序
それは、全くの不意討ちだった。
「この化け物め!」
叫びながら槍を手に突進してきた僧侶のことではない。けらけらと嗤いながら刀を手に跳ねまわる、人に化けた狐のことだ。
事前の知らせでは、もっと先にいるはずだった。待ち伏せをされていたのだ。
背後からの攻撃であろうと、それが只人によるものであれば躱すことは造作もない。だが、庇っていたはずの相手に明確な敵意を向けられて、翻した狩衣越しに思わずぎろりと睨みつける。
「ひぃっ………!」
腰を抜かして床に座り込み、それでも恐怖心から必死に後ずさりする男の姿に、呆れてものも言えない。怯えるなら、初めから向かってこなければよいものを。
こちらとしても、早く逃げてくれた方が助かるのだ。慌てふためき、右往左往する者。さめざめと泣くだけで、その場から動こうともしない者。それらを庇いながら、広くはない屋内で立ち回るのは骨が折れる。
何より、彼らを巻き込まないようにするために、全力を出し切れていない。
己の扱う力は、炎。
人の身に余る、すべてを焼き尽くす力。
この場で己が力を振るえば、無関係の人々の命を悉く奪ってしまうのは必須。
本来なら、己が敵を引きつけている間に、共に応戦している男が人々を安全な場所まで誘導するはずだった。長い付き合いだ。言葉を交わさなくとも、互いが自然にそう動こうとしていた。
だが、縦横無尽に暴れまわる敵のせいで、飛ばされてくる屏風や唐櫃といった調度品が人々を傷つけないように立ち回るのに精一杯で、いつになく苦戦を強いられていた。
「うわああああ!」
先程の僧侶の動きに触発されたのか、貧相な男が武器にもならない杖を構えて突撃してくる。相手をするのも馬鹿らしい隙だらけの攻撃だが、民草を傷つけるわけにはいかない。躱して適当にあしらうつもりだったのが、首筋にちりりと走った嫌な直感に、寸でのところで足を止めた。
己の背後に、敵の切先が迫っていた。
避けるだけならまだ間に合う。だが、それではこの目の前にいる本来は無関係な男が、その刃の餌食になる。
民草を傷つけるわけにはいかないのと同じように、傷つけさせるわけにもいかない。
ならば、己の体で受け止めるしかない。
そう覚悟した、はずだった。




