1-21 ひなまつり?6
「ふぅ……。今日もお風呂が気持ちよかったのじゃ」
私たちが居間に戻ってきてからまもなくして、お風呂の中へと転移させられたテレサちゃんが脱衣所から出てきました。
もう完全に強制転移に慣れちゃってるみたいです。
「おかえりー」
「ふむ。では、次はワシが風呂に入らせてもらおうとするかのう」
テレサちゃんが出てきたのと交代でお風呂に向かったアメちゃん。
最近ではすんなりオフロに入ってくれていますけど、この家に来た当初は大変だったんですよ。
なかなか遠慮して入ってくれなくて……。
というか、毎日お風呂に入るということがこれまで無かったみたいです。
一体、何日に一回、入っていたのかは教えてくれませんでしたけど、あの雰囲気からすると、2日や3日じゃない気がします……。
ただ、それにしては、出会った当初、ちゃんと身だしなみが整っていたのが不思議です。
お風呂に入る以外に、何か身体を洗う方法でも合ったのでしょうか。
例えば、洗浄魔法みたいな……?
「嬢よ?どうしたのじゃ?何か考えこんだ様子じゃが……」
「え?ううん。なんでもない。ただね、アメちゃん綺麗だなぁーって思ってただけ」
「……ふむ」
私のそんな言葉を聞いてから、アメちゃんが下着とパジャマを持って脱衣所に向かう姿を目で追うテレサちゃん。
その眼から何となく恨めしそうな視線を放たれているような気がするのは……気のせいでしょうか。
「さてと……今何時じゃ?」
「20:50くらい?」
「うむ。良い時間じゃのう」
そして私が座っていた食卓の向かい側に座って、りんごのマークの書いたノートPCを広げると、執筆を始めるテレサちゃん。
今日は一体、どの辺の話を書いているんでしょうか……。
というわけで、アメちゃんがお風呂から上がって、その後で私が入った後。
時間は23:55。
キーボードが壊れるんじゃないか、と思わせるような勢いで、執筆(?)のラストスパートに入っているテレサちゃんを横目に見ながら、私はお風呂あがりのフルーツ牛乳を口にしていました。
……あ、因みに主さんは寝ぐせが気になるみたいで、夜にお風呂に入ることはありません。
朝風呂派ですよ?
まぁ、それはさておきです。
それからすぐに、
「ふわーっ!終わったのじゃぁ!」
テレサちゃんの中で何かが終わったようでした。
「……テレサちゃんの人生が?」
「……カタリナ殿の記憶が、なのじゃ」
「あぁ……ビクセンの教会での出来事の話ね」
「ぐぬぬ……何故、手を繋ぐ相手が妾では無いのじゃ……」
……いいだけあとがきで不平不満を口にしているはずなのに、それ以外の場所でも不満を口にしているテレサちゃん……。
もう、私から言えることは何もありません……。
「さてと、明日は早いから寝るかのう」
「そうだね。アメちゃんなんて、もう寝ちゃったよ?」
「……はぁ……」
私のそんな言葉に、溜息を吐きながら嫌そうな表情を浮かべるテレサちゃん。
それは……理由がありました。
「……狐の姿で布団を温めてくれることについては妾は何も言わぬ。じゃがのう……何故毎朝、眼を覚ますと、素っ裸で妾に抱きついておるのじゃ!」
「それは……やっぱり、テレサちゃんのことが好きなんじゃない?私が自分の部屋に連れていこうとしても、泣きながら嫌がってたし……」
……なんかアメちゃん、この家に来た次の日に私が寝ぼけて吹き飛ばしてしまったことを未だに根に持っているらしく、私と一緒には寝てくれません。
一応、謝ったんですけどね……。
「……毎朝暑苦しいのじゃ。今の季節は良いかも知れぬが、夏になったなら……」
「多分、その時は、アメちゃんにとっても暑いはずだから、くっつかないと思うけどね……」
「妾としてはもう暑いんじゃがのう……」
と、私と違って、冷え性ではないテレサちゃん。
だから、くっついて寝ると、温かくて気持ちいいんですよね……。
多分、アメちゃんがくっついて寝てるのも、それが原因なのではないでしょうか。
「……うん決めた!」
というわけで、私は2つの理由から、あることを決めました。
「ん?どうしたのじゃ?急に……」
「今日はテレサちゃんと一緒に寝ることにする!」
「……は?」
私のその一言に、本編のあとがきを追記していたテレサちゃんが、ピタッ、と固まります。
「えっ……ダメ?」
