2.2-06 ほたる?6
夕暮れ時の境内。
その中央部分に建てられていた、決して綺麗とは言えないボロ屋の中へと、僕たちはこっそりと足を進めました。
とは言っても、僕たちが入ったのは賽銭箱の裏までで……。
実際に部屋の中まで入って行ったのはアメさん1人だけですけれどね。
……あ、ボロ屋というのは失礼でしたね。
何と言っても、人々が崇める神の社。
その本体なのですから。
そんな本殿の中の様子を見て、アメさんが悲しげに口を開きます。
「……しばらく、居を開けておったから、前より随分と荒れてしまったような気がするのう……」
『そうですか?大きな神社ではない限り、どこも似たようなものだと思いますが?』
「そうは言っても、ここは我が家じゃ……。例え小さな変化とて、気になっても仕方あるまいて。まぁ、今は、主殿の家が、我が家になっておるがの?」
「…………」こくこく
『そういうものでしょうか……。ところで、アメさん。一つだけ言わせて下さい』
「む?何じゃ?」
『あの……誰に向かって話しかけてるんですか?』
「……?そら、もちろん、ポテじゃ?そうでなければ、こうして会話は成立せんじゃろ?」
『それはそうなのですけれど……アメさんが話しかけてる、その黒い昆虫。僕じゃなくて、本物のGですよ?』
「…………?!」
その瞬間、懐から赤いキャップが目印の殺虫スプレーを取り出して――
ガシュー!!
と、黒光りする昆虫に向かって、噴射するアメさん。
その様子を見る限り、彼女は余程、虫が嫌いのようです。
本当に今まで、ここで住んでいたのでしょうか?
というか、わざわざここまで殺虫剤を持ってきたことにも驚きです。
「くっ!あやつめ、逃げおったわ!」
『あの、アメさん?』
「む?何じゃ?要件ならさっさと申すが良い!今、ワシは戦の最中ゆえ、忙しいんじゃ!」
『ハッキリ言って、無駄だと思いますよ?Gだけでなくて、ムカデやゲジゲジ、ダンゴムシもたくさんいますし、隅っこの方には蜘蛛が巣食っているようです。この分だと、物の影などに、アシダカ(大型の蜘蛛)が隠れている可能性も否定できませんが……まさかアレと殺虫剤で戦うつもりですか?……止めておいたほうが良いと思いますよ?逆に飛びかかってくることもありますし……』
「ぐふっ……!わ、我が家も……ここまでか…………!」がくっ
『いや……ここまでも何も、とっくの前に終わってた思いますけれどね……』
殺虫剤を手にしたまま、床に崩れ落ちるアメさん。
もしも彼女の言うような『戦』が本当に展開されていたとすれば、開始3分ほどで、アメさんは負けたことになりそうです。
一方。
僕とアメさんと主さんが、そんなやり取り(?)を交わしていたその横で、ルシアちゃんとテレサ様、それに主さんが、遠巻きに部屋の中の様子を眺めながら、なにやら会話をしていたようです。
「……ボロ屋なのじゃ」
「……テレサちゃん。神社に向かってそんなこと言ったら、罰当たりだと思うよ?」
「…………」こくこく
「ふむ……。ワルツ以外の神を信じておらぬ妾にも……やはりバチは当たるかのう?」
「いや、お姉ちゃん、神様じゃないし……。神様みたいだけど……」
「…………」こくこく
と、アメさんの住居(?)に向かって、そんな感想を口にするテレサ様方。
ルシアちゃんと主さんも、直接、言葉に出してはいなかったようですが、その口ぶり(?)から推測するに、彼女たちもこの社を、オンボロな建物だと捉えていたようです。
……え?そんなことを考えている僕も罰当たりですか?
