49. PM3:13~
午後三時十三分。
バケットも焼き上がり、添え物やソースも三種類用意した。明太子のソースと生ハムチーズの添え物と鶏レバーのパテだ。もっと種類を作りたかったが重い男だと思われたくないから、三つに絞った。
「なんだ。結局、気合入れてパン焼いているんじゃないか」
部屋から備吾が出て来た。さすがに寝巻姿ではない。デニムと無地のTシャツといつもの恰好だ。
「えっ、これでも重いか?!」
「まあ、料理好きなことは知られているんだ。重いもなにもないだろ」
じゃあ、朝に言っていたことは何だったのだと思うが、大丈夫ならそれでいいことにした。
「そうだ。今日は鈴華さんと水木ちゃんの他に怜雄くんも誘ったよ」
「怜雄? なんで? 偶然会ったか?」
備吾が驚くだろうと、仁良は思わずにんまりとしてしまう。
「実は怜雄くん、フラワーショップりんでアルバイトを始めたんだ」
「……なんだ」
思ったより備吾の反応が薄い。仁良はバケットに伸びて来た手から、皿を遠ざける。
「なんだって、知っていたのか?」
「いいや。でも、いつかそうするんじゃないかと思ったからよ。店が閉まる前に売れ残った花を割引で買っちゃいたが、それでも財布には優しくないだろ。鈴華も気にしていたし」
「へー、そうなんだ」
「そうなんだって、お前が怜雄のことを話していたんだろう」
「いいや。何でもないさ」
仁良は怜雄が花を買っていたことは聞いたが、それが閉店前の割引価格だとは知らなかった。どうやら、備吾は怜雄のことを特別気にかけているらしい。あまり人に興味がないと思っていたが、これは良い傾向だとまた思わず笑みが漏れる。
「そうだ。バケット味見してみるか?」
仁良は上機嫌で、切ったバケットの端にソースを付けて備吾に渡した。
「美味い」
言葉数は少ないが、本心で言っていることはよく分かる。その証拠におかわりを要求してきたが、あとは花火を見ながら食べる分だ。
午後三時五十二分。
食べ物と飲み物の用意は出来た。あとはバスケットに入れて、屋上に持っていくだけだ。うちわもいくつか用意した。
「あとは……ああ。洗濯ものが干しっぱなしだ」
いつもはもう少し遅い時間に取り込むが、夏なのでとっくに乾いているだろう。住居スペースのドアを開けて、階段を上がっていく。そして、ドアノブに手をかけた。
「あ、あれ?」
ドアノブは回る。だが、押しても開かない。まるで、何かにつっかえているようだ。
ドアの周りには何もないはずだがと思って、全体重を乗せて思い切り押した。すると、ズッと何かが引きずられるように動いたようだ。
「何が……」
隙間から外を覗いた。なぜか、物干し台の石の台座が置かれているようだ。さすがの仁良もおかしいと思った。
「……誰か、いるんですか」
恐る恐る尋ねた。すると、返事がある。
「ああ。いる」
男性の声だ。思わずビクッと肩が跳ねた。
「な、何をしているんですか。そんなところで」
「なんでもいいだろう」
「い、いや。そこは僕の家の敷地のようなもので……」
ようなものも何も、敷地そのものなのだが、何故か丁寧な口調になってしまう。
「それよりも、大事な話がある」
なんだろうと耳を傾けていると、後ろからパタパタと足音がした。振り返ると、怜雄が階段を上ってきていた。
「仁良さん。鈴華さんが準備もあるかもしれないから、こっちを手伝ってくれないかって……。ドアに張り付いて何をしているんですか」
「いや、ちょっと諸事情が」
仁良は屋上に誰かがいて、勝手に封鎖していることを伝えた。怜雄は苦い表情で言う。
「……僕が言うのもなんですが、警察に連絡した方がいいと思います」
「そうかな。でも、悪い人じゃないと思うんだ。あのー、平和的に解決しましょう。そこを出て行ってもらえたら、自分は警察には連絡しません!」
大きな声でドアの隙間から語り掛けた。しかし、返事はない。
「参ったな」
もう一度ドアを押すと、今度はピクリとも動かなくなっていた。
「やっぱり警察に……」
「まあ、怜雄くん。もう少し待ってみようか。そのうち、気も変わるかもしれないしさ」
仁良は屋上のドアに背を向ける。怜雄も仁良さんがそう言うならとついてきた。




