48. AM8:12~
午前八時十二分。
この日、探偵小椋仁良は朝から張り切っていた。
「よっ! あった、あった」
倉庫からキャンプに使う簡易テーブルやイスを引っ張り出している。同居人である備吾が自室から腹をかきながら出て来た。
「ふわぁ……。朝から何ガタゴトやっているんだ、仁良?」
「何って、今日は花火大会があるから。今から準備しないと間に合わなくてさ」
「花火大会?」
備吾は両眼を寄せる。知らないはずだ。
「ああ。この町内じゃなくて、隣町の! だけど、ちょうどビルの屋上から山の間から見えるんだ。そう叔父さんが言っていたのを思い出してさ」
「へえ」
仁良の叔父は行方不明だ。鈴華の夫を探しに出て、同じように音信不通になってしまった。
「備吾も手伝ってくれよ! セッティングして、料理を作って、今日は大忙しなんだ!」
「別にセッティングと料理は必要ないだろ。花火を見るだけなんだから精々イスさえあれば十分だ」
「でも、せっかくだから鈴華さんたちも誘おうと思うんだ。だから、せっかくなら美味しいものを食べながら見て欲しいだろう。今からストックのソースを使って牛タンシチューを仕込まないと」
昨日の夜に思い出したばかりなので、まだ誘えていない。花火は八時から上がる。
「……たかが山の隙間から見える花火にそこまですると重い男だと思われるぞ」
「う˝……」
一番ダメージのある言葉が襲って来た。鈴華にとって自分の想いは重い自覚はある。だからといって、何も用意しないわけにはいかない。
「じゃあ、軽い食べ物と飲み物ぐらいにしておくよ」
「そうしておけ」
備吾は部屋に戻っていく。結局は手伝ってはくれないらしい。とはいえ、イスだけでも十分というのは備吾の言う通りではある。
仁良は簡易テーブルとイスを二回に分けて屋上に運ぶ。屋上は三階にある住居スペースの上に一階分登ったドアを開けた場所だ。屋上は洗濯物干しと家庭菜園に使っている。つい十分前に干したTシャツやシーツが風に揺れ、育ったミニトマトは赤々としていた。
仁良は西側の山を見る。遠い山々は朝日に照らされて、緑が濃く輝いていた。空も眩しいほど晴れている。花火大会は間違いなく開催されるだろう。
「うーん。あの山の向こうか」
山並みは大きいが遠くもある。花火はどれほどの大きさで見えるだろうか。
誘ってみたものの、あまりに小さい花火では申し訳ない。ただ、こればかりは実物を見ないことには分からなかった。備吾の言う通り、簡単なものを用意した方がどちらも気を使わないで済むだろう。
仁良はテーブルとイスを運び終わると、屋上をあとにする。いつもかけている鍵はかけなかった。
午前十時三十分。
仁良はバケットを焼くように準備をしている。しかし、生地を発酵させるために時間を置かないといけない。バケットにチーズや手作りソースなどを乗せて食べてもらうつもりだ。足りない材料を買いに行くことにする。
雑居ビルの階段を降りて、フラワーショップりんを覗く。鈴華は接客中のようだ。邪魔をしては悪いと買い物を先に済ませることにした。
買い物袋を抱えて戻ってくると、やはり鈴華は接客をしていた。
「色を統一するのも綺麗ですけれど、こういった差し色を入れるのはどうでしょうか」
数ある中の花の中から、客のリクエストを聞いて花束を作っている。思わず仁良はウロウロしてしまう。
「……そろそろ、ひと言声を掛けておきたいのだけど」
「何をですか?」
「え、わっ! 怜雄くん、びっくりした」
いつの間にか怜雄が立っていた。怜雄は近所のアパートに住む高校生だ。存在感があまりなく、気づかなくて驚いてしまうことがある。仁良はそれを申し訳ないと思うが、本人はよくあることなので気にしていないらしい。そもそも驚かれることすら稀だそうだ。
「鈴華さんに御用でしたか、後でよければ伝言しますけど」
「いや、怜雄くんにそんなことを……あれ?」
よく見たら、怜雄は鈴華と同じ濃いグリーンのエプロンを着ている。
「あ、これですか? 実は少しの時間だけですけれど、バイトとして鈴華さんに雇ってもらえることになったんです。……花を買いたいと思ったのですけど、お小遣い増やしてもらうのも母さんに悪いんで。自分で」
「そうなんだ」
怜雄の母親はシングルマザーらしい。花を買うとなると高校生の小遣いでは足りないだろう。
「水木ちゃんとも仲良くしているのかい?」
「はい。良い人です。声を掛けても中々気づかれないですけれど」
バイト仲間と言っても、少しの時間しか共にしないだろう。それならば、親睦を深める機会がいる。
「じゃあ、鈴華さんに伝言しておいてくれるかい。鈴華さんと怜雄くんと水木ちゃん。三人と僕と備吾で一緒に今夜花火を見ませんかって」
「今夜、ですか?」
備吾に説明したように怜雄にも詳しく話す。それならと言って、鈴華に伝言を頼まれることになった。




