その名はメロルゥ
『全部……あなたの仕業だったの?』
ストロベリーブロンドの髪に、澄んだ空を映したような瞳の色を持つ女の子が信じられない、といった表情でそう言った。
彼女こそ、この物語の主人公にして、この世界の救世主様。
そんな彼女の目の前に現れたのが花紺青色の髪に、濃紺の瞳の小柄で尚且つ華奢な女の子。
何の光も映さない冷たい目をしたその女の子こそ、この物語の準ボスにして、この世界の敵。
表情1つ変えずに、コツコツと足音を立てて階段を下りて主人公に対峙したその準ボスは、返事の代わりにほんの微かに憐れんだような笑みを浮かべて応える。
っていうゲームのムービーを見て、“あたし”、才崎 京伽は自室のベッドの上で天井を仰いだ。
「どんでん返しはこなかったかぁ……」
出てきた敵役が今まで友達だと思っていたミステリアスな同級生、っていうベタベタな展開に嘆かずにはいられない。
グラフィックとBGMはいいのにストーリーが浅いというか、薄い感じで微妙なんだよね、このゲーム。
まぁ、今後のファンブックとかで実はこのキャラは……とかいう本編で深く語られなかった設定が出てくるんだろうなぁ。
なんて考えながら、準ボスと主人公達の会話を流し読みしていく。
その後に始まるのはリアルタイム制のバトルモード。主人公と、味方側の8人から選んだ3人で準ボスに挑む。
味方側の8人には攻略対象が5人含まれているわけだけど、あたしは誰一人として選んでいない。
攻略対象者を選んだら、バトルの最中に色々な掛け合いが見られて楽しいっていうのは分かるんだけど……どうしてもあたしは効率を重視してしまう。
――攻撃力強化、回避力強化、魔法防御力強化……よし!ドーピングは完璧だ!
準ボスっていうこともあって、その特異な能力に苦戦を強いられるも見事撃破。
バトルモード終了後、また息も絶え絶えな準ボス少女との会話が繰り広げられる。
『どうして……あなた達は、いちいち理由を……つけたがるの?』
準ボスの女の子が主人公達に向かってそう言う。
『理由もなく……生きるのは、いけないこと……?』
終盤に近付いてきたからか、急に深いこと言い出したな。
でもまぁ、そうだよね。この準ボスの考え方は最初から最後まで一貫していた気がする。善悪っていうのを主人公達に、世界に問いかけ続けている。
そんな準ボスに主人公は泣きながら「ずっと友達でいたかった。一緒に生きたかった」的なことを言って嘆いてる。
バトルモードで4対1で挑んでおいて何言ってんの、感が否めない。もうちょっと違うセリフを言わせようよ、そこは。
準ボスは最後の力を振り絞って主人公達を亡き者にしようとする。
絶体絶命のピンチ!
また主人公達の力で何とかするのかと思いきや、現れたのは主人公側じゃない人間。
ザシュッ!という音と、赤いエフェクト。
次の瞬間には準ボスの女の子がドサッ、と倒れた。
『もう、終わりにしよう……。俺達は、負けたんだ』
準ボスの女の子を斬り捨てたその人が言う。主人公が、驚いたようにその人の名前を呼ぶ。
『ヴィヴィアン……!?』
ミッドナイトブルーの短髪に黄色い瞳を持つ男の人。
300年前に滅びた国の騎士様にして、不老不死の呪いをかけられた人間。準ボスの女の子と同じ、悪役側の1人――なわけだけど、そういえば中盤の戦闘で主人公に絆されてたな。
嫌々悪役側になってただけで、実際の信念だとか思想は主人公寄りだから裏切ってもおかしくはないけど……それにしたって斬る?自分より遥かに年下の死にかけの女の子を。
「弱ってるところをつくなんてそれでも騎士か」
300年以上も生きてそんな騎士道精神もなくなったのか。
そんなツッコミを入れながら、主人公達の会話をボタン連打で進めていたら突然ムービーに切り替わった。
画面には血溜まりに沈む準ボスの女の子の姿が映し出される。
本当、ムービーのグラフィック凄いな。
『ごめん、なさい……。ま、おう様……私は、あなたの……役にすら、立て、なかった……』
出会った当初からほぼ無表情だったその女の子の顔が、ここで初めて歪んだ。
静かに流される一筋の涙。最期にもう1度「ごめんなさい」と小さく謝って息を引き取っていく。
そんな準ボスの女の子の名前を主人公が呟く。
『メロルゥ……』
――そう。
そのメロルゥという女の子が今の“僕”。
世界に1人しか存在しない闇属性の魔力保持者にして、裏で主人公達の行く手を阻み続けた人間。そして、ラスボス戦前にヴィヴィアンの裏切りによって死亡する存在。
あの乙女ゲームのファンの間ではドール系少女だとか、メロたんっていった愛称で呼ばれていたっけ。
メロたんの救済エンド求む!ってネット上で騒いでる熱烈なファンもいた気がする。
――だからか。
闇の魔力を持っていたから。だから魔王様に目をつけられた。だから魔王様は“僕”に寄生した。
あの乙女ゲームの中のメロルゥも、今の“僕”と同じあの場所で魔王様に会ったのかもしれない。これがゲームの強制力ってやつ?
