は信じられないんだよ。これ以上信じて欲しいなんて言われても、もう無理だ。お前も、ニセモノなんだ!」
俺の放った言葉が俺の中で鋭く響いた。
「たとえ真の名を知らなくとも、魔女のマナは真実を語る。嘘はつかないわ。君は、私のマナをどう感じるの? 暖かい……? それとも冷たい……? 私は君が私をどう感じてるかは知らない。だけどこれだけは断言できる。君が感じているそのマナの感覚は、本物だよ。偽物じゃない。真の名にかけて誓うわ」
「その言葉が嘘でない証拠が無い。こんな小娘に騙されるなよ、ファウスト」
「……!」
そう言われて、先生に聞いたことを思い出した。
マナは心と繋がっている。そして魔女は自分の真の名を、自らの真名を、人生をかけて探すんだと。もし見つけることができたなら、それを大切な人以外に決して他言してはならない。真名を使ってその魔女のマナを操ることができるからだ。真名で呼ばれると、嘘を付けないからだ。真名は魔女を隷属させることも、その秘められた力を引き出すこともできる。奴隷契約以上に重たいものだと言っていた。
真名は魔女の、本当の自分なんだ。
「正直言うとね、君から流れてくるマナは、とても冷たい。私の体が凍えそうなほどに。君のマナはその悪魔から流れてきているの。それに君が経験してきたことが重なって、もっと冷たくなってる……もう人は信じられないって、マナが言っている。怖いって泣いている。もう嫌だって、辛いって、苦しいって、もう耐えられないって、逃げ出したいって……」
ネメシアは泣いている。本当に、泣き虫だ。
ネメシアから流れてくるマナはどうだろう……?
さっき契約した時に流れて来た暖かいマナに、俺は心地いいと感じた。
今もそうだ。
うん、暖かい。優しく俺を包み込んでくれるような、安心感がある……
これは……これが「本物」なのか?
「あの時、助けてあげられなくて、ごめんね。もっと早く見つけてあげられなくて、ごめんね。もっと早く気付いてあげられなくて、ごめんね。もっと早く受け止めてあげられなくて、ごめんね…………だけど、これからは違うわ。ぶつけて来て。君の全てを、受け止めてみせるから……!」
「……なんでそこまで……俺の何を知ってるってんだよ。お前、何様だよ!」
彼女のマナがビクッとしたのがわかった。
「だって君が、助けてくれたから。君が私を助けてくれたから。何度も、助けてくれたから」
「俺はアドルフの件と逃した件でしか助けてないぞ。まだ2回だけだ」
「これから助けてくれるよ、きっと。私、信じてるから」
「後ろから剣で刺すかもしれないぞ?」
「そんなこと、君はしないよ」
「……俺は、偽物だ。偽物の勇者なんだ。俺は大切な人に、自分の守りたいものを自らの手で殺させたんだ。俺の力が足りなかったばっかりに。俺はそんなやつなんだ。好きな人を傷つけてしまうから、頼れない。他のやつは俺を裏切る。馬にだって裏切られた」
「みんなの目にはニセモノに映っても、私の瞳は、私の心は、君はホンモノの勇者なんだって言ってる。他の人にとって君は偽物でも、私は知ってる、君は私の本物だって。みんなが君を裏切っても、私は裏切らない。命だって、惜しくないよ」
「それでも……」
「大丈夫。君が自分を偽物だって言うんなら、一緒に探そ? 一緒に旅をして、いろんな物を見て、考えて、感じて、血と肉を賭けて苦しんで、そうやって、私たちの本物を一緒に探そうよ!」
「……無理だ。俺は、死んだ命に呪われているんだ。ずっと独りでいろって……呪われてるんだ」
「これは呪いなんかじゃないよ。君はただ、感情を隠すのが上手くなっただけ。君は怒り以外を全部隠したの。知らない内に色を隠したの。目を瞑って、耳を塞いで、隠したの。そうして君の色は迷子になってるの。でも、隠して、忘れようとしても、心の傷は癒えないよ……だから私が一緒に探してあげる。だから、諦めないで」
「……俺は、お前を怒鳴って突き飛ばしたんだぞ? 冷たくあしらったんだぞ? こんなやつでも、いいのか……?」
「うん……あの時はちょっぴり傷ついたけど、いいよ。大丈夫、私が一緒にいてあげる」
泣きたいけど、泣いたら男じゃない。
ディスアキアに言われる。男なら泣くな、って。
「我慢しなくてもいいよ。泣きたいなら、泣いちゃえばいい。言ったでしょ、私は君の全てを受け止める覚悟だって」
そう言って彼女は俺の手を握る。
「輝け、色づけ、君の世界」
彼女の目が光る。
すると、雨が、降ってきた。
固まって動かなかった絵具のような心を、雨が溶かして流してくれる。
でもそれでいて、心が晴れる様な。
感情が一気に、溢れ出す。
涙が出て来た。ボロボロと流れ出て来た。
そうして涙で、瞳が洗われた。
俺は森で泣いていた。ネメシアに抱きしめられて、声を出して泣いていた。
「傷よ、治れ」
掌についた傷が治っていく。黒い炎も同時に消火されていく。
掌から感じる。ネメシアの暖かいマナの流れが全身に広がっていく感覚を。
「こんばんは、ファウスト君。私はネメシア。真名は『偽りない心』。信じてくれてありがとう」
彼女はそっと俺だけに聞こえるように、耳元で囁いた。
「それって――」
「しーっ、言葉は蛇足よ」
そうか……
雨は相変わらず降っているが、優しく暖かかった。
眼を開けると世界は――、
世界は、色を取り戻していた。