「ダメって…………いや、別に悪いとは言わぬがのう……。夜の内に布団の中に忍び込んで、朝起きるといつの間にか隣りにいた、とか、心臓に悪いことにならなければとやかく言わぬのじゃ」
そんなテレサちゃんの言葉に、私はちょっとだけ焦りました。
もしかして、『計画』がバレてしまったんじゃないかと……。
……でも、そういうわけでは無いみたいでした。
だって、テレサちゃん、お風呂から上がって、まだ一度も自分の部屋には戻ってないんですから。
「じゃぁ、一緒に寝よう?」
「全く……。困ったものじゃのう。ルシア嬢には」
そう言って投稿ボタンを押してから、ノートPCの画面を閉じたテレサちゃん。
というわけで、私はそんなタイミングを見計らって立ち上がると、テレサちゃんの手を掴んで、居間の電気を消して……そして、サプライズの準備を整えたテレサちゃんの部屋に向かったんです。
「…………」
……そして固まるテレサちゃん。
ここまで計画通りですね。
それからテレサちゃんは、しげしげとひな壇を眺め始めると……最上部に乗った自分のお人形と、お姉ちゃんをモデルにしたお殿様の人形を見て……どういうわけかプルプルと震え始めました。
「……こ、これは……結婚式……?」
「うーん、多分違うんじゃないかなぁ……」
ネットで調べる限り、元の意味は結婚式というわけではないようでした。
……見た目は結婚式そのものですけどね。
「この国では、ひな壇って言って、女の子が健やかに成長していきますように、っていう意味で飾るみたいだよ?」
「ふむ……成長……」
……テレサちゃん。
そう言いながら、胸を押さえるのやめよ?
女の子のための飾りって言っても、多分そういうことを願うお祭りじゃないと思うから……。
それに多分…………ううん、なんでもない。
「ふぁぁっ……眠い……」
ベッドの方を見たら狐の姿のアメちゃんが丸くなって寝ている姿が眼に入ってきて……その姿を眺めていたら、急に眠気が襲ってきました。
「うむ。そうじゃのう。寝るとするか。……じゃがその前に」
テレサちゃんはそう言うと、私の方を振り向いて言いました。
「……ありがとうなのじゃ。ルシア嬢」
「どういたしまして!」
こうして私の計画の半分は成功裏に終わったんです。
あとは……次の日ですね。
さぁ、アメちゃんに抱きついて眠ろうっと。
……テレサちゃんと一緒に寝ないと、アメちゃんに抱きつけないのは少し悲しいですけど、多分これが結果オーライというものなんでしょうね。
……で、次の日の朝。
「うーーーん!」
私は、待ちに待った感覚を身体に感じながら、眼を覚ましました。
「……うん。計画通り」
『…………』
私がそう呟いた時には、既に眼を覚ましていた様子のアメちゃんとテレサちゃん。
いつもならテレサちゃんに対して、アメちゃんが抱きついているはずですけど……今日は抱きついていませんでした。
いいえ、こう言うべきでしょうか。
抱きつけなかった、って。
「……嬢よ。何なのじゃこれは……」
アメちゃんに妨害されずに寝られたはずのテレサちゃん。
でも何か、気に食わなそうな表情を浮かべているのはどうしてなんでしょうか。
「え?お人形さん?」
「いや、それはそうなんじゃが……」
自分に取り付く10体のお人形さんに、テレサちゃんは顔を青くしているようでした。
「えっとねぇ。なんかテレサちゃん、いつもアメちゃんに抱きつかれて起きるのが嫌って言ってたから、テレサちゃんのためのボディーガードを作ってみたの」
そう。
私とシラヌイちゃんで作った雛人形は、実は雛人形ではなくて、毎朝テレサちゃんに無意識の内に抱きついてしまうアメちゃんと、抱きつかれるテレサちゃんを引き離すためのお人形だったのです。
では、抱きついているはずのアメちゃんはどこにいるかというと……
ギュッ……
……私の腕の中ですよ?
ただ……狐の姿ではないのが気に食わないですけど、匂いは一緒なので良しとしましょう。
「…………どうしてこうなったんじゃろう……」
「…………分からぬ……」
「それじゃぁ、おやすみなさい」
……こうして私は、アメちゃんのいい匂いのする髪に顔を埋めながら、2度目の睡眠に突入したのでした……。
計画通り……。
まさにそんな感じです。
本当は狐の姿のモフモフなアメちゃんに抱きつきたかったんですけど、布団越しなら人の姿でも狐の姿でも変わらないので、良しとしました。
それにしてもアメちゃん……。
冬なのに、裸で布団の外にいて……寒くないんでしょうか……?