流石に、人間どころか、生き物ですらない上、この世界の出身ではない僕には関係の無い話でしょう。
まさかそんな、本物の神様なんて、そうそういるわけが…………とあまり軽視しすぎるとフラグになるので止めておきましょう。
まぁ、それはそうと。
『ところでアメさん?アメさんは、ここへ何をしに来たのですか?まさか、僕たちの事を古い住処に案内するためだけに来たわけではないですよね?』
床に崩れ落ちているアメさんのことが、なんとなく可愛そうになってきたので、彼女の気を、部屋に蔓延る虫たちから、別のものへと逸してみました。
するとアメさんは、ハッとしたような表情を浮かべると、勢い良く立ち上がってこう口にします。
「そうじゃ。虫どものせいで、すっかり忘れる所じゃった!」
そう言って彼女は、部屋の中にある箪笥(?)をおもむろに開けて、何を探り始めました。
「えーと?褌と晒《さら》しはこの辺にあったような……」
『……まだ下着にそんな古風なものを使っていたのですか?』
「これ!男児が、婦女に対して、そういうことを容易に口にするでない!」
『あの……僕、男児じゃ…………いえ、なんでもないです……』
マイクロマシンたる僕のジェンダーの話をすると、すごくややこしいことになるので止めておきましょう。
まぁ、姉のエネルギアは、間違いなく、女性ですけれどね。
それからアメさんは、褌の他に、幾つか書類のようなものをそこから取り出すと、それらをすべて袖の下に仕舞い込み……。
そして、満足げな表情を浮かべながらこちらを振り返りました。
どうやら彼女の用事が済んだようです。
『もういいのですか?』
「うむ!長い付き合いじゃったが、これでここともおさらばじゃ。未練は無い」
『未練、ですか……。そういえば、この雰囲気……ここって何か住んでそうですよね?地縛霊っていいましたっけ?』
「これ!ポテよ!不穏なことを口にするでない!変なものが寄ってきたらどうするつもりじゃ?」
『あの……いるんですか?地縛霊……』
「ここにはおら…………っ!」
『……な、なんですか?その反応……』
不意に何もない場所へと視線を向けて、そして尻尾を膨らませるアメさん。
最初は僕たちの事を驚かせるために冗談でやっているのかと思っていたのですが……。
そういうわけではなかったようです。
「奴が来るぞよ……!」ぼふん
『えっ?奴?……って、何やってるんですか?アメさん……』
「……きゅん?」
アメさんが何を考えてるのかは知りませんが、彼女は急に狐の姿に変身してしまいました。
こうしてじっくり見ると……アメさんの変身、ホンドギツネじゃなくて、キタキツネかアカギツネなんですね……。
――と、そんな時です。
「…………」ゆらりぃ
本殿に少し入り込んだ部分に設置されていた賽銭箱のある部屋の外に、白裝束に近い格好をした人物が、音もなく現れました。
周囲の程よい暗さと、立ち込める湿った空気の感触が、なんとも言い難い雰囲気を作り出していて……まるでその人を幽r
「お、翁が現れたのじゃ……」ガクガク
……え?
そこは幽霊なんじゃないですか?テレサ様……。
「え?おきなさん?」
「アメの言っておった『爺』なのじゃ……。妾は此奴が苦手なのじゃ……」
そう言って、和服とパーカーを足して2で割ったような服装をしていたテレサ様は、背中からフードを引っ張ると、それをギュッと頭の上に引っ張って、獣耳を隠してしまいました。
とは言っても、フード自体に獣耳が入るポケットのような部分が作られているので、あまり意味は無いんですけれどね。
まぁ、それはさておいて……。
未だ幽霊のような希薄な気配を漂わせていた翁さんは――
「…………」ずずずず
と、ゆっくり、僕たちの方を振り向くと――
「…………?!」ずさっ!
目を見開いた途端、何故が土下座を始めてしまいました。
例えるなら――まるでそこに、頭の上がらない存在を見たかのように。
何かすみません……。
テレサ様がラップトップPCを手放さなかったので、今日までアップロードできませんでした……。
本当は先々週の段階で3話をアップロードして、次の人にバトンタッチするつもりだったのですが……なかなか思い通りにはならないですね……。
そんなわけで、僕の華麗な活躍は……次回へと先延ばしになってしまいました。
一応、話の展開は既に考えてあるのですが、次、テレサ様がPCを開放してくれるのはいつになることやら……。
まぁ、人のせいにしないで、頭の中で粛々と文を書き上げて行こうと思います。




