楽しい夕食
さすがに帝都の近くですから宿場町もちゃんと整備されていて、日が暮れる頃、私たちは1軒の宿屋に入りました。
もちろん、1人1部屋なんて贅沢なことはなく、リレンザも含めて『黒十字血盟団』の女性メンバー5人と私の合計6人で大部屋です。
こういう護衛を引き受けた場合、道中の宿泊や食事はパーティーのほうの必要経費になるみたい。あるいは諸経費も含んだ金額で依頼する商人の仕事でないと請けないということでしょう。
つまり私は『黒十字血盟団』と一緒に宿の食堂で食事ということになったのですが――ゴブリン汁だったらどうしましょう、と心配したものの、出てきたのはシチューっぽい料理でした。
「これ、なんですの?」
いちおう鑑定しておきます。匂いは悪くなさそうですが、ろくでもない料理なら適当に言い訳して逃げ出さないと。
『豚肉と根野菜のスープ
満腹度 92
栄養価 89
豚と野菜を煮込み、小麦粉でとろみをつけたもの』
割と普通です。
ほっと一安心しているとリーダーのマレックが不思議そうに質問してきました。
「ここらじゃ普通のスープだが……ルイーズは知らないのか?」
「わたくし、そもそもストランブール王国の者でして」
「そうなのか。いや、そういえばルイーズがあの場にいた理由を訊いてなかったか」
「手紙の配達です。重要なものだということですし、帝都にお住まいの何人かに宛てたものでしたので、わたくしが持っていくことになりました」
お父様からの手紙を帝国の和平派貴族の方々に渡すのですから嘘ではありませんよね?
「手紙を配達したら、またストランブール王国に戻るんだな?」
「基本的には。ひょっとしたら手紙の届け先でなにか頼まれるかもしれませんし、やり残したこともございます」
アグリファットの遺跡を見にいくのは、ほぼ決定です。あとマグラナカン峡谷のダンジョンにいって、アリバイ作りに魔獣を何頭か狩る必要がありますね。ついでにアルフレッド様の護衛をしていた冒険者の遺体が残っていたら回収したほうがいいかもしれません。
まあ、遺体そのものの回収はともかく、冒険者ギルドの決まりとして遺体を発見したら、できるだけ登録証を持ち帰るというルールがあります。余裕がある状況とは限りませんから、絶対的な義務ではありませんが。
登録証はもちろんのこと、それどころか遺体や遺品を持ち帰ったならギルドの職員に強い印象を残せるはず。
将来マグラナカン峡谷のダンジョンにいたというアリバイが必要になったら、ヌーベルトの冒険者ギルドが証言してもらうことができます。
「ルイーズは得意先がいくつもあるのかな? Eランクで他国まで仕事できたり、そこで別の仕事を頼まれることはなかなかないぞ」
「得意先は……1件、ですわ。そこから、いろいろ広がりそうな案件でして」
「しかし、ストランブール王国を拠点とする冒険者で、少ないとはいえ得意先もあるのなら、うちに誘っても難しいかな? 腕のいい魔法士ならパーティーに欲しい」
「そうですねぇ……いますぐ帝都周辺に引っ越すのは無理ではないかと。何年か先なら、あるいは」
婚約破棄からの国外追放後、どうするのは決めてないですけど、マグリティア帝国はちょっとないな、と思います。無駄に戦争をしたがる国は遠慮したい。しかし、この場の空気を悪くするのもよくないでしょうから、完全否定はしないでおくというのが無難なところ――と返事をしていて、急に護衛の仕事の宿や食事はパーティーの経費ということに気がつきました。
うっかり一緒の宿に泊まる気になっていたり、それどころか食事に手をつけてしまいました。お昼は自分の携帯食料でしたし、すっかり忘れてたんですよ。
たぶん手持ちで足りるはずですので(オトエサに感謝! コブリンを釣るしか能力のない、駄目な魔獣吸引剤と決めつけていましたが、意外とまとまった金額になったんですよね)私の分は別に精算するとか、まとめて払ってもらってマレックに私の分を渡すとか、そういう形でいいでしょうかね?
そのあたりを相談すると、マレックに笑い飛ばされてしまいました。他のメンバーにも水くさいとか、助けてもらったのにとか、暖かい言葉をいただきました。
「先のことは保留ということで、とりあえず明日、帝都に到着するまではルイーズは我々『黒十字血盟団』のメンバーだ。みんな文句はないな?」
「賛成!」
テーブルのあちらこちらから声が聞こえます。私のことを嫌っているらしいリレンザさえ笑いながら手を叩いているんですよ。
帝都名物らしいスープと、堅くなりかけたパンという、豪華でもなんでもない夕食でしたが、大変美味しく感じられたのは、このところ携帯食料だけだったという理由だけでない気がします。
そろそろ10万字ほどとなるせいか、読んでくれている方が増えているようです。ありがとうございます。
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