1-22 かりゅうどのあさ?1
この地方では、冬に雪が降らない……。
とは言え、全く降らないというわけでもなく、時折、山間部から漏れ出るようにして流れてきた雪雲が、たまに思い出したようにパラパラと降らせるくらいだ。
そんな天候だから、山を歩く私の足が雪に取られて埋まる、などということはない。
そもそも全く雪が積もってないんだからな。
一度は、私の身長よりも雪が積もった雪山とやらで狩りをしてみたいと思うが……その願いは暫く叶いそうになさそうだ。
もしかすると、私が住んでいる家の向かいに住むテレサたちの家主に頼めば、車を出して、雪の積もっている山まで連れて行ってくれるかもしれない。
だが、いつも世話になっているばかりの私が、彼女にお願いごとをするというのも……ちょっと気が引けるんだよ……。
……仕方ない。
暫くは少しずつ、彼女に対する点数を稼いで、いつか連れて行ってもらうことにしよう。
……でも、今年の冬は無理そうだな。
さて。
最近は随分朝が早くなってきたとはいえ、6時近くにならないと明るくならない空の下を……今、私たちは闇に紛れるようにして、木々の間を進んでいる。
私の隣には他に2人いて、彼女たちと共に早朝の狩り……もとい、朝のハイキングを楽しんでいるというわけだ。
本当は狩りがしたいんだが、この国……山の中に、ほとんど動物がいないんだよなぁ……。
でも、そうだとしても、身体を動かさないと感覚が鈍ってしまうから、こうして毎朝、山に来てるんだ。
「も、もうダメじゃ……。脇腹が痛いのじゃ……」
と、ひぃひぃ言いながら、音を上げているのは、見た目が子どもにしