2.2-08 ほたる?8
そして、僕らは、小川の淵までやって来ました。
より詳細に言うなら、田んぼと田んぼの間を流れる、葦だらけの小さな用水路。
その上に架かる橋の上です。
そこには――
「もしかして……いない?」
と口にするルシアちゃんの言葉通り、残念ながら光る物体は、1匹たりとも飛んでいませんでした。
まだ真っ暗ではないとはいえ、太陽が沈んでからかなり時間が経っているので、ホタルの1匹や2匹くらい飛んでいてもおかしくはないと思うのですが……。
「おかしいのう?まだ早すぎたかの?」
「んー、とりあえず、もう少し待ってみよっか?」
『そうですね』
「…………」こくこく
というわけで、しばらくその場で待つことになりました。
ホタルがまったくいない可能性も否定はできませんが……もしも、いなかったとしても、こうしてゆっくりと夜闇の風を楽しむというのも、悪くないと思います。
「……む?今、何か、光らんかったかの?」
『テレサ様?それ多分、飛蚊症です』
「……それ、妾が流れ星を見る時に言うセリフなのじゃ……」
『似たようなものじゃないですか?ホタルも、流れ星も』
よく考えてみると、これから秋にかけての季節は、夜に光り輝くものを眺めることが多いような気がします。
流れ星然り、ホタル然り……。
赤潮なんかも、夜になったら、青く光る夜光虫に変わりますし、花火も夏の風物詩です。
冬には何か光るものはあったでしょうか?
星くらいしか……思いつきませんね。
雪は光りませんし……。
どうして、光り物は夏に集中しているのでしょうか……不思議です。
そんなことを考えながら、橋の欄干から下を流れる川を眺めていると……。
おもむろにテレサ様がこんなことを口にします。
「しっかし、暑いのう……。リュックの中に、しっぽ冷却用のファンを仕込んでおるというのに、それでも暑いのじゃ……」
「それ多分、アメちゃんを抱えてるからだと思う……」
「ぜぇはぁぜぇはぁ……」
テレサ様に、ここまでずっと抱えられてきたためか、犬のように舌を出しながら、暑いアピールをしている狐の姿のアメさん。
ただでさえ毛皮を纏っているというのに、テレサ様に抱えられたとなっては、かなり暑かったようです。
「おっと、妾としたことが……」
「でも、離さないんだね?」
「いやの?普段のアメはあまり抱きつこうと思わぬが、狐の姿をしておると、どうしても……こう……手が離れなくなってしまうのじゃ。しかも、モフモフしておるのじゃぞ?モフモフと……。それにこの獣臭さ……!もう堪らんのじゃ!」くんくん
「えっ……アメちゃん、臭うの?」くんくん
『えっ……臭いんですか?』くんくん
「…………?」くんくん
そしてアメさんを中心にできる人だかり。
すると――
ボフンッ!
「や、やめよ!主ら!ワシは芳香剤ではないぞ!」フーッ
耐えきれなくなったのか、汗だくになったアメさんが、人の姿に戻って、3人から距離を取るように後ずさりはじめました。
それを見て――
「なーんじゃ……人の姿に戻ってしまったのじゃ……。面白くないのう……」
と、心底、残念そうな表情を見せるテレサ様。
この前までは、狐の姿になったアメさんのことを、すすんで抱っこしようとしなかったテレサ様ですが、今日は随分と積極的な様子です。
何か心境の変化でもあったのでしょうか?
