議論と感情
翌朝、イレーネの姿が見えないことに皆が気づき、タリハリ市内は騒然となった。ソマスがイレーネ配下の兵を問いただしてみると、なんとカナーノキアへ向かって出発したという。ソマスは慌てて、夜間警備明けで寝ているモーガンを叩き起こした。
「なんだよ」
「お前が警備についている間、イレーネが城門を出ていかなかったか?」
モーガンは眠たい目をこすりながら答えた。
「ああ、出てった。カナーノキアへ行くと言ってたな」
「え、何で止めなかったんだ」
「いや、お前に話は通ってたんじゃないのか」
そんな話は聞いてない……とソマスは言おうとしてやめた。一つ心当たりのあるやり取りはあった。しかしまさかあれが、昨夜中にタリハリを発って戦いを挑みに行くという意味だとは思わないではないか。
「とにかく、事態は重大だ。すぐに皆を集めよう」
*
転生十字軍の幹部騎士たちが一堂に会する。彼らに対しソマスは
「このままもしイレーネが戦死することがあったら、転生十字軍にとって深刻な打撃となる。今から追いかけて止めるると共に、もし既に敵と交戦しているようなら、援軍を出して彼女を救出するべきだ」
と訴えかけた。しかし、皆の反応は薄かった。
「別に、助ける必要は無いんじゃないでしょうか。僕は必ずしもイレーネさんが転生十字軍に必要だとは思いません」
ハルズ・ファ・ヤートなどははっきりそう言った。彼の兄ポゼン・ファ・ヤートは防衛十字軍の騎士としてハーッタンの戦いで戦死しており、そのハーッタンの戦いで防衛十字軍が敗北するきっかけがイレーネにあったかもしれないために、彼の心境は複雑だったのだろう。
「それこそ、身勝手な行動ばかり取る人間のために、貴重な兵力を割くわけにはいかないでしょう」
シュツッツェルも同調する。主として、防衛十字軍時代から聖戦を戦ってきた人間からの反発が物凄い。旧ズィーメリー騎士団のパイシェンやリューク、そして私も、彼らの怒りを黙って聞いていることしか出来なかった。
「そうは言うが、現実問題として……」
ソマスは納得せず、シュツッツェルと衝突しそうになる。そこにモーガンが割って入った。
「まあ、落ち着いて考えろ。ソマスの言いたいことは分かる。だけどもしイレーネを止めに追いかけたとして、あいつがこっちの説得を聞き入れるような奴か? あいつは自分の意志で飛び出していった。もう誰にも止められないのかもしれない」
何か言いたげなソマスを制止し、モーガンは続ける。
「それに、もしイレーネが戦闘状態に入っていたとしたら、そこに我々も加わればもう、カナーノキアにいるチェルシャラン軍との全面戦争にならないか? それで勝てる見込みがあるなら構わないが、無理をして危険な賭けに出るべきじゃない」
モーガンの意見は理性的で、正しいように聞こえた。でもやはりどこか冷たいような気もする。この冷たさが正解なのか……? 私は違和感を拭えなかった。
ソマスも同じ気持ちなのか、すぐには返事をしなかった。その代わり、
「モーガンの言う通り、少し冷静になる必要があるようだ。すまないが休憩を挟もう」
と言って、一旦会議は解散となった。
*
「二人は、どう思う」
私とリュークはソマスに、建物の裏の誰も来そうにない場所へ呼び出されていた。
「お前たちは若いし、転生十字軍に新しく入ってきた者たちだ。さっきの会議では萎縮して何も言えなかっただろう」
ソマスの言葉に、リュークは「いえ……」とかしこまっている。正直、ここでソマスに直接何か意見を言うのすらちょっと怖かった。
「あの、私は……イレーネさまにいなくなってほしくないです。そんなの嫌です」
私は勇気を出して、ソマスに訴えた。
「イレーネさまは防衛十字軍で酷いことをしたのかもしれません。でもイレーネさまは善い人です。私がここまでイレーネさまと過ごしてきた日々はとても暖かかった……これがまやかしだったなんて、思いたくないです」
そう語る私を、ソマスはじっと見つめている。
「あ、あの、会議で喋ってた人たちほど論理的なことは言えなくて……ただの感情です。だから聞き流してもらっても構いません……」
急に恥ずかしくなって、私は喋るのをやめた。
「いや、いいんだ。こういうのは感情が一番大事だからな。会議で私に反対してた人たちだって、感情的にイレーネを拒絶しているだけだ」
ソマスはそう言うと、一つ大きく息をつく。「だからこそ、難しい」
やがて兵士が私たちを呼びに来て、休憩の終わりを告げた。転生十字軍の幹部騎士たちは、再び会議の部屋へと集まっていった。
*
休憩明けの会議も、変わらず動きの無い展開が続いていった。ソマスが、休憩前にモーガンが指摘した点を踏まえ、何とかイレーネを連れ戻す方法や、チェルシャラン軍と本格的な戦闘になるのを避けつつイレーネを救出する方法などを考えて提案するが、それに対して誰かが何か理由をつけて反対する。ソマスも吹っ掛けられた議論にいちいち応じなければならないため、話が少しも前に進まなかった。
(このまま、流れで押し切られてしまうんだろうか……)
私が不安になっていると、ふとソマスから発言を求められた。
「ランクテ、意見があれば遠慮なく言ってくれ」
この時私は、それまでの議論の流れに全くついていけていなかった。最初は、会議に集中できていない自分が叱られたのかなとも思ったが、どうやらそうではないようだった。ソマスは何かを抱擁するような優しい目でこちらを見ている。
『こういうのは感情が一番大事だからな』
先ほど言われたことが思い浮かんだ。
(そうか、私に期待されてるのはそこなんだ)
私は一つ咳ばらいをすると、語り出した。
「皆さん、本当にこのままでいいんですか?」
今までの議論の流れをぶった斬るような語り出しに、皆が怪訝そうに顔を上げ、こちらを見てくる。ここが勝負だ。私は手が少し震えるのを感じながら、演説を続けた。
「イレーネさまは仲間じゃないですか! 仲間を助けようという気は無いんですか? 何が何でも助ける、とまではいかなくても、まずは全力で助けようとしてみるべきなんじゃないですか?」
私は最大限の勇気を振り絞って喋り切ったが、反応は無い。しばらくして、シュツッツェルが口を開いた。
「しかしそう言われても、勝手過ぎて信用に値しない人間を仲間とは……」
「仲間ですよ。だって、みんな港湾騎士団の一員なんでしょ? 同じ誓いを立てて騎士団に入っているのに、どうして仲間じゃないなんて言えるんですか」
話し続けるうちに、私の声に熱が籠ってくる。
「私は転生十字軍に途中から入ったから、イレーネさまが防衛十字軍でどうだったかなんて知りません。そのお陰で、イレーネさまに普通に接することが出来ましたし、イレーネさまの方も私に優しくしてくれました。私たちは紛れもない仲間になれました」
私は部屋全体を睨みまわす。
「血判をして同じ騎士団に入ってるのに、騎士団の一員を仲間として受け入れない。勝手なのはあなた達の方ですよっ!」
ここまで激しく言うつもりはなかったが、勢い余って口から飛び出てしまった。少し冷静になって、ちょっとまずいことを言ったかなと思ったが、今更何も取り繕うことは出来ないので、堂々としていることに決めた。
すると、部屋の前の方からパチパチと音がした。見ると、ソマスが私に拍手を送っていた。
「素晴らしい、聞いたか皆。何もイレーネに限った話ではない。ここにいる全員、港湾騎士団の誰もを仲間だと私は思っている」




