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演劇の見られる喫茶店  作者: しみずけんじ
12/27

第十一幕



 7月7日。七夕の日の朝。

 その日はせっかくの七夕だというのに、あいにく街には雨が降りしきり、連日の雨の影響で、喫茶石切堂の前には大きな水たまりがいくつも広がっていました。

 今日の晴れを祈願して可憐が作った店先のてるてる坊主も、空しく雨に濡れていました。

 店の中に入ると、すっかりと準備の整った七夕公演の舞台を背中に、姫子と可憐が、止む気配を見せない窓の外の雨を憂鬱なまなざしで見つめていました。

「はぁ~あ~……せっかく今年は7月7日が土曜日やから、ホンマの七夕公演が出来るって思ったのになぁ……てるてる坊主のアホっ!」

 イスに座り、テーブルにあごを乗せた可憐が、雨風に揺れるてるてる坊主に向かって口をとんがらせていました。

 店内にはすでに、完成された七夕公演用のポスターが張られた看板や、七夕用の笹と短冊も用意されており、数日間、雨が続く中でも、七夕の日の晴れを信じていたことがうかがえます。

「仕方ないよ。今、西日本全体が大雨で大変なことになってんねんから。このぐらいの雨で済んでんのは、あのてるてる坊主のおかげや」

「でも~」

 姫子がてるてる坊主のフォローをしても、可憐はほっぺを膨らませていました。

「……それにしても、この前の地震の次は大雨なんて……わたしたちは大丈夫やったけど、なんか怖いなぁ」

 数週間前にこの街を襲った地震や、ここ数日間続いている大雨を思って、姫子は不安な表情を浮かべていました。

 そこに威勢よく手を叩く音が響きました。

 パンパンパンッ!

 姫子たちが振り返ると、作菜が立っていました。

「ほら、何辛気臭い顔してんねん? 雨やからって、公演が中止になるわけちゃうねんから、うなだれてる場合ちゃうで」

 2階から降りてきた作菜は凛々しい声で、姫子たちに喝を入れます。

 隣には明もいました。

「そうやで~。それに、あんたら今日も学校やろ? 早く用意せな。七海ちゃんみたいに」

 作菜と明の後ろから降りてきた七海は、もうすっかりとブレザー姿でした。

「かっ、七海準備早っ! ……でもさ、今日公演しても、人来るんかなぁ? こんな大雨の中で、七夕公演って……」

 可憐に話を振られた姫子も、困ったように首をかしげました。

 そんな2人に、またも作菜がビシッと言います。

「お客が来ても来んでも関係ない。わたしたちは、わたしたちに出来ることをやるだけや」

 作菜の隣で、明もうなずいていました。

「そうそう、いつお客さんが来てくれてもええように、な。……こんな時やからこそ、もしお客さんが来てくれたら、笑顔で帰ってもらわんと。ここは、そういう場所やねんから」

 2人の言葉に、姫子と可憐は顔を見合わせて、「うん」とうなずきました。

 そんな2人を笑顔で見つめる明は、ふと外の雨を見て、手にしていたスマホに目を移しました。

「どないしたん? 明。なんか気になる事でもあんの?」

 スマホを見つめる明に、作菜が声をかけました。

「え?」と反応した明は、すぐにスマホをバイト着のエプロンポケットにしまい、「なんでもないよ」と、笑顔を作りました。

「そうかぁ?」

 と、心配する作菜をよそに、明は店を開ける仕度を始めました。

 そんな明の様子を見て、姫子もキョトンと首をかしげていました。

「なあ、早よ準備せな、学校遅刻すんで」

 イスに座ってスマホを見ていた七海が、不意に言いました。

 時間を見ていなかった姫子は、七海に尋ねました。

「え? 今何時?」

 七海は、スマホの画面を姫子に見せ、「8時20分」と、答えました。

「えぇえぇえぇっ!?」

 姫子と可憐は、顔を見合わせて絶叫しました。

 それもそのはずです。なんせ、2人はまだ寝間着姿だったのですから。

 学校の授業開始が9時。喫茶石切堂からそれぞれの学校までの所要時間が約30分。

 姫子と可憐は一目散に2階へと走って行きました。

「なんか姫子……可憐に似てきた?」

 1人準備を終えて余裕の七海は、イスに座ってぼそっとつぶやきました。


 時刻は過ぎて、夕方の5時。

 星がテーマの七夕公演ということで、夕方6時からの開演となっていた店内では、準備のために一旦店を閉め切り、石切堂の2階には、相変わらず降りしきる雨にも負けず、公演の準備をする劇団員たちの姿がありました。