そんな彼女に対し、アメさんはジト目を向けながら、抗議の言葉を口にします。
「これ、テレサ!毎日風呂に入っておるワシが獣臭いわけ無かろう!適当なことを抜かすでないわ!」
「ふむ。ならば、動かぬ証拠を見せてやるのじゃ?……ルシア嬢?主殿?ポテよ?アメは臭わんかったかの?」
「うっ……」
「…………」びくっ
『……感想は差し控えさせていただきます』
「ほれ?どうじゃ?この3人の反応。もしもお主が臭くないというのなら、3人ともこんな反応を見せるのではなかろうかの?」
「み、皆の者……?わ、ワシは、臭いのかの?」
「えっ……いや…………え、えっとね?テレサちゃんの機械油っぽい臭いより、ずっといい匂いだったよ?」
「…………」こくこく
『確かに……』
「えっ……わ、妾も毎日、風呂に入っておるゆえ、く、臭くないのじゃ?というか、ポテよ!お主、いつの間に、妾の臭いをかぎおったのじゃ?!」
『え?いつでしょうね?テレサ様の布団にいるダニを、分身たちと一緒に退治しているときでしょうか?』
「……もう、いいのじゃ……」げっそり
まさか自分に火の粉が飛んできて、燃え始めるとは思ってなかったのか、まるで燃え尽きたかのように真っ白になってしまった様子のテレサ様。
すると、アメさんが、テレサ様の事を――
ガシッ……
と捕まえて、彼女の獣耳と獣耳の間に顔を埋め、深呼吸をはじめました。
傍から見ると、なんか……すごい光景です。
「……ほう?お主、ワシのことを言えぬではないか?確かに、機械臭いのう……」
「わ、わ、妾の匂いは、多環芳香族炭化水素(機械油)の香りなのじゃ!というか、毎日洗い流しておるのに、何故取れぬ……」ぷるぷる
と、徐々に泣きそうな表情へと変わっていくテレサ様。
そんな彼女の事が見ていられなくなったのか、ルシアちゃんと主さんは、明後日の方向へと目を背け始めました。
まぁ、最初に臭いの事を言い始めたのはテレサ様ので、自業自得ですね。
と、そんな時でした。
「あっ!」
ルシアちゃんが、その視線の先に何かを見つけたらしく、河原の方向へと指をさします。
「何か光った!」
『飛蚊症……では無さそうですね』
「ぽ、ポテよ……。気のせいかも知れぬが、お主の妾に対する仕打ち、ずいぶんと冷たくないかの?」
『いえいえ、そんなことは……あっ、あそこにも居ますよ?』
だって、仕方ないではないですか。
本当に、ホタルが飛び始めたんですから……。
それから、1匹2匹と増えていって……。
気付くと、あたり一面に、光点が輝き始めました。
よく見ると、少し離れた場所に近所の人たちと思しき人影があって、皆さんもホタルを見に来ているようです。
もしかすると、毎年ここでホタルが飛ぶのを知っていて、今年も見に来たのかもしれませんね。
「……ところでテレサよ?」
「……何じゃ?正直、暑いゆえ……いい加減、妾の頭の上から離れてくれぬかの?特にその重い2つの肉塊……妾に対する当てつけかの?」
「うむ。さっきのお返しじゃ」
「はぁ……」げっそり
人知れず、闇の中で、アメ様に捕まるテレサ様。
まぁ、触らぬ神になんとやら、というやつですかね。
「で、お主、さっき、ワシのことをペット扱いして、『所有物』とか吐かしておらんかったかの?」
「あ、あれは、方便というやつなのじゃ。空気を読むのじゃ?」
「しかも、確か、ワシには選択肢が無い、とも言っておったの?」
「そ、それも方便なのじゃ……」ぷるぷる
「……まったく。じゃが……まぁ、正直言えば、嬉しかったぞ?」
「む!?お主、まさか、ペット扱いされることを……!」
「たわけ!」
「……冗談なのじゃ」
それからテレサ様は、目を細めると、そこにいたホタルを眺めながら、こう口にしました。
「……お主、妾たちの家族じゃろ?それを否定することに拒否権は認めぬのじゃ。だから、あの場で、ああ言ったのじゃ。所有権云々についても、魔法を行使する上で、翁の認識を書き換える必要があったゆえ、あのような言葉遣いになってしまったのじゃ。もしも気を害したなら、それについては謝罪するのじゃ?」
「家族、か……」
「何じゃ?嫌じゃったかの?」
「……いや、まさか、家族にならないか、などと、殿方ではなく、こんな娘に言われるとは思ってなくての……」
「……さて。まだ遅くないゆえ、翁のところに、主のことを返しに……」
「たわけ。翁のところになんぞ、戻りとうないわ」
「はぁ……」げっそり
そして再び深い溜め息を吐くテレサ様。
そんな彼女の頭の上に顎を乗せていたアメさんは――
「――――――」
テレサ様だけに聞こえる声で何かを口にしたようですが……。
距離が離れていたので、僕には聞こえませんでした。
ただ、そんな彼女に対してテレサ様が答えた言葉は、僕にもちゃんと聞こえましたけれどね。
「……何を言っておる?どう考えても姉妹じゃろ?」
……一体どんな話をしたのでしょうか。
僕にはよく分かりませんが、とりあえずアメさんは、主さんの家の中で、テレサ様やルシアちゃんの『姉妹』という位置に落ち着くことになったようでした。
ふぅ……。
こんなところでしょうか。
ほたる、ってタイトルがついている割に、ホタルっぽくなかった点が気がかりですが……まぁ、書こうと思っていたことは書けたので、良しとしましょう。
……僕の立ち位置がいまいち分かりませんけど。
さて。
そんなわけで、ホタルの話はこれでおしまいです。
次は……梅雨が開けて夏が来ます。
そして筆者は……まさかの僕です!




