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『いくら私を愛したとしても、嫉妬は見苦しいだけだと何度言えばわかる!?お前のような醜悪な女を妻にすることはない!我が妻には、聖王国第三王女を迎える』
えん罪でも、不敬罪でもない。ただの、嫉妬を婚約破棄の原因にするとは。
心底くだらない男だと、クッと喉から笑い声が漏れた。
まだか、まだか、と身じろぎする男の胸に手を置いたまま、そっと体を離す。
「お前はいまペイシェル伯爵令息となった。望むままに行け、ベルガルド」
さっとアデリーヌから身を離して、大きな男が駆けて行く。
アデリーヌの瞳から一粒だけこぼれ落ちた涙に、ベルガルドは気がつかない。
アデリーヌの両手に、灰紫色の貝が光る飾りボタンを残して、去って行ってしまった。
手首を拘束しながらアデリーヌが飾りボタンを外したことにも気付いていないだろう。
彼女の色をまとった男が駆けつければ、彼女の貞操が疑われることになる。
レティシアを苦しめる原因になれば、ベルガルドは生きてゆけない。
レティシアが何か言い返したのか、アンディ第二王子が手をふりあげようとした瞬間。
ベルガルドがレティシアの腕をとって、彼女を自分の後ろに隠してしまった。
もう、彼女を傷つけられる者はいない。
たたき込んだ礼儀作法の中から上手い言い回しを見つけるだろう。
ほら、もう彼女をエスコートして会場を後にしようとしている。
あっという間に「悪役」のいなくなった第二王子と聖女が戸惑いながらも、互いに手をとり、うっとりと見つめ合っている。
「なんとまぁ、豪華絢爛な茶番だ」
アデリーヌはぽつりと呟くと壇上に背を向け、歩き始めた。
◇◇◇
「それで、本当に、置いてきたの?」
「ああ、エスコートもされず壇上に引っ張り出されて、突然婚約破棄されたあげく、殴られそうになった令嬢を助けたんだ。ノルン侯爵家が何とでもするだろう」
ベルガルドが乗ってきたペイシェル家の馬車がすでに会場にないのだから、歩いて帰れとはまさか言わないだろうとアデリーヌは一人で頷く。
「いましてる荷造りはなに?」
「明日、北壁騎士団に帰還する。雪解けに間に合わん。王都での用事は終わったからな」
「父上の言ったこと、忘れた?」
「いや、私の本懐は遂げた」
「聞きたくなかった」
「どうしろと言うんだ、それじゃあ」
夜更けにも関わらず、部屋から廊下へ、廊下から馬車へと次々と荷物を運び込む指示を出しながら、アデリーヌは父親の顔を見つめて首をかしげる。この数日で少し痩せただろうか。
「父上、私は、アデリーヌはよくやっただろう?」
「うん、私にはもったいないほど、良く出来た娘だ」
何歳以来だろう、ぎこちないままぎゅっと抱きしめて、アデリーヌは父親を部屋から追い出した。
「あ、これ明日で良いからベルガルドに渡して置いて」
扉が閉まる直前にパッと扉を開いて廊下の執事にそう言いつけると、腕を広げた父を無視してパタンと扉が閉まる。
「アデリーヌが、冷たい・・・」
「自業自得かと」
ぼそっと言い返す執事を驚愕の目で見つめるが、冷静な執事はぺこりと頭を下げて去って行った。書状をノルン家に届ける手配をするのだろう。
一人になった部屋で、アデリーヌの瞳からようやく、ぱたぱたと涙が落ちる。
明日になって目が腫れては困るから、水差しに入っていた水でハンカチを濡らして目元にあてた。
『いくら私を愛したとしても、嫉妬は見苦しいだけだと何度言えばわかる!?お前のような醜悪な女を妻にすることはない』
アンディ王子がレティシア嬢に向けて放ったはずの言葉は、アデリーヌの心を深く抉った。
アデリーヌよりも華奢で、小さな体を壊れ物を扱うように抱き留めたベルガルドの腕。
ふんわりとした色味の、小柄な令嬢なら、愛されただろうかと思わなかったわけがない。
いつか間近にみたレティシア嬢は、キラキラと光る瞳が宝石のようで、甘く柔らかな声はいつまでも聞いていたくなる音楽のようだった。大柄で、ハッキリとした色味の、騎士の自分とは正反対の美しい人。
ベルガルドに愛されたかったけれど、愛されなくて当然だったのかもしれない。
見苦しい嫉妬の炎に焼かれた醜悪な女は、レティシアではなく、アデリーヌだったのだから。
アデリーヌの行動を知れば、ベルガルドはまた怒るかもしれない。それでも、アデリーヌは、愛する人に生きて幸せになって欲しいと願ってしまったのだ。