「これ、何?」

 姫子の化粧待ち中の可憐は、部屋に置かれた謎の球体を指でつんつんしながら、尋ねました。

 可憐の他に部屋に居た姫子と七海も知らないらしく、首をかしげました。

「プラネタリウムや」

 それは、ちょうど1階から上がって来た明の声でした。

 明は、部屋の電気を消して、カーテンを閉め切り、その小さな球体の電源を入れました。

 電源の入れられたプラネタリウムは輝きを放ち、暗い天井に無数の星々を描き出しました。

「これやったら、観に来てくれた子供たちも喜んでくれるやろうって、朝のうちに、作菜が買って来てくれてん」

 小さな体からは想像できないほどにリアルな、プラネタリウムが映し出す夜空に、姫子たちは目を輝かせて見入っていました。

 明がプラネタリウムの電源を消した頃、作菜がやって来ました。

 姫子ら3人の女子高生たちは、やって来るや否や、一斉に作菜に目をやりました。

「作菜さんっ!」

「……な、なんでしょう?」

 口火を切った可憐の熱に、作菜は躊躇しました。

「……最っ高っ! もうむしろ神やっ!」

「ホンマそれっ!」と、七海も。

「もう作菜さんに、足向けて寝れませんっ!」と、姫子まで。

 プラネタリウムの星々よりも目を輝かせた3人は、作菜に崇拝のまなざしを送っていました。

「お、おぅ……どういうこと?」

 いつもと様子の違う3人に動揺した作菜は、明に視線を送り説明を求めました。

 明が説明すると、作菜は呆れ気味に「そんなことか」と笑い、女子高生たちに指示を出しました。

「それより、早く準備しいや」

「はいっ!」

 3人のいつになく従順な姿に、作菜は苦笑を浮かべていました。


 そして夕方6時。いよいよ七夕公演が開演される時間がやって来ました。

 姫子や可憐の心配をよそに、未だ降りしきる雨の中で行われた七夕公演は、20数席の客席すべてが埋まるほどのお客さんでにぎわいました。

 皆、地震や連日の雨で、一応に娯楽に飢えていたのかもしれません。

 雨のために七夕を楽しめない幼い子供がいる母親たちが、石切堂で七夕公演があると知り、駆けつけたのでしょう。

 もちろん、姫子のお母さんと優也も、今日も観に来てくれていました。


 公演は、女性にリメイクされた悪者の天帝を姫子が頑張って演じたり、彦星の牛を演じる七海が笑いを取ったりと、劇団おとぎの花園らしい『たなばたものがたり』で、観に来た人皆が笑顔になれる演劇となっていました。

 そうして、30分程度の劇が終わると、――普段は劇団員たちがお客さんたちにあいさつ回りをしたり、お見送りをしたりして、それで終わりですが――この日は七夕公演ということもあり、作菜の買って来たプラネタリウムを店内で鑑賞したり、七夕の笹に、みんなで短冊を書いて吊るしたり、というイベントが行われました。

 この短冊は、姫子たち劇団員や、マスターも一緒に書きました。

 ちなみに姫子は短冊に、『家族みんなが健康でいられますように』や『大雨が一日も早く止みますように』と書き、可憐に「姫子、人のことばっかりやん」と、ツッコまれていました。

 そんなこんなで短冊を書き終わり、お母さんや優也と少し談笑したあと、姫子は1人の少女を見つけました。

 それは以前、店にやって来た、姫子が『たなばたものがたり』の絵本を見つけた時の女の子でした。

「観に来てくれたんやね! ありがとう!」

 締め切られたカーテンの隙間から心配そうに窓の外を見ていた少女は、姫子の声に振り向きました。しかし少女は突然、悲鳴をあげました。

「きゃぁ! 悪もんの天帝やっ!」

 姫子はすっかり忘れていましたが、七夕公演で、織姫と彦星の間を引き裂く天帝の役を演じ、その姿のままで少女に話しかけたもんですから、少女は、隣にいた母親に抱きついてしまいました。

