50. PM4:20~
「で?」
住居スペースに戻ると、リビングのソファに寝転がって備吾が文庫本を読んでいた。
「それで、少し待ってみることにしたんだ」
「いやいや」
納得がいかないという顔をして、上半身を起こす備吾。
「すぐに警察っつうか、交番にでも届けろよ。不法侵入な上に、不法占拠だろうが」
「まあ、そうなんだけれど」
備吾の言いたいことは分かるが、仁良にはどうしても彼が悪い人間には思えなかった。ただ屋上にいるだけで、まだ何をされたわけではない。
「まあ、紅茶でも飲んでゆっくりしよう」
仁良は三人分の紅茶を淹れるよう用意をする。怜雄も手伝ってくれて、紅茶の味に満足したのか備吾もそれ以上何も言わなかった。
約三十分後。午後四時二十分。
怜雄と調理器具の後片付けをしていた仁良は手を止めた。
「そろそろ、もう一度見に行ってみるかな」
「あ、僕も行きます」
「……俺も行くか」
どうやら備吾も心配してついてきてくれるようだ。三人で屋上へ続く階段を上っていく。
「あれ?」
怜雄が一番に声を上げた。仁良も異変を感じとった。なにせ、屋上のドアが半開きになっていたのだ。仁良は良かったと笑みをこぼす。
「やっぱり、悪い人じゃなかったんだ」
「いや、待て。屋上で待ち伏せしているかもしれない。慎重に行くぞ」
心配のし過ぎだとは思うが、備吾も自分の身を案じて言ってくれているので、言う通りにする。ゆっくりと屋上のドアを開けた。
外は少しだけ夜の気配を感じるものの、まだ明るい。町の生活音が聞こえて来る。
「いない、かな」
見えるのは物干し台にかかっている洗濯物に、プランターに植えられたミニトマトや茄子。それから、今夜の為に用意していた簡易テーブルとイスだ。
備吾が洗濯物の裏側に誰かいないか見に行くが、誰もいない。
「あれ? ドアを封鎖するのにその台座を使ったのに、戻したのかな」
見てみると汚れた様子もない。きっと洗濯物は簡易テーブルの上に置かれていたのだろう。
「屋上に初めて来ましたけど、すごく緑が多いですね」
怜雄はしゃがみ込んで植えてある大葉を見ている。屋上の隅々まで見てきた備吾が振り返った。
「……誰もいないみたいだな。仁良、白昼夢でも見たか?」
「そ、そんなわけないだろ! きっと、説得に応じて出て行ってくれたんだよ。怜雄くんも聞いていたよね」
「はい」
備吾は「ふーん」と納得のいかない様子だ。赤くなったミニトマトを一つちぎって口に放り込む。
「まあ、いいか。また夜だろ。それまで寝る」
備吾は一人で戻っていった。仁良と怜雄は洗濯物を取り込み、住居スペースに運ぶ。畳んで全ての準備が終わると、怜雄とフラワーショップりんへ閉店の片付けを手伝いに行く。
午後八時。五人で簡易のイスに座って西側の山を見つめる。
「お、おー……」
山の間に花火が上がり始めた。あまり大きくない音が先に届く。離れているからだろうか。音より遅れて、ゆっくりと火の玉が上がって来た。白い火花が散って、花を咲かせた。大きくはない。手を伸ばせば手のひらに乗るぐらいの玉の大きさだ。
「わー! 今年初めての花火です!」
「綺麗ね」
水木と鈴華の女性二人はとても喜んでいる。怜雄も黙ってはいるが、満足そうな顔で眺めていた。
「花火っていうのはな。中国でのろしを上げたのが始まりだと言われている。竹筒の中に火薬を入れて打ち上げたんだな。もちろん、無色だ。それから研究が重ねられて、花のように広がったり色が付いたりしたんだ」
備吾は微妙な顔で頬杖をついている。花火の解説をしているが、とても退屈そうだ。確かに、巷の花火大会で見るよりもずっと地味な花火だ。
「備吾、ビールでも飲むか」
「いや、いい」
気を利かせたつもりだったが、備吾は勝手にクーラーボックスの中からウーロン茶を取った。
意外なことに備吾はアルコールを全く飲まない。以前、飲み物がアルコールしかなく、仕方なく飲んでいたことはあったが、全く酔った様子はなかった。きっと、全く酔わない体質で飲んでも楽しくはないのだろう。
ビールは自分が飲むことにして、未成年の水木と怜雄にはジュースを、鈴華には桃のチューハイを渡した。特製ソースを付けたバケットの評判もいい。
妙なことがあったが、とても充実した一日だった。
妙なことがあった一日だった。だが、それは解決したはずだ。
「じゃあ、なんで巻き戻ってんだよ」
寝て起きたら、仁良がガサゴソと家の倉庫を漁っている。出て来たのは見覚えのある簡易テーブルだ。




