そういえば、これって乙女ゲームでしたね
ダンジョン低層にいる魔獣はたいてい弱いものばかり。弱いのだから隅のほうに隠れていればいいのに、なぜか私たちの前に出てくるんですよ。
せっかく歴史学者として高名な一族の方にいろいろ教えていただいているのに。
いまもオークが出てきたのでウォーターカッターで真っ二つにしてやりました。
「オークを一撃か?」
「2本の足で立ってみたところで豚は豚。ただあれも群れを作る習性がありますので、ちょっと急いだほうが得策かもしれませんわ。まあ、出てきたら出てきたらで潰しますのでアルフレッド様はご心配する必要はございません。それより、魔獣の知性ですわ」
「魔獣における知性について考えたことはなかったな。冒険者というのはおもしろい」
「魔王がいて、ドラゴン将軍にワイバーン中佐、トロール軍曹にオーク2等兵にゴブリン3等兵がいる軍隊なんて、わたくし、ちょっと想像できませんの」
「できぬな」
「そんなふうに考えますと、魔王とはどんなものかわからなくなってしまって……」
「もし魔獣を統率できると仮定したら、1つは人間や亜人にはマネできない方法がある。2つ目として知能に劣る魔獣を使役できるような能力を持つ魔獣がいたが、500年前に魔王とともに滅びた。3つ目は現在の魔獣は500年前と比較して知能が劣っている。4つ目に魔王が魔獣に魔法かなにかで知性を与えた。そんなところか?」
「1つ目と4つ目はわたくしたち人間が考えても答えが出ない種類の仮説でしょうね。2つ目は魔王には幹部クラスの魔獣がいたとして、1頭残らず全滅してというのはどうなのでしょうか? 千万の魔獣を使役するなら、その使役できる魔獣も結構な数がいたはずだと思います。3つ目については進化するのならわかりますが、劣る方向にいくでしょうか? 適者生存からして知性が劣って優位になる状況というのがあるとは思えないのですが」
「テキシャセイゾン?」
アルフレッド様に訊き返されてしまいました。うかつです。まだこの世界には存在しない概念だったかもしれません。
ちょうど魔獣の気配を察知したので誤魔化しましょう。
「光よ、集いて彼方を照らせ」
サーチライトで探知魔法に引っかかったところを照らしました。キラーアントですね。
全長1メートルくらいの巨大蟻。硬いのと、顎が強力で、噛みつかれると大怪我しますし、首だと即死します。
「神鳴よ、敵を穿て! 神鳴よ、敵を穿て! 神鳴よ、敵を穿て! 神鳴よ、敵を穿て! 神鳴よ、敵を穿て! 神鳴よ、敵を穿て! 神鳴よ、敵を穿て! 神鳴よ、敵を穿て! 神鳴よ、敵を穿て! 神鳴よ、敵を穿て! 神鳴よ、敵を穿て! 神鳴よ、敵を穿て!」
巣でも近くにあるのでしょうか? 結構たくさんいたので、どんどんサンダーボルトを撃ち込んでやります。
「一撃で2頭3頭まとめて倒してないか?」
「しょせん虫ですから、電撃には弱いですわ」
「いや、キラーアントは腕利きの冒険者でも苦戦すると聞くが……」
「単身で巣の中に突撃したときの話ではないでしょうか? それより進化ですね。魔獣が進化して例えばゴブリンがゴブリンキングやゴブリンジェネラルになりますが、反対にゴブリンキングがただのゴブリンになるという現象は聞いたことがございません。人間で考えても同じです。教育を受ける機会がなかった者であっても勉強すれば最低限の教養くらいは身につくと思いますが、教養のある人がいきなり馬鹿になったという話はやはり聞きません」
「進化というのは上へいくことはあっても、下にはいかないか……いや、下にいく場合は進化ではなく劣化かな?」
「アルフレッド様はそのようなことを聞いたことはございますでしょうか?」
「いや、ないな。人間の場合、強いショックを受けて錯乱したとか、頭を大きく損傷したなど、まったく事例を知らぬわけではないが、すべての人間が突如として文字も言葉も忘れるような事態は想像すらできない」
「人間と魔獣を同じように考えてはいけないのかもしれませんが……」
「いや、思考の方向性としてはよいのではないか? ルイーズ殿はおもしろいな。このように話ができる女性がいたとは」
アルフレッド様がうれしそうにおっしゃいます。しかも、私の名前に殿がつきました。敬称がついたということは、私に対して少しは尊敬の念があるということですよね? 雑談だけで好感度アップって、どこの乙女ゲーだよ! と心の中で突っ込んだのですが、そういえばここは乙女ゲーの世界でしたね。
なぜかバトルばかりやってて忘れてましたよ。
しかし、これ、フラグが立ったのか?
確か『紅碧双月のストランブール』にはこんなキャラは出てきませんけど――私が前世で死んだ後、実は『紅碧双月のストランブール2』が発売されたとか、そんなオチだったり?
まあ、いまの状況で攻略する気はありませんが、いまの状況で好感度を上げるのは良いことです。和平派として味方になってもらえれば味方が増えますからね。
「そう考えると、これはこれで正解か?」
「なにが正解なのでしょう?」
「ルイーズ殿にはこのダンジョンを調査する目的を説明してなかったな」
「伯爵領まで続いているのか確かめるためでは?」
「それも目的の1つなのだが、わたしはアグリファット要塞と対になる軍事施設がどこかにあるのではないかと考えているのだ。つまり人間側の要塞があるのなら、魔王の拠点もなければおかしいだろう? アグリファットに近すぎず、遠すぎず、かなり大規模なものだ」
「ひょっとして、それがここ?」
「まずアグリファット周辺の遺跡を検討してみたのだが、人間のものだと推測されるものばかりなのだ。それでダンジョンになっている場所が全部とは言わないが、魔王の軍事拠点だったという可能性があるのではないかと」
「ダンジョンは魔獣の巣みたいなものですから、考えかたの筋としては有望ではないでしょうか?」
「ルイーズ殿もそう思ってくれるのか?」
アルフレッド様が大喜びしています。
いま好感度を上げている最中ですので、どんな珍妙な説でも大賛成してあげますよ?




