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醜男だった俺が、男女比1:500の世界で王と呼ばれるまで  作者: きなこもち
第1章

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国家の手


交差点を渡りきったところで、黒塗りの車が静かに横付けされた。


艶のあるボディに、余計な装飾はない。だが一目で分かる。

「一般車」ではない。


後部座席の窓が、音もなく下がる。


「天宮朔也さんですね」


落ち着いた声だった。


視線を向けると、スーツ姿の女性がこちらを見ている。二十代後半ほど。

髪は後ろで一つにまとめられ、目は涼しげに細い。整った顔立ちだが、どこか鋭い。


――この世界基準なら、あまり評価されない顔かもしれない。


だが前の世界なら、間違いなく「美人」と呼ばれていた部類だ。


彼女は車から降り、俺の前に立った。


「男性保護庁、特別管理課の神代紗良です」


差し出された名刺は、厚みのある上質な紙だった。

金色のエンブレム。国家紋章。


周囲の通行人が、さらにざわめく。


「男性保護庁」


口に出すと、現実味が増す。


「本来であれば事前連絡のうえでお迎えにあがる予定でしたが、今回の測定結果は例外です」


神代は淡々と告げる。


「SSS+。過去十年で最高値。あなたは本日より、国家指定希少男性として登録されます」


登録。


まるで資産だ。


「俺の意思は?」


問いかけると、神代はわずかに目を細めた。


「もちろん尊重されます。ただし、安全確保は義務です」


義務。


その言葉に、妙な重さがあった。


彼女は周囲を一瞥する。


通行人の女性たちは、遠巻きにこちらを見つめている。

スマホを構える者。頬を染めている者。あからさまに距離を縮めようとする者。


さっきまで感じていた優越感が、少しだけ形を変える。


これは、ただの人気ではない。


“希少資源”としての扱い。


「現在、日本の出生率維持政策の一環として、男性の社会的価値は極めて高く設定されています」


神代は事務的に説明する。


「無許可の接触、無断撮影、過度な接近は法律違反です」


だが、と彼女は小さく息を吐いた。


「現実には、完全に取り締まれているわけではありません」


視線が、一瞬だけ柔らかくなる。


その意味が分かる。


欲望は、法律では止まらない。


俺は自分の手を見る。


この手は、昨日まで笑い者だった。


今は、守られる対象。


滑稽だ。


「車に乗ってください」


神代が後部ドアを開く。


「まずは庁舎へ。生活環境の確認、住居の安全対策、今後の進学先の調整を行います」


「進学先?」


「男神特区大学」


聞き慣れない名前だ。


「男性専用管理区域を備えた、国内最大の希少男性保護学園です」


車内に乗り込むと、ドアが閉まり、外のざわめきが一気に遠のいた。


静寂。


エンジン音だけが低く響く。


窓の外で、女性たちがこちらを見送っている。

羨望と、焦燥と、抑えきれない衝動。


その視線を、ガラス越しに受け止める。


怖くはない。


むしろ、心地いい。


「慣れていますね」


神代がぽつりと呟いた。


「何が」


「視線です。大抵の男性は、怯えます」


俺は窓の外から目を離さない。


「怯える理由がない」


本音だった。


前の世界で浴びた視線に比べれば、これは祝福だ。


神代は少しだけ黙り込む。


胸の奥が、わずかに軋む。


公開処刑。


炎上。


笑い声。


あの教室の湿った空気。


「今の状況は、反動が大きい。精神的なケアも必要です」


優しさではない。分析だ。


俺は初めて彼女をまっすぐ見る。


整いすぎた目元。冷静な瞳。


「心配してるのか?」


「管理対象としてですが」


即答。


その正直さに、少しだけ笑いそうになる。


車は高架を走る。

遠くに見えるビル群の上に、大型モニターが設置されている。


そこに映し出されていたのは。


【速報:歴代最高美形判定男性、詳細発表へ】


シルエットが大写しになる。


俺だ。


顔はまだぼかされている。だが時間の問題だろう。


心臓が高鳴る。


恐怖ではない。


昂揚。


世界が、俺を知ろうとしている。


前の世界では、名前が拡散されたのは嘲笑と一緒だった。


今は、期待と一緒だ。


車が庁舎に滑り込む。


重厚な門。厳重な警備。

敷地内は静かで、外界と切り離された空気が漂っている。


ドアが開く。


足を踏み出すと、空気が変わった。


数人の女性職員が整列している。


視線が一斉に集まる。


誰も声を上げない。

だが、息を呑む音が揃う。


その反応が、胸を満たす。


俺は、知っている。


これは偶然ではない。


選ばれたわけでもない。


ただ、ルールが変わっただけだ。


顔が、価値になる世界。


だったら。


俺は、このルールの頂点に立つ。


守られるだけじゃない。


利用する。


与えるふりをして、奪う。


救うふりをして、支配する。


神代が先導する。


「こちらへ」


廊下の奥、ガラス張りの会議室。


ドアの前で足を止める。


「ここから先は、あなたの人生が変わります」


静かな声。


俺は、ゆっくりと笑う。


「もう変わってる」


ドアが開く。


白い光が差し込む。


その先にあるのは、保護か、支配か、それとも――


復讐の舞台か。


俺は一歩、踏み出した。


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