最終話 鬼龍寺鉄馬とアルフォニカのこれから
特別になりたいと思った。
特別な力。
特別な能力。
特別な地位。
特別な肩書き。
そんなものがあれば、俺はもう少し上手くやれたのかもしれないと、少し思ってしまうのだ。
たった数日。
王都で過ごした時間はそれだけのものだ。
けれど、美しかった町並みは瓦礫に潰れ、賑やかだった大通りは悲しみに包まれてしまっていた。
ドラゴンによる破壊。
そして、そのドラゴンを神のように崇める『竜神信仰』の信徒達。その存在によって。
『なにを悩んでいるの?』
その『竜神信仰』の対……というか、世間一般に広まっている『精霊信仰』の王都における拠点とも言うべき神殿の三階から王都の街並みを眺めていると、そんな声が頭上から。
聞き慣れた声に顔を上げると、久しぶりに見たような気がする見慣れた顔があった。
ふよふよと空中――三階の窓の外に浮いているのはこの精霊信仰の神殿における、現状で最も偉いとされている大精霊の娘であり子供の頃からずっと一緒にいた金色の女性、アルフォニカだ。
彼女は見慣れた明るい笑顔を浮かべたまま俺の傍に来ると、横に並んで同じ目線から王都の街並みを見た。
『ひっどくやられちゃったわねえ』
「めちゃくちゃ他人事だな……」
その第一声に呆れた声を返すと、アルフォニカはコホンと咳払いを一つして、うーんと少し悩む。
……もしかしたら、落ち込んでいる俺を慰めようとしてくれているのだろうか?
そりゃあまあ。
俺だって落ち込むよ。街がこんなになったら。
しかもその現場にいたのだから。
『怖かった?』
「それもあるし、もう少し上手に立ち回れたらここまで酷い状況にならなかったかもしれないし、もっと何か出来た事があるかもしれないし……えっと」
途中から上手く喋れなくなったが、アルフォニカはいつものように笑ったりしなかった。
見ると、彼女はこっちをじっと見ている。
『他には?』
「最初は沢山の人を助けたいと思ったけど、最後の方はもう自分が生きる事だけで精いっぱいだったな……かっこ悪い」
『でも、カルサとコールを助けようとしてたじゃない』
「それが精一杯だったよ」
はあ、と大きく息を吐いて気持ちを落ち着ける。
今更だと思うのは残酷だろうか?
家を失った人。
家族を失った人。
恋人や友達を失った人。
神殿の一階にはそんな人たちが沢山、集まっている。
怪我の治療のためにと、当座の食糧を求めてだ。
これじゃあ災害に巻き込まれた人たちだと思ったけど、実際にドラゴンというのはそんなものだった。
歩くだけで地震を起こし、その巨体がちょっとでも触れれば家屋が倒壊する。
数日経っても追いかけられた恐怖は消えないし――それはまあ、いいか。
自分の事なんかを考えても、なんというか悲しくなるだけだ。自分が情けなくて。
「もっと俺が強かったら、もう少しはこの状況が変わっていたかな?」
『ぷっ――変わらないわよ。普通の人が少し強くても、ドラゴンが相手だと変わらない。分かっているでしょう?』
「……そうだな」
それでも、少しでも希望が欲しかった俺は子供みたいに唇を尖らせ、それを見たアルフォニカはいつものように明るく笑った。
『テツマは、私やテッドが特別だと思う?』
「? そりゃあ、まあ。」
その不思議な質問へ正直に答えると、アルフォニカはため息を吐いた。
俺に向けていた視線が逸らされ、何もない空中を見やる。
『テツマが思っているほど、『特別』っていうのは特別じゃないものよ』
「特別が特別じゃない、ねえ」
『テッドもそのうち理解するでしょうけど、特別な力を持っている事よりも、普通で居る事の方がよっぽど『特別』な事なのよ?』
「なんだそりゃ?」
まるで謎掛けだ。
その真意が分からずにアルフォニカを見ると、彼女は俺の顔を見てまた笑う。今度はさっきよりも少し高い声を出して。
『変な顔』
「うっさいなあ……俺の顔なんか見慣れてるだろ?」
『ええ。見慣れている』
俺を慰めてくれているのか、それとも小馬鹿にしているのか。
なんとも判断が出来ない状況に、ため息を吐いて窓から体を離した。
いつまでも破壊された街並みを眺めていても気が滅入るだけだし、一回で治療を受けている人達だって気持ちが落ち着けば復興作業をすると言っていた。
前世の記憶の中にもある。
人は、どんな時でも前に進める。
壊されても直して。
失ったものを取り戻して。
かけがえのないものをまた見つけて。
少し立ち止っても、そうやってまた前に進んでいけるのだ。
「お前はこれから、テッドと行くのか?」
『どこに?』
「どこって……ドラゴンを信仰している連中を探し出すとか、他のドラゴンを探したりとか」
『しないわよ?』
あれ?
