転生十字軍と港湾騎士団
文脈を無視した発言に、皆困惑して思わず黙り込む。場に静寂が訪れた。
「何を言ってるんだ。そんなことできるわけないだろ。お前は罪人なんだぞ」
おずおずとモーガンが喋り出す。それに対しイレーネはすぐに切り返した。
「私は罪を認めたわけではないが、仮に罪があったとしても、十字軍戦士として戦い殉教することは贖罪になるんじゃないか? だとすれば、私が罪人であることは関係ないわけだ。むしろ、罪人であった方が十字軍に参加する必要性は高いことになる」
無茶苦茶な屁理屈だったが、熱狂して頭がのぼせた聴衆の勢いを削ぐには十分な演説だった。むしろ、その気持ちの昂りがイレーネの追い風になってさえいた。
「出来もしないことを言ったって無駄だぞ。そもそも、新たな十字軍なんてどこにあるんだ。無い組織に参加なんてできないぞ」
モーガンが至極真っ当なことを指摘すると、イレーネは何がおかしいのか、ふふふと笑った。
「確かに、今はまだ無い。だからまさに今発足するのよ。ここにいるオルトモンテ候領のソマス・ウェ・ターリエを司令官として!」
おおーっ、と歓声が上がる。ポッドスで異端討伐の功をなしたソマスの名はポッドス中に知れ渡っている。そんな地元ゆかりの騎士が十字軍の司令官に就任すると聞いて、聴衆たちは湧きたった。
急に名前を出されて、ソマスはびっくりしていた。ただ、落ち着いて聴衆たちの様子を観察してみると、それはソマスにとって理想的な状況だった。ここにはビタリー帝国やシュレーン王国の関係者、それにポッドスの有力者までもが集まっている。ここで十字軍発足を情緒的に宣言すれば、その効果は計り知れない。ソマスはイレーネに促されるまま、聴衆の前に立った。
「イレーネどのの心意気、受け取った! 今ここに新たなる十字軍の誕生を宣言する。目標は聖地カナーノキア奪還ただそれのみ! 天国の門をくぐりたい者よ、イレーネに続いて名乗り出よ!」
ソマスの演説を聞いても、皆しばらく躊躇している。しかし、ナイギャーカというポッドス人の青年が真っ先に、ソマスのすぐ前まで出てきてその場に跪いた。
「よろしい、そなたが一番だ。覚えておこう」
ソマスが声をかけると、その青年は言葉が分かったのか、顔を綻ばせた。
「信仰ある者よ、この者に続け!」
ほとんど叱咤に近い呼びかけをすると、残る者たちも次々とその場に跪いていく。結局、そこにいた聴衆の七割ほどが十字軍への参加を表明した。
「やってくれたな、イレーネ」
ソマスはこっそりとイレーネに耳打ちする。
「なんでよ、一緒に再起しようって言ったのはあんたでしょ」
「それはそうだが……私が司令官になるとは言ってないぞ。私はカナーノキア王でも何でもないし、あまりに恐れ多い」
「でも、司令官にならなきゃダメよ」イレーネはいたずらっぽく笑う。「私、あんたからの命令以外聞くつもり無いから」
*
新しい十字軍は、かつての防衛十字軍と区別する意味で、転生十字軍と呼称されることになった。これには、この世界に「救世主の教え」をもたらした聖ベネディクトゥスが異世界からの転生者であったことになぞらえ、十字軍という組織が新たに生まれ変わることを指すという意味が込められていた。
そして、新たに誕生した組織は、転生十字軍だけではなかった。
「騎士団を結成しないか」
ソマスがそう提案した。
「騎士団って、あの少数精鋭のあれか?」
モーガンはピンときていない。騎士団という組織は防衛十字軍内にも存在した。ソマスたちが防衛十字軍結成にあたってシュレーン王国やズィーメリー王国から駆けつけた援軍だとすれば、騎士団はそれ以前からカナーノキア王国にあってその防衛・警備にあたっていた常備軍の一つだった。チェルシャラン軍との戦いでは、コンラト王直轄の勢力として動いていた。