「あっ、そっか。このままやったら、マズいよね」

 姫子はそう言うと、作菜たちに許可を取りに行き、メイクをササっと取って、戻って来ました。

「これで大丈夫かなぁ?」

 少し変化させていた前髪も手グシで直しながら、姫子はもう一度、少女に話しかけました。

「……あっ、この前のお姉ちゃん」

 少女が無事に自分を認識してくれて、姫子は胸をなでおろしました。

「なあ、お姉ちゃん。織姫と彦星はちゃんと会えたんかなぁ?」

「え?」

 と姫子が聞き返すと、少女はまた心配そうにカーテンの隙間から窓の外の雨空を見上げました。

 姫子が少女の母親に話を聞くと、姫子から『たなばたものがたり』の絵本を見せてもらって以来、少女は七夕に夢中で、この雨の中で、織姫と彦星がちゃんと会えたのかをずっと心配して、店内の天井に映る星々ではなく、窓の外の雨粒ばかりを見ていたそうです。

 姫子はその話を聞いて、ニコッとしながら、少女の隣に座り、一緒に窓の外を見ました。

「きっと会えてるよ。あの雨雲の上でな。2人はな、恥ずかしがりやから、2人で会ってるところを見られたく無いねん」

「そうなん?」と、少女は姫子を見つめました。

 姫子は少女に微笑みかけ、話を続けました。

「そうやぁ。だから大丈夫や。あっ、それでももし心配やったら、短冊にお願いしてみたらええねん。『織姫と彦星がちゃんと会えますように』って。短冊に書いたお願いはな、信じてたら絶対に叶うねんで」

 少女は笑顔でうなずき、短冊を書き始めました。

 そんな姫子たちの様子を、姫子のお母さんや、作菜と明も、微笑ましく見ていました。


 そうして時刻は夜8時。

 未だシトシトと小雨が降り続ける中、七夕のイベントを無事に終え、お客さんのお見送りもすべて終えると、石切堂の人々は各々に片し作業かたしさぎょうへと取り掛かりました。

 役者陣はまず2階へ着替えに、明は廊下の方の音響や照明器具の片づけに、マスターは居住スペースの台所へ食器洗いと打ち上げ用の食事の準備に、それぞれ向かい、店内は、七夕公演の名残を残したまま、すっからかんになりました。

 そんな中、トイレに行くフリをして着替えを抜け出してきた姫子が1人、衣装姿のままで、奏の部屋の前にやって来ました。

 その手には、1枚の短冊があります。

 姫子は、胸に手を当て、1つ大きく深呼吸をすると、奏の部屋のトビラをトントントンとノックしました。

 しばらくすると、スライド式のトビラが、ゆっくりと開きました。

 車イスに座った奏は、トビラの前に立っていたのが意外な顔だったので、少し驚きの表情を浮かべましたが、すぐにムスッとした顔になって、口を開きました。

「何?」

「あっ……わ、わたし、姫子って言います。額田姫子。はじめましてっ」

 人見知りの姫子は、やや緊張気味な表情を浮かべながら、頭を下げました。

 奏は、そんな姫子を見て、ため息を漏らしました。

「……知ってるわ。この前入った人やろ?」

「あ、知っててくれたんや? 挨拶も出来んで、ごめんなさいっ。いつも、作菜さんにお世話になってます。よろしくね、奏ちゃん」

 奏が自分を知っていてくれたことで、姫子は少し安堵の笑顔を浮かべました。

 奏は「馴れ馴れしいなぁ」とつぶやいた後で、再度姫子に尋ねました。

「……で、用はなんなん?」

「これ、奏ちゃんにも書いてもらいたくて」

 姫子は、車イスの奏に目線を合わせるようにしゃがみ、手に持っていた短冊を差しだしました。

「は? 何これ?」と、奏は眉をひそめました。

「あ、知らへん? 短冊って言うねん。七夕の日に、これにお願い事を書いて、笹に吊るしたら、願いが叶うねんで」

「知ってるわ、そんなこと。そう言う意味じゃなくて、なんでわたしにこんなもん渡すねんって聞いてんねん」

 奏は先ほどよりもイラついた口調で言いました。

 姫子は奏の高圧的な態度に少したじろぎましたが、それでもひるまずに奏に話し続けました。

「実はな、知ってるかもやけど、今日七夕公演っていうのをしてな。みんなで短冊を書いて笹に飾るイベントをしてん」

 姫子は言いながら、まだ店の中に置かれた笹に視線を移しました。

「外はあいにくの雨やってんけどさ、作菜さんが小っちゃいプラネタリウムを買って来てくれたから、イベントは大成功やってな」

 姫子はもう一度、奏に視線を戻します。

「わたしたちもみんな短冊に願い事を書いて吊るしたからさ、奏ちゃんにも書いてもらいたくて。……あかんかな?」

 終始、不機嫌な表情を浮かべる奏にも、姫子はやさしく微笑みかけました。

 奏は1つため息をつくと、姫子から短冊を受け取りました。

 姫子は、奏が短冊を受け取ってくれたことに、ニコッとしました。

 しかし、

「ありが――」と、姫子が言いかけた瞬間、奏は短冊を破り捨てました!

「え?」と、姫子はぼう然としました。

「くだらんことばっかり……こんなくだらんことする暇あったら、もっと芝居の練習でもすれば? わたしはな、こんな子供だましみたいなことばっかりやってるから、この劇団が大嫌いやねん!」

 奏の怒声は1階中に響きわたり、騒ぎを聞きつけた明とマスターが、廊下から様子をうかがいに来ました。

 奏は、何も言い返せない姫子に、さらに追い打ちをかけました。

「短冊に願い事を書いたら願いが叶う? じゃあ、この足は元に戻んの? お父さんとお母さんは帰ってくんの?」

「そ、それは……」

 姫子は目を泳がせました。

「……別に、そんなんもうどうでもいいけど。……もう1回、短冊持って来たら、今度は願いごと書いたるわ。こんな劇団、潰れてしまえってなっ!」

 奏はそう言い残して、部屋のトビラをバンッと、勢いよく閉めてしまいました。

 姫子はただぼう然と、その場にへたり込みました。

 姫子はそれでも、奏が破り捨てた短冊のかけらを、拾い集めて行きました。

 そんな姫子の様子を見ていた明とマスターは、そっとその場をあとにしました。

 まもなくして、着替えを終えた可憐たち役者陣が1階の片づけのために降りてきました。

 姫子の様子に可憐が心配して駆け寄りましたが、姫子は首を横に振り、微笑んで、2階へと着替えに向かいました。

 作菜は、そんな姫子を見送ったあと、奏の部屋のトビラに目をやりました。


 そのあと店内では片付けと打ち上げが行われ、それが終わると、いつものことながら、劇団員たちはすぐに眠りにつきました。公演前は寝不足が続くため、これが恒例となっていました。