でもゲームのメロルゥと、今の“僕”は違う。“僕”には、あの子と違って明確な欲求だとか、感情がちゃんとあるから。
ゲームのメロルゥと今の“僕”の生い立ちが同じだとしたら、きっと――きっとメロルゥの精神は父親によって殺されていたんだ。
だけど“僕”は“あたし”の記憶を思い出して、その精神を保つことが出来た。だから“僕”はメロルゥじゃないし、メロルゥと同じ道は進まない。
“僕”は好きなように生きるよ。
たとえそれでこの世界の物語が、他の登場人物達の人生が良い方向や悪い方向に進もうともね。
《“――”!?しっかりしろ!》
遠くで誰かに呼ばれた気がした。
けど応える気にはなれなかった。
もうちょっと眠っていたい。
……ん?
今の“僕”は眠ってるの?
《起きろ。まだ死ぬな》
遠くでまた誰かの声がする。
うるさいなぁ。僕がどうしようと僕の勝手でしょ。
《起きてくれ……頼むからっ》
何その情けない声。
とても人類を滅亡させようとしている魔王様のものとは思えないなぁ。
……あれ?
どうして僕、今の声が魔王様のものだと思ったんだろう?
――――
――――――
――――――――
“僕”、再起。
真っ先に見えたのは、ここ数日で見慣れるぐらいにまでなった寝室の天井。
体は重くて動かない。まるで体にロックがかかってるみたい。
バルコニーの方に視線を向けて、今が朝なのか、昼なのか、夜なのか確認しようとしたけど、カーテンが閉められていて外の様子は分からなかった。
えーっと……僕、どうなったんだっけ?
思考を巡らせようとしたけど、上手く頭が働かない。意識も朦朧としてるっていうか、夢の中にいるみたいにふわふわしてる感覚。
瞬きすらも億劫で僕は重い瞼をもう1度閉じた。
もう少しで眠りにつける――っていうタイミングで、部屋の外から足音が聞こえてきた。
そして僕はそれが魔王様のものじゃないことを知っている。だけど僕は目を開けなかった。このまま寝たふりでやり過ごそうと思う。
足音が近付いてくる。目的を持った、はっきりとした足取り。
この部屋の扉が開く音がした。だけど僕は目を開けない。
また足音が近付いてくる。眠っている人間を起こさないように細心の注意を払って、っていう感じじゃない。
それでも僕は目を開けない。
足音が聞こえなくなった。それと同時に枕元に誰かが立っているような人の気配がする。
絶対に僕は目を開けない。
「このままこの子が衰弱死したら、契約はどうなる?」
上からそんな言葉が降ってきた。僕のことを話しているけど、僕に向けられた言葉じゃない。
じゃあ誰に向けられた言葉か、そんなのは考えなくても分かる。あの魔王様にあの騎士、ヴィヴィアンが尋ねた言葉だ。
契約、って言葉がちょっと気になったけど、まぁどうでもいいか、で僕は眠りにつこうとする。
《なぁ、お前死ぬのか……?》
いつもみたいに、頭の中に魔王様の言葉が響いてきた。
これはあの騎士に向けられた言葉?それとも僕に向けられた言葉?
数秒待ってみても、あの騎士は返事を返さない。聞こえてない、ってこと?じゃあ、やっぱりこれは僕にだけ向けられた言葉?
死ぬのか?だって?
