戦いの終わり
決戦は、一日で転生十字軍の勝利に終わった。主だった将を失ったチェルシャラン軍は最早統率を維持できず崩れていく。なおも戦闘を継続しようとする敵は、モーガン勢やシュツッツェル勢が次々と片付けていった。多くの敗残兵は東へ逃げてマッカンに駆け込むか、あるいはあらぬ方向へ逃れてそのままチェルシャラン軍本隊に合流することなく姿を消した。
転生十字軍の方は、追撃をやめて徐々にソマスのもとに集結しつつあった。私も捕虜となったチャーマッシュを連れて合流すると、真っ先にリュークの姿を探した。彼を信頼する、とは言ったもののやはり心配だ。シェックァウィ勢の激しい猛攻を受けていたリュークは、客観的に見れば容易に生き残れる状況ではなかった。
「あの、誰かリュークを見た者は……」
私がおずおずと適当な兵士に声をかけると、
「ああ、リュークさまなら、そこです」
その兵士が指さした先には、砂にまみれた一つの生首があった。
「ひっ、そんな……リューク……」
「おい、それはシェッカウィの首だ。俺はここだぞ」
聞きなれた声とともに、生首のすぐ近くに座り込んでいた騎士が立ち上がった。
「良かった! リューク、生きてたんだね!」
私は感極まってリュークに飛びついた。
「まあな。ていうか、俺を見間違えるなよ」
「ごめんごめん。砂まみれだったからよく分かんなくて」
目をこする私の肩を、リュークはぽんと叩いた。
「でも、心配してくれたんだな。ありがとう」
私が頷くと、相手も頷き返す。そんな感動の再会を遮るかのように、私の背後から間の抜けた大声が飛んできた。
「ランクテさまーっ! ただいま帰還しました! 僕です! ノーナムです!」
「え?」
振り返ると、確かにノーナム・ファ・アースがこちらに向かって走ってきていた。
「ノーナム!? あんた生きてたの!?」
彼は、私をイレーネの援護に赴かせるために大勢の敵に突撃していったのだった。当然戦死したものとばかり思っていたが、まさか生還するとは。
「はい! ランクテさまのことを想って一生懸命戦っていたら、いつの間にか戦闘が終わってました」
「あんたどんだけ運が良いのよ……」
呆れながらも、私は彼のことも抱きしめた。その抱擁の強さにハッとしたのか、ノーナムの顔から能天気さが消え、代わりに大粒の涙が頬を伝い始めた。
「でも、あの時一緒にいた人たちは……」
「そうね、沢山の仲間を失ったわ。パイシェンさんですら逝ってしまった。生き残った私たちは、彼らが天国に行けるよう祈るしかない」
私がそう言うと、ノーナムはぎゅっと目を瞑った。
旧ズィーメリー騎士団の軍勢は、転生十字軍の中でも特に殉教率が高かった。最初は領土的野心からロアフォーレン侯領で軍事行動を起こし、政治的理由で転生十字軍に加わった彼らだったが、今となってはその信仰心を疑う者は誰もいない。
*
その後、転生十字軍は兵をまとめてカナーノキアへ進軍した。市内には敵カナーノキア防衛隊の残党が若干残っていたが、シェラン敗走の報を聞いて籠城を諦め降伏した。こうして転生十字軍は聖地奪還を果たしたのだった。防衛十字軍が聖地を喪失してから、実に三年の時が経過していた。
結局、今回の戦いで転生十字軍は約二千、チェルシャラン軍は一万人以上の死傷者を出し、戦術的にも戦略的にも転生十字軍の勝利となった。また聖遺物について、「紫稀の祝福」だけはチェルシャラン軍が持ち去ったものの、他五つは全て転生十字軍の手の内に収まることとなった。
「ついに、ついに戻ってきた……」
ソマスはそう言って、しばらく"ベネディクトゥスの塔"からカナーノキアの街並みを眺めていた。防衛十字軍から今までに感じた苦しみや喜びが次々と胸に去来してくるのだろう。だが、これからやることは多い。彼が今いるその塔とて、チェルシャラン朝支配期を経て、シェランの執務場兼自然崇拝者の斎場に変えられていた。まずはそこを「救世主の教え」の仕様に戻さなければ。
その他にも、ソマスの頭を悩ませる難題は多かった。第一に、今後の聖地防衛のための戦力をどう維持するのか、という問題があった。転生十字軍はあくまで一時的な遠征軍であり、そのままカナーノキアの常備軍たりえるわけではない。兵士の中には故郷の農作業を手伝う必要のある者もおり、どうしてもカナーノキアに留まる兵力は半分以下にまで減ってしまう。