 姫子は、皆が寝付くのを見守ると、ペンケースと枕を持って、そっと1階へと降りてきました。

 そして居住スペースの台所へとやって来て、枕を置き、イスに座って、テーブルの上にペンケースの中に入れてあった紙くずをばらしました。

 次に、台所にあったテープを「お借りします」と、小声でつぶやきながら手に取り、ばらした紙くずを丁寧に並べ始めました。

 もうお気づきかもしれませんが、その紙くずは、奏が破り捨てた短冊でした。

 姫子は四苦八苦しながらも、バラバラになった短冊を繋いでいきました。

「お姫ちゃん?」

 姫子が声に振り返ると、明が廊下から顔を覗かせていました。

「明さん、どうしたんですか? こんな時間に」

 台所の時計は、すでに深夜0時をまわっていました。

「ちょっと寝れんくてなぁ。お姫ちゃんこそ、トイレにでも言ったんかと思ったら、なんか用事してたん? 何それ? 短冊? ……あぁ」

 明はなんとなく事情を察しましたが、自分も姫子と奏のやり取りを見ていたことをあえて言わず、姫子から事情を聴きました。

「……そういうことやったら、わたしも手伝うわ」

「えっ、い、いえ、大丈夫ですよっ。わたし1人で出来ますから、明さんは休んでくださいっ。お疲れでしょうし」

 姫子は思い切り顔の前で手を振り、遠慮しましたが、明は聞きませんでした。

「ええから、ええから。疲れてんのはお互い様やし……それに、なんかしてる方が気がまぎれんのよねぇ」

「はぁ……じゃ、じゃあ、お願いします」

 姫子が渋々了承すると、明はニコッとしてイスに座りました。

 2人は、まるでジグゾーパズルでも作るかのように、手分けして作業に当たりました。

 しばらくの間、時計の針が動く音だけが台所に響いていました。

 そんな中で、時折ため息を漏らす明の仕草に、姫子は違和感を覚えていました。

「……何かあったんですか? さっきも、何かしてる方が気がまぎれるって言ってましたけど……」

 明は少し考えたあとで、口を開きました。

「……まあ、いっかぁ。お姫ちゃん、作菜には内緒な。あの子、ああ見えて、人のことになると心配性やから」

 姫子は以前のこともあり、納得したようにうなずきました。

 それを確認すると、明は話し始めました。

「わたしの実家な、香川県にあってな。連日の大雨やろ? ニュースを見てる限り、実家の近くは大丈夫そうなんやけど……なんか、公演前は忙しかったからあんまり気にならんかってんけどさ、暇になるとあかんなぁ。どうも気になってしもて」

 明は、そばに置いていたスマホに目を落としました。

 姫子は明の話を聞いて、朝も明がスマホを見ていたことを思い出しました。

「それでかぁ……。お家にはお電話したんですか?」

 姫子は少しつぶやいたあと、明に尋ねました。

 明は、ため息交じりに、複雑な笑みを浮かべました。

「出来たらええねんけどなぁ。わたし、家出中やから」

「え?」と、姫子は耳を疑いました。

「……わたしな、1人っ子でさ、家業のうちわ作りを継げって言われてたんやけど、どうしても演劇がしたくて。それで、家出同然で1人、大阪に出て来て……まあ、それからいろいろあって、ここに流れ着いたってわけ。せやから、家に電話とかもし辛くてなぁ」

 そう言って、明は自虐気味に笑いました。

「そう、やったんですか……。みんないろいろあるんですね。可憐ちゃんも、七海ちゃんも、作菜さんや奏ちゃんも、それに、明さんも」

 姫子の脳裏には、両親を亡くした作菜や奏のこと、両親が離婚しそうな七海のこと、未だ家族のことを話してくれない可憐のことが浮かびました。

「……家族って、大変なんですね」

「ま、問題の無い家族の方が、今時珍しいんとちゃうかな? それより、出来たで」

 明は、いつもの明るさを取り戻した笑顔で、完成した短冊の半分を見せました。

 さっきまでバラバラだった短冊の半分が、明にかかると、キレイさっぱり元通りになっていました。

 それは、姫子の直しかけのもう半分と比べても、雲泥の差でした。

「早っ! それに、めっちゃキレイ! ……あの、こっちもお願いしても良いですか?」

 明はニコッとして、「ええよ」と、受け取りました。

「すいません……」

「いえいえ、話聞いてもらって、少し楽になったしなぁ」

「でも意外です。明さんが香川県の人やったなんて。話し方も関西弁ですし」

「親が大阪の人やってな。逆に香川弁の方が苦手なくらい」

「そうなんですね。……でも、お話を聞いて分かりました。明さんが手先が器用な理由が。ご両親ゆずりやったんですね」

「え……?」

 明は、姫子の言葉に一瞬、手を止めました。

「そっか……全然気づかんかった。わたし、知らん間に親に助けられててんなぁ」

 明は小さくつぶやくと、少し微笑んだようでした。

「……お家、何事もなければいいですね」

「うん。ありがと」

 そして深夜1時をまわる頃、明の手助けもあり、バラバラになった短冊は、ようやく1枚の短冊へと戻りました。

「それで? もう1回渡すん?」

「……わかりません。でも、とりあえず籠城してみようと思います」

「籠城?」と聞き返した明は、姫子のそばにあった枕を見ました。

「……さっきから気にはなってたんやけどさ、なんで枕?」

「お風呂入る前にも1度ノックしてみたんですけど、奏ちゃん、開けてくれなくて……」

「ああ、夕食持って行った時も開けてくれへんかったって、マスターが言ってたっけ?」

「でも、トイレぐらいは行くかなぁって……」

「……それで、籠城?」

 姫子は、コクリとうなずきました。

 その答えに、呆れにも似た感心をいだいた明でしたが、「じゃあ」と、姫子の目をしっかりと見つめ、真面目な顔で問いかけました。

「ごめんやけど、奏ちゃんのこと、頼んでもええかな?」

「え?」

「ほら、作菜ってさ、演劇のことやったら頼りがいがあるのに、奏ちゃんのことになるとてんであかんくてさ。この前やって、奏ちゃんのこと、お姫ちゃんに相談してみなさいって言ったのに、全然してへんやろ?」