いくつか騎士団は存在したが、どれも数十人から数百人規模の小さな集団で、ソマスたち貴族のように何千人もの軍勢を動かす存在ではない。そういった意味で、ソマスたちが騎士団を結成することは、常識的には考えられなかった。
「今までの騎士団とは違う、我々貴族の同盟といった感じの団体だ。いや、正直なことを言うと、今の私には何の身分も役職も無いんだ。だから騎士団長と言う肩書があれば便利だなと思ったわけだけど……」ソマスはポリポリと頭を掻く。「実際、私たちはそういう絆で結ばれるべきだと思うんだ」
「なるほど。騎士団に入るには神に誓いを立てる。そうすれば、逃亡癖のある誰かさんも誓いを破りにくくなるわけだ」モーガンはせめてもの仕返しとして皮肉を効かせる。「まあもっとも、誓いがあっても関係ないと思ってるかもしれんがな」
「そうね。裁判とかすっ飛ばして人を処刑しようとする人もいるくらいだしね」
イレーネが反撃する。
「二人とも、やり合うなら今のうちにしておけよ。同じ騎士団に入ったら我々は兄弟姉妹のような関係になるんだ。強制的に仲良くしてもらうからな」
ソマスがぴしゃりと言うと、二人は黙った。
騎士団結成の噂は、転生十字軍志願者の間にも広まり、騎士称号のある者が十何人か自分も入りたいと申し出てきた。ソマスは騎士団の発足メンバーとなるべき者を、シルキ港の街並みと魁湖の水平線が一望できる眺めの良い小高い丘に集めた。
そこに机と紙とペンが用意され、志願者は順番に自分の名前を記し、血判を押した。それが終わると、ソマスは皆の杯に直々に果実酒を注いだ。赤色の果実酒は、救世主の血に見立てられていた。
「我ら、聖母マリアのご加護の下、聖地を奪還し、巡礼者の権利を安全を保護する者たちである。そのため、婚姻をせず、財産を私有せず、騎士としての品格をもってただ聖なる使命のみに専念することを誓う。オルトモンテ候領騎士、ソマス・ウェ・ターリエ」
宣言を終えると、ソマスは手に持った杯を一気に乾かした。他の者たちも続いて果実酒を飲み干す。これによって、騎士団結成の儀式は完了した。
騎士団の正式名称は、「聖母マリアへの祈りと祝福を受けし者たちの巡礼を守護するための騎士修道会」とされた。こういう格式高い組織の名称は長ったらしいのがお約束だ。そのため、だいたい人が呼びやすいような通称がつけられるのは常だった。今回の場合は、シルキ港で結成され、最初の本部も港町に設置されたことから「港湾騎士団」と呼ばれるようになった。
(ここから、私たちの新たな戦いが始まるんだ……)
ソマスの心は躍った。
結成したばかりの転生十字軍は、その時ポッドスにいたごく限られた人々だけが参加していて数も少なかったが、次第に噂を聞きつけてソマスに連絡を取ってくる貴族も増えてきた。特筆すべきは、かつて防衛十字軍でソマスたちと共に戦ったマッカン伯ルエイ・ウェ・カーラが参加を希望してきたことだ。
「あのご老人に、もう一度遠征に出る気概がおありとは」
ソマスは妙な感動を覚えた。
ルエイは年長というだけでなく、マッカン伯という、十字軍国家の一つであるマッカン伯国を治める身分を有していた。流石にソマスよりも立場がずっと上であるため、転生十字軍の司令官の座を譲らざるを得なかった。イレーネはかなり不満そうだったが、しかしルエイは自分が大軍を仕切るまでの気力は無く、あくまで事実上の司令官はソマスであるということで納得した。
「それにしても、ポッドスにいるまま各方面と連絡を取るのは無理が出てきたな」
ソマスがそうぼやき、転生十字軍及び港湾騎士団はその本部をビタリー帝国首都ロムスに移すことにした。
そして、ロムスに着いて早々ソマスは、諸侯のもとを巡っているマデラウスからの一通の手紙を受け取ることになる。
『シュレーン王国のはずれに、ぜひ転生十字軍に加えたいお人がいる。その者の名は、ロアフォーレン侯ランクテ・シャン・ユイ』




