王子誕生
契約発表の翌週。
俺はスタジオにいた。
白い背景。
強い照明。
メイクスタッフが何人も周囲を囲む。
「顎、少し上げてください」
「目線、カメラの奥です」
カメラのシャッター音が断続的に鳴る。
フラッシュの光が、何度も瞬く。
その光の中に立っているのは、かつて教室で笑われた男だ。
だが今は違う。
スーツは仕立てが良く、身体にぴたりと合っている。
髪は整えられ、肌は完璧に整えられている。
鏡越しに自分を見る。
整った輪郭。
揺るがない視線。
スタッフの女性たちが、明らかに視線を逸らせずにいる。
「やっぱり別格ですね」
誰かが小さく呟く。
別格。
その言葉が、甘く胸に落ちる。
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CM撮影は順調だった。
清涼飲料水の広告。
俺がボトルを持ち、軽く微笑むだけ。
それだけで現場の空気が変わる。
監督が言う。
「OK! 完璧です」
拍手が起きる。
俺は軽く会釈する。
それだけで、また視線が揺れる。
価値が、可視化されていく。
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夜。
学内ランキングが更新される。
【希少男性人気指数】
1位――天宮朔也。
当然の結果だ。
だが数字として示されると、実感が違う。
透子からメッセージが届く。
《おめでとうございます》
ひよりはSNSで匂わせ投稿をする。
《王子様って、こういう人なんだね》
麗華は何も言わない。
だが、生徒会室の椅子は俺の隣に置かれている。
すべてが、俺を中心に回っている。
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夜の寮室。
静まり返った空間。
窓の外に、街の明かりが見える。
ベッドに腰を下ろし、スマホを置く。
静かだ。
さっきまでのフラッシュも、歓声も、ここにはない。
胸の奥に、熱が残っている。
優越。
陶酔。
俺は、もう笑われない。
あの日の教室。
「鏡見たことある?」
笑い声。
スマホのカメラ。
あの動画。
今は違う。
カメラは俺を称賛する。
コメント欄は羨望で埋まる。
俺は、中心だ。
ゆっくりと息を吐く。
満たされているはずだ。
だが。
わずかに、何かが足りない。
理由は分からない。
ただ、静まり返った部屋の中で、その違和感だけが浮かぶ。
コンコン、とノックが鳴る。
こんな時間に。
ドアを開ける。
そこに立っていたのは、見覚えのない女子学生だった。
肩までの黒髪。
派手さはない。
整いすぎていない。
主流顔でもない。
この世界の基準で言えば、平均。
だが、その目だけが異様に静かだった。
揺れていない。
俺を見ても、呼吸が乱れない。
「天宮くん?」
敬称がない。
それだけで、少し違和感を覚える。
「誰だ?」
「由愛」
短い名乗り。
「ちょっと話せる?」
その声は穏やかだが、どこか核心を突く響きがある。
俺は腕を組む。
「内容次第だな」
由愛は俺をまっすぐ見る。
その視線は、値踏みでも、渇望でもない。
観察。
「あなた、楽しそうだね」
唐突な言葉。
「何が」
「王子様ごっこ」
空気が、わずかに冷える。
俺は目を細める。
「言い方に気をつけろよ」
由愛は表情を変えない。
「でもね」
一歩近づく。
「楽しそうだけど、嬉しそうじゃない」
その一言が、胸の奥に刺さる。
ほんのわずかに。
だが確実に。
俺は笑う。
「何が言いたい」
「そのままだと、たぶん壊れるよ」
静かに言う。
脅しではない。
予測のように。
俺はドア枠にもたれかかる。
「心配してるのか?」
「してない」
即答。
「ただ、面白いから見てるだけ」
由愛は踵を返す。
去り際に言う。
「王子様は孤独だよ」
足音が遠ざかる。
廊下が静かになる。
ドアを閉める。
部屋に戻る。
胸の奥に、わずかなざわめきが残る。
嬉しそうじゃない。
壊れる。
孤独。
くだらない。
俺はベッドに横になる。
天井を見る。
満たされているはずだ。
王子と呼ばれ。
ランキング1位になり。
契約も結び。
全員が俺を見る。
なのに。
なぜか、あの教室の笑い声が一瞬だけ蘇る。
俺は目を閉じる。
――俺は、もう笑われない。
それだけで、十分なはずだ。
だが胸の奥に、小さなひびが入ったまま、夜は静かに更けていった。