 姫子がうなずいたのを見て、明は続けました。

「ホンマは、わたしや他の子たちがなんとかせなあかんかってんけど、どうもみんな臆病もんばっかりでなぁ。年下の扱い方も知らへんし。でも、お姫ちゃんは、誰にも頼まれんでも、奏ちゃんと向き合おうとしてくれてるし、年下の扱いに関しては、一番頼りがいがあるからさ」

 姫子は、明の言葉に、顔を真っ赤にして首を横に振りました。

「そ、そんな、頼りがいがあるなんて……わたし、ただ無鉄砲なだけで、全然、奏ちゃんのこと、分かってませんでしたし……」

「それでも、またこうやって、向き合おうとしてくれてる。やろ?」

「……わたし、可憐ちゃんとのこともあったから、どうしてもちゃんと謝りたくって……それに、仲良くもなりたいんです。優也と同い年やし、きっとやさしい子やと思うから。だって作菜さんの妹さんですし」

 明は姫子の言葉にやさしくうなずき、両手で握りこぶしを作って、鼓舞しました。

「頑張ってな! わたしも、手伝えることがあったら手伝うから」

「はいっ、頑張ります! ……あ、そう言えば、明さんに、奏ちゃんのことでお聞きしたいことがあるんですけど」

「聞きたいこと?」

「ホンマは、作菜さんに聞くのが一番良いんですけど、どうも聞き辛くて……奏ちゃんの言ってたことなんですけど――」

 そう言って、姫子は奏の言葉を伝えました。

――いつまでこんなつまらんことしてんねんなっ! お姉ちゃんなんて大嫌いやっ! ――

――わたしはな、こんな子供だましみたいなことばっかりやってるから、この劇団が大嫌いやねん! ――

――もう1回、短冊持って来たら、今度は願いごと書いたるわ。こんな劇団、潰れてしまえってなっ! ――

「……まあ、奏ちゃんは、わたしたちの劇団のこと、どうも嫌いみたいやからなぁ」

 姫子の話を聞いて、明も腕組をして考えていました。

「なんで奏ちゃんは、そんなに作菜さんが作ったこの劇団を毛嫌いするんでしょうか? ……そもそも、作菜さんはなんで、劇団おとぎの花園を作ったんでしょうか?」

「その質問には、僕が答えようか」

 姫子は声がして、廊下の方を見ました。

 廊下には、マスターが立っていました。

「ちょっと話声が聞こえて来てな。おとぎの花園誕生の話やろ? 明ちゃんも知らんことがあると思うから、な」

 姫子と明は顔を見合わせてうなずくと、姫子はマスターを真剣なまなざしで見つめました。

「教えてください、石切さん。おとぎの花園が出来た理由を!」


 ……それからどれくらいの時間が経ったでしょうか?

 電気が付いたままの廊下を1台の車イスがやって来ました。

 その車イスに乗っていた奏は、トイレの前で枕を抱えたまま眠る姫子を見つけて、ため息を漏らしました。

「……何やってんねん? この人」

 奏は、嫌々、姫子を起こすために手を伸ばしましたが、何かに気づいて、その手を止めました。

 それは、姫子が手に持っていた短冊です。

「……短冊? わたしが破ったやつ……なんで?」

 奏は少し考えて、姫子を起こすのをやめ、店の方へと出ました。

 店の中には、まだ短冊の飾られた笹が置かれていました。

 奏は暗い店の中を器用に車イスで移動すると、笹の前で止まりました。

 色とりどりの短冊が飾られた笹を見渡す奏は、1枚の短冊を見つけました。

 そこには、こう書かれていました。

『奏がまた笑顔に戻れますように 奏が幸せになれますように』

 それは紛れもなく、作菜の字でした。

「……1枚に2つも願いごと書くな。重たいねん」

 奏はそうつぶやきながら、1人、暗闇の中で肩を震わせていました。

 外はすっかり雨が上がり、月明かりと天の川の光に照らされて、てるてる坊主が奏をやさしく見つめていました。



 さてさて、作菜の短冊を見つめる奏は何を思っているのでしょうか?

 こんな時に、姫子はすっかり夢の中なんて、まったく困った子ですねぇ。

 次回は、おとぎの花園誕生の理由も明かされるようですよ。

 それではまた、次の幕でお会いしましょう。では。



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