騎士にも、聖地に残らないことを選択する者はいる。イレーネ・ルン・フィーラは、侍女テレジアとともに旅支度に勤しんでいた。
「一体どこへ行くつもりなんだ」
ソマスは説得を試みるべくイレーネの宿舎を訪れた。ソマスとしては、常備軍構築構想のためにはイレーネの存在が不可欠なのだ。
「ポッドスに戻ろうと思うわ。聖地奪還を成し遂げたんだから、役割は十分果たしたしね」
イレーネの返事は素っ気なかった。
「どうかな。奪還したとて維持できなければ意味は無い。今までの勝利は全てお前がいたから成り立ってきた。そうは思わないか?」
私が食い下がると、横からテレジアが割り込んできた。
「ちょっとソマスさま。イレーネさまをまたあんな大変な戦場へお連れするつもりですか? 今回無事に帰ってきたことすら奇跡だと思ってます。私、生きた心地がしなかったんですから。これ以上ソマスさまにイレーネさまをお貸しすることはできません」
「すまないな。お前にとって聖地カナーノキアが何よりも大事な場所だというのは分かっている。だが、私とテレジアにとってはあまり良い思い出のある場所じゃないんだ……」
とイレーネも付け加えた。
なるほど、イレーネを引き留めるためには本人ではなくこの侍女と話をつけなければならないということか。ソマスは天を仰いで考える。説得の仕方を変更しなければ。しばらくしてソマスはテレジアの方を向いて口を開いた。
「テレジアさんは何か勘違いをしている。私は、このカナーノキアにこそ二人の居場所があると思う。ランクテたちが入ってきて、防衛十字軍の頃とは構成員が違うし、何より二人が平穏に生きていけることを私が保障する。反対に、ポッドスならいつまでも暮らしていけるというわけでもないだろう。あの場所でひとたび苦境に陥った時、そこには面倒を見てくれる組織もいなければ助けてくれる仲間もいない」
その言葉は相手の痛いところを突いたようで、テレジアは唇を噛んで黙り込んだ。するとイレーネが
「じゃあ、ソマスがカナーノキア王に即位するっていうなら、考えてもいいよ」
と言った。
「なんでカナーノキア王の件が関係あるんだ」
「だって、私たちの平穏をソマスが保障するんだよね? それはあんた自身が然るべき立場にあって初めて可能なことでしょ。もしカナーノキア王がソマスじゃなかったとして、私たちとの約束と王からの命令が矛盾したら、どっちを優先するの?」
確かにイレーネの言う通りだった。特に、イレーネとテレジアの関係は"救世主の教え"では明確に禁じられているものだ。ソマスが見逃したとて、より上位の者も許容するとは限らない。
「分かった、考えておこう……。だから、カナーノキアを出るのはもう少し待ってほしい」
ソマスはそう頼みこむのが精一杯だった。
*
イレーネも言及していた通り、この時、カナーノキア王に誰が即位するのかという問題があった。現状、コンラト王の生家であるヌーシラ家が王位継承権を所有したまま王位自体は空位の状態が続いていた。実際に聖地の支配を回復し実体的にもカナーノキア王国が復活した以上、いつまでも王の不在を容認するわけにはいかない。
「もうソマスがカナーノキア王になっちゃえばいいじゃないか。形だけ先王の養子になってさ」
モーガンは無邪気に提案してきた。故人の養子にはなれない筈だが、彼にとっては細かいことはどうでもいいのだろう。
「まあ、私が王冠を授ければ、とりあえずの正統性はあるんじゃないでしょうか」
と、マデラウスも言った。聖職者の身分を持つ彼は、カナーノキア総主教への就任が内々に決まっている。
「とはいってもな……」
ソマスが気がかりなのは、カナーノキア王はあくまで世俗的な身分であり、港湾騎士団に所属する人間がついてよい地位なのかどうかという点だった。港湾騎士団は騎士修道会であり、そこに入るということはすなわち出家である。もし王位につくとなれば還俗にあたるのだろうが、果たして一度神に対して立てた誓いを破って還俗するなど許されるのだろうか、とソマスは思っていた。