まぁ死ぬよね、そりゃ。人間だもの。
ふかふかのベッドの上で眠るように逝く、なんてこれまでの人生では考えられないほどの贅沢だ。
《死ぬなよ……》
夢の中で聞いたような情けない声にちょっとだけ笑いそうになった。
きっとこれは本心からの言葉なんだろう。利用しようとしている人間に死なれたら困るもんね。
ちょっと可哀そうになってきたかも……
(なんていう良心は僕にはない!)
とか思ってたら、急に顎を誰かに掴まれた。いや、誰かは分かってる。きっとあの騎士だ。
でも何で?とか考える暇もなく、僕の口が無理矢理こじ開けられる。
(ちょっ!?何する気!?)
目を閉じたまま、内心でパニックに陥っていたら口の中に上から液体を入れられた。
何この甘い汁……。
もしかして、これは僕を延命させるための行動?だとしたら大間違いだね!気管に入って盛大に咽たもの!
「ゴホッ、ゲホッ……は、肺が、痛い……」
驚きと痛みでうっかり目を開けてそんなことを言っちゃったよ。
そしたら思ってた以上の至近距離にあの騎士の顔があって更に驚いたよ!だから、
「変態!痴漢!」
って僕が叫んだのも無理ないよね。
そんな僕の言葉を瞬時に理解した騎士は、目を見開いてすぐさま距離をとった。
「ちっ、違っ!俺はただ君を死なせまいと……」
「どこが?おかげで更に死にかけたよ」
「す、すまない……」
両手を挙げてしょんぼりする黄色い瞳の騎士様。
その右手には、見たこともない果実が握られている。なるほど、あの甘い汁はあの果実から出したものか。
《思ったより元気そうだな》
頭に響いた魔王様の言葉。すぐさま僕は返事を返す。
「なんか「死ぬなよ」っていう変な情けない声が聞こえたんだよねぇ」
《…………》
「情けなさ過ぎて笑いそうになっちゃったよねぇ」
《……お前、いつから起きてた》
「その騎士の人が部屋に入ってくる前ぐらいからかな」
って言ったら、騎士の人は「は?」ってぽかんとして、魔王様からは「お前っ……!」っていう恨めしそうな声が返ってきた。
だけど僕はその全てを無視。
「でも、このままじゃ僕、本当に死んじゃうかも。体が重くて、まったく動かないんだよね。さっきまで意識も結構朦朧としてたしさ」
「無理もない。君は栄養失調と低体温症で倒れて2日も眠っていたんだ」
両手を下ろした騎士様が僕に向かってそう言ってきた。
え、ウソ。2日も?よくそのまま死ななかったね、僕。
「なるほど。つまり魔王様のせいだと」
《この騎士のせいでもあるだろ。こいつが侵入してこなきゃ、俺はお前を外に放置なんかしなかった》
「言い訳」
《ぐっ……》
僕は小さくため息を吐いて、未だ距離をとり続けている騎士様を見る。
ゲーム通りの容姿。違うのは着ている服ぐらい。この世界があの乙女ゲーム通りに進むなら、数年後に僕はこの人に斬殺される。
そんな相手がまさか魔王様の“配下1号”なんてね。どういう皮肉なんだか。
僕の視線に気付いたらしい騎士様は顔をハッ、とさせて、果実を持っていない左手を自分の胸に当てた。
「自己紹介が遅れてすまない。俺はヴィヴィアン。訳あって君の護衛騎士になった」
「護衛……?何で?」
《お前を生かして俺が利用するためだ》
当事者を通さず勝手に決めるなんて……人権無視にも程がある。
どこか自慢気な魔王様に何か言い返してやろうと思ったけど、その気力さえも今はない。
僕は重い瞼を数度瞬かせる。もうそろそろ意識を手放したいな。
頭の中で3、2、1、って眠りにつくカウントダウンをしていたら、横合いから「君の……」って控えめな声が聞こえてきた。仕方なく僕はまた騎士様を見る。
「名前を。君の名前を教えてもらってもいいだろうか?」
吾輩は人間である。名前は――以下略。
数日前に魔王様に言った言葉を僕は繰り返す。
「父親には、お前とか、チビとかゴミとか、ネズミとかって呼ばれてたよ」
それを聞いた騎士様がまた「は?」って顔をぽかんとさせた。
説明するのも面倒で、僕は「後は魔王様に聞いて」って素っ気なく返して眠りにつく。
虚ろな意識の中で、魔王様から説明を受けているらしい騎士様の声が途切れ途切れに聞こえてくる。怒鳴り声みたいなものも聞こえた気がしたけど、もうどうでもいいや。