助けた相手は?
ダンジョン内で交戦中のパーティーと接触しました――または壊滅寸前のパーティーから護衛対象と思われる人物を託されました。
30分くらい走り、もうファングウルフの脅威は去ったというところで休憩にします。私はまだまだ走れますが、同行者がもう歩いているのとかわらないペースになってきたので、これ以上急がせても無駄ですしね。
「助けてもらって礼を言う。わたしはアルフレッド・サルマーニュ伯爵だ」
暗い洞窟の中ですから、はっきりわかりませんが20歳前後くらいでしょうか? もっと上だとしても20代前半まででしょうかね。
しかし、私の記憶にあるサルマーニュ伯爵という名前の人物は50歳くらいにはなっていたような?
いえ、ここはちゃんと返礼しないと。
「Eランク冒険者ルイーズですわ」
パーティーがまだまだ戦闘可能な状態で、自分たちだけでマグラナカン峡谷から脱出できそうなら、ダンジョンにいたというアリバイ作りに本名を名乗ってもよかったのですが、この状態ではただの冒険者ということにしておいたほうが無難な気がしました。
それより気になることがあります。
「わたくし、サルマーニュ伯爵のお名前に聞き覚えがございます。たしか歴史学者として高名であったような……」
「それは父のことだな。つい先日亡くなって、わたしが爵位を継いだ」
「お父上のこと、とても残念に思います。わたくし、お父上の著作をいくつか目にする機会がございまして、とても感銘を受けていたものですから。新しい伯爵様も歴史の研究を?」
「父と比較にならないがね。しかし、冒険者で、しかもEランクなら下のほうだろう? それでも本を読んだり、歴史を学んだりしているのだな。君にとって失礼な話だろうが、冒険者とはもっと粗野なものだと思っていた」
「どんな身分で、どんな環境なのかというより本人の問題ではないかと考えますが。貴族であっても、全員が本をたくさん読んでいるわけでも、歴史を学ぶのが好きなわけでもないのでは?」
「ああ……確かに、それはそうだ。嫌々最低限の教養だけを身につけ、しかもしばらくするとすっかり忘れる奴も多いな」
「それより歴史の研究といってもいろいろございますが、伯爵様はどのあたりがご専門でしょうか?」
実は亡くなったという父親のほうのサルマーニュ伯爵は和平派で、できれば会見してお父様の手紙を渡そうと思っていました。歴史学者として高名な人物であって、別に政治的な力量はあまりありませんので優先順位としては高くありませんが、味方にできるならしておきたかったのです。
歴史上、マグリティア帝国がストランブール王国と友好関係にあるときは帝国の発展は著しく、逆に関係が悪化すると王国は影響が軽微なのに帝国は経済が停滞または活動低下を招くと言い切ってしまうような人物でしたから。
さて、その息子はどうでしょう? 父親と同じような考えかたなら都合がいいのですが――信頼できるか見極めてから、本名を明かして、お父様の手紙を渡すことも検討しなければなりません。
「わたしは歴史前期が好きなんだよ」
「それは、この大陸にマグリティア帝国やストランブール王国ができる前のこと。失われた文明などと呼ばれている期間のことでしょうか?」
「実は冒険者を護衛に雇って、ここを調べにきたのだが……どうやら爵位を継いで1月もしないうちに新たに弟が継ぎそうだ」
「それはどういう?」
「あの2人も結局追いかけてこなかったではないか。腕利きの冒険者を30人以上も雇ったのに、このダンジョンにくるまでで10人近くが脱落し、やっと本番というところで壊滅状態、いまはわたしと君の2人だけ。しかも君は少し戦えるようだが、わたしはぜんぜんだ」
「いえいえ、わたくし、伯爵様を見捨てるつもりはございませんので、ちゃんと生きてここから街まで連れていきましょう」
「君、Eランクなんだよね?」
「はい、Eランクでございます。ほんの数日前に冒険者として登録したばかりの駆け出しですので」
「わたしが雇った護衛はBランクもいたのだ。ヌーベルトの冒険者ギルドで雇うことができる最高ランクだそうだ」
「さきほど申し上げた通り、わたくし、冒険者として登録したばかりですので、まだAランクやBランクに上がる時間がございませんでした」
私の答えを聞いて、なぜかアルフレッド・サルマーニュ伯爵は大爆笑。
「時間があれば君もきっとAランクまでいくのだろうな。それでは改めてEランク冒険者ルイーズを雇いたい。依頼内容は我が領までの護衛だ」
「領地ですの? 近くの街ではなく?」
「ああ、ルイーズは計画を知らないのだな。ここをずっと進んでいくと、我が領までいけるはずなのだ」
「伯爵様の所領に、ということでしょうか?」
「こんな状況で爵位などなんの価値もない。アルフレッドと呼ぶように」
「はい、アルフレッド様」
「うん。それで計画というのはだ、このマグラナカン峡谷のダンジョンは広大で、ヌーベルトの街に収まらず、それどころかレアット子爵領にすら収まらず、近隣の別の貴族領まで続いているのではないかとわたしは考えた。実は伯爵領の中に魔獣が吹き出してくるのを封じたと伝えられる遺跡があるのだ。遺跡だから、かなり古くて、魔獣が吹き出してきたという穴も埋まり、どんなふうに封じたのかも失われてしまっているのだが」
アルフレッド様の説によれば、その魔獣が吹き出してきたという穴がこのマグラナカン峡谷のダンジョンにつながっていて、実質的にダンジョンから現在は伯爵領とされている場所に魔獣が紛れ込んできた可能性が高いとのこと。
本来なら遺跡を掘ってみればいいのですが、父親が生きている間は「せっかく魔獣を封じてあるのだから、下手にさわるな」と許可がもらえず、自分の代になったからと、さっそく発掘しようと計画したところ領民から反対されたらしいのです。やはり魔獣を封じてあると伝えられているものの実際に現在は魔獣が出現してない土地で、わざわざ魔獣が吹き出してくるという穴を掘ろうとしたら、領民家臣がこぞって反対するだろうね。
藪蛇なんて言葉がありますけど、本当に魔獣が吹き出してきたらアルフレッド様はどうするつもりなのでしょう?
学者一族の伯爵家が強力な騎士団を抱えいるとも思えませんし。