俺はてっきり、これからもアルフォニカはテッドと行動を共にするとばかり思っていたから、その言葉に拍子抜けしてしまった。
昨日の夜は、王都の惨劇とその事ですごく悩んだというのに……。
「じゃあお前、なにするの?」
『なにって……テツマと一緒にいるつもりだけど』
「じゃあ、ドラゴンとか、竜神信仰の信徒とかは?」
『見付かったらテッドに力を貸すけど……なに、私が邪魔だとか言うんじゃないでしょうね?』
「言わないけど」
なんだろう。
こう。
物凄く気が抜けた声を出したんだと思う。あと、こんな状況だっていうのに体からも力が抜けた。
また、今度は窓枠に体を預けて、廊下の壁を見ながらため息を吐く。
「やー……だって、お前とテッドがドラゴンを退治した方が問題は早く片付くんじゃないかって思うだろ。普通」
『無茶を言わないでよ。どこにいるかも分からないんだから……向こうが狙うのはこの神殿と私、そして私の力を宿せるテッドにお姫様とカルサ。その全部が王都に集まっていれば、探さなくても向こうからやってくるわよ』
そりゃそうだ。ぐうの音も出ない正論である。
どこに居るか分からないなら、狙っているモノ全部を一か所に集めて向こうが来るようにすればいい。
その通りだ。
『王都っていうのはそのために作られているのよ。説明したでしょう? 外壁は外敵を防ぐ為に作られているんだって』
「う」
『まあ、住んでいる人達には苦労を強いるかもしれないけど――そこはしょうがないわ。うん』
「それでいいのか?」
『だって、どこに敵が居るか分からないし――探し回って遠くに居る時に王都を攻撃されたら、それこそどうしようもないでしょ?』
その言葉で、ひとつ気になっていたことを思い出した。
「そういえばさ、お前とテッドってお姫様を連れて王都の外に出ていただろ?」
『うん。あと、アーリシャもね』
「戻ってくるのが早かったけど、どうしたんだ?」
『転移魔法。竜神信仰の連中がドラゴンを召喚した魔法の応用よ』
「なにそれ。お前、そんなすごい魔法を使えるの」
『違う違う。私じゃなくて、アーリシャよ。一応あんな姿でも、この神殿で一番偉いんだから、能力もそれ相応って事』
信じられん……外見は十歳くらいの女の子なのに。
いやまあ、アルフォニカとは昔から知り合いだって言っていたし――こいつと長い付き合いってだけで、アーリシャさんも凄い人なんだと考えるべきだったのか。
「なんか、俺の周りって凄い人ばっかりな気がする」
『転移魔法くらいなら、テツマでも使えるようになりそうだけど』
「え、ほんと?」
『後で教えてほしいって頼んでみたら? あの子、なんだかあなたの事を気に入っているみたいだったし』
「……ほんとに?」
『あんな小さな子の話なのに、なに鼻の下を伸ばしてるのよ』
「伸ばしてないって!?」
言われて鼻の下を手で擦ると、アルフォニカから疑いの視線が向けられる。
いやいや。
どう言い訳しようかと悩むと、けれどアルフォニカはすぐに破顔した。
「はあ……こうやって話すの、たった何日かしか過ぎていないのに、凄く懐かしいな」
『そうねえ。田舎の暮らしが懐かしいわ』
だなあ、と。
名前も無い村に住んでいる時は、毎日のようにこんな会話をしていた。
それこそ、飽きるくらい。時々だけど面倒に感じるくらい。
でも、今はこんな会話が凄く嬉しい。
これが当たり前だったから、その当たり前がどれだけ大切な事なのか気付かされたというか。
もしかしたらこういう事が、さっきアルフォニカが言っていた『特別な事こそ特別じゃない』という事なのかもしれない。
普通だけど特別で、特別だけど普通。
アルフォニカやテッドにとって、ドラゴンと戦うという『特別』が、これからは『普通』になっていってしまうのだろうか?
そう考えると――なんだか、少し悲しくなった。
だって、あんなにデカくて怖い相手と戦うのが普通だなんて、そんな日常は嫌じゃないか。
「取り敢えずさ。俺は街の復興を手伝ったりするつもりだけど、アルフォニカはどうする?」
『さっき言ったでしょう? テツマについて行くわよ。そっちの方が楽しそうだし』
「……楽しいかなあ」
きついだけだと思うけど――とも思ったけど、そういえばこいつは物に触れないし普通の人からは見えないんだから、何もしないって言えば何もしないのか。
うーん。
「退屈だと思うけど」
『あら? テツマが頑張っている姿を見るだけでも楽しいものよ。ええ』
「性格が悪いよな、お前」
『まっ、失礼ねぇ』
まあいいか、と。
それでお前が楽しいなら。
話を打ち切って一階へ移動すると、一階では怪我をした人達や食事を求めて来た人達が列になっていて、その列に割り込みのような不正が無いよう兵士や騎士の人達が目を光らせていた。
治療や炊き出しを行っているのは神殿の神官たちだ。
その中にはアーリシャさんの姿もある。
小さな神官長様だが、なんというか存在感は人一倍。彼女は炊き出しを行っていて、小さな体を明一杯動かしながら温かい吸い物を配っている。
列を見張る騎士の中にはテッドの姿もあって、二人とも忙しそうだ。俺やアルフォニカの姿に気付いていない。
たぶんどこかにも、カルサのおっさんとカリーナ姫様が居るはずだ。朝、挨拶をしたし。
「さて、それじゃあ俺が出来る事をやらないとな」
『そういう事。特別だとか、力が欲しいとか。そんな事を悩む前に、出来る事をやりなさいな』
「……へいへい」
お前に言われるとなー……と思わなくもないけれど、言い返すことなく人ごみに紛れて神殿の外へ出る。
村を出て、幼馴染のテッドやずっと一緒に居たアルフォニカが特別だと知って。
それでも、やることは変わらない。
村にいた時と一緒だ。
俺は、俺が出来る事を、出来る範囲で頑張るしかないのだ。
「んじゃ、頑張るかね」
『頑張りなさい、テツマ』
それはなんだか、母親が子供に向けるような言葉だなあ、と。
ただ不思議なのは。
一番最初。どうしてアルフォニカが、自分の力を完璧に使えるテッドじゃなくて俺なんかの所に来たのかという事だけど……それはまた、いつか聞けるだろうか?
そんな事を考えながら、俺は壊れた王都の街並みを歩き出した。
今回で一旦の完結です。
短い間でしたが、お付き合いくださりありがとうございました。




