恥ずかしい名前の人が大集合
街道上に強制徴集した冒険者を配置し、魔獣の群れを突っ込ませて進行スピードを落とし、その隙に帝国軍が包囲殲滅するという作戦がはじまります。
損害の一番ひどいところは冒険者、手柄は全部帝国軍がもっていくという、とても素敵な作戦でした。
私としては放置物件ですよ、本来なら。帝都の防衛に成功しようが、失敗しようが私には関係ありませんしね。
いまの、この状況で私の役割は終わったといってもいいでしょう。そもそもは戦争回避のために夏休みを潰してマグリティア帝国までやってきたわけですが、秘密兵器が役に立たないどころか、大損害が出そうなのですから、すでに開戦という方向性はなくなったといってもいいでしょう。
このままストランブール王国に帰ってしまっても、まったく問題がなさそうです。
ただ……それをすると縁のあった人たちが死ぬでしょうね。せっかくもらった家も失うことになります。
そのとき冒険者たちの先頭にいた男が大声を張り上げました。
「みんな、聞け! 我々はここで迎え撃つ。本来なら街道を故意に破壊すると厳罰に処されるが、このたびは免責をもらえた。身を隠す穴を掘るなり、木を切ってきて柵や陣地を作ってもいい」
普通だったら距離的に聞こえるか微妙なところですが、はっきり聞き取れたのは風属性魔法を併用したのでしょうね。たぶんギルドマスターなのでしょうが、最低限の指揮がとれる人物のようです。
1万もの魔獣が帝都に迫っている状況で街道の破壊なんて笑止ですけど、なにもないよりは、少しでも防衛陣地があれば助かります。免責も戦後のことを考えてるのでしょうね。
ほとんど全滅しろ、というような命令ですが、本当に1人残らず死ぬわけではなく、きっと何人かは生き残るはず。それなりの褒賞金が期待できるところですが、つまらないことに難癖をつけられるかもしれません。潰せる懸念はすべて潰しておいたほうが無難です。
「帝都の近辺にいるSランク以上にも声をかけて、なんとか朱色の大剣と海嵐の紫雷姫を呼び寄せることができた。朱色が斬り込んで、紫が殲滅していく、俺たちはきっと勝てる!」
ギルドマスターらしき男性は隣にいた2人の冒険者を紹介しました。戦後のことを見据えているのは、この2人のせいでしょう。
朱色の大剣――ディラン・ランバート。
自分の身長とかわらない大剣を背負っているのに、筋力に全振りではなく、むしろスピード型の剣士という、どうにも矛盾した冒険者として有名です。2つ名の由来は魔獣を斬りまくって全身を血色に染めていたせいらしい。当時は赤色と緋色をそれぞれ2つ名にする魔法士がいたせいで、朱色と呼ばれることになったようですが……こいつはストレリツィ侯爵領にも何度かきたことがあり、お父様のお気に入りの脳筋の1人。もちろん、契約騎士としてのメダルも持っています。
海嵐の紫雷姫――エラ・サトラ。
会ったことありませんが、噂はよく聞きますよ。
雷属性の魔法には天賦の才があり、ケランの沖合に出たクラーケン戦で名をはせた女性冒険者ですから。海洋魔獣の場合、海に潜られると手出しできなくなるのが普通ですが、彼女は高出力の雷撃をバンバン落としまくって、最後にはクラーケンを感電死させるという規格外の魔法士。
海上に焦げたような紫煙がたなびく中、爆発音を響かせながら雷撃を落としまくったと聞きます。ありえない出力。
そんな2つ名持ちが一緒に戦うというのだから、たいていの冒険者は少し落ち着いたみたい。まあ、エラ・サトラが雷撃しまくって、そこにディランが大剣をブンブン振りまわしながら突撃していけば、たいていの魔獣は狩れるはずですから。
しかし、ちょっと頭がまわれば疑問も湧くようで、私の隣にいたマレックがこの状況で質問しました。
「うちのルイーズが偵察にいってきたそうだが、残り時間は2時間ほど、魔獣の総勢はさっと1万。陣地というレベルのものを作るには時間がなさ過ぎるし、2つ名持ちがいても敵が多すぎると思うのだが?」
「それは――」
「ルイーズ? あ、本当だ。ルイーズがいる」
ギルドマスターが答えかけたが、ディランのとぼけた声のほうが大きかったです。
でかい筋肉が偉いと思い込んでいるバカは、声もでかい。ちなみに食事もでかければ、酒を呑むときのジョッキもでかいのですよ!
「これで2つ名持ちが3人。よかったな、ギルマス。これで勝てるぜ」
こっちにこい、と私を呼びます。
「おーい、空色! なあ、空色! こいよ、空色! ところで空色、なんで空色は帝国にいるんだ?」
空色の大安売りみたいになっていますので、目立つことはしたくなかったのですが、あのバカを黙らせるために前へ出ていくしかないですね。
その前に。
アグリファットで拾ってマジックバックに放り込んだ赤い花をマレックの兜に挿しました。
「稼ぐことより、命大事に。前よりは後ろ。外よりは内」
まわりの冒険者に注目されているので、声を潜めても、なお気を遣います。でも、リーダーをやっている男なら、たぶん理解してくれるはず。
やれるだけのことはやったので、前へ出ていって――ディランの足を踏み潰してやりましたよ。
そして、また戻ろうとして、左腕をギルマスに、右腕をエラ・サトラにつかまれて、身柄を確保されてしまいます。
「おお、痛てーな。まあ、いいや。拠点はストランブール王国のストレリツィ山脈だから、はじめて見る奴もいるだろうが、こいつが碧天を翔る空色。名前がルイーズ・なんとか・かんとか・ストレリツィだ。覚えておけよ」
私が全力で爪先を潰したのに、ディランにとってはちょっと痛い程度のようです。もげるほどの威力があるはずなのに。
それから、そんな恥ずかしい2つ名の人は私ではありませんし、名前を覚えろというのなら、まず最初にオマエがちゃんと覚えろと突っ込みたい。
知らん、勝手に戦え、と思いますけど、ギルドマスターが必死で頭を下げます。
「まさか空色がいらっしゃるとは知らず失礼しました。帝都の冒険者ギルドとしてはどうしても参加を要請したい」
初対面のはずのエラ・サトラも必死ですが、こっちは魔法バカのようですね。
「ねえ、魔法を見せて。魔法合戦しよう。対決、対決。ちょうど的がやってくるところだから、順番に得意な魔法を撃っていこうよ」
30前後のお姉さんなのに、言葉は子供みたい。才能のある魔法士だと結構いるタイプですけど。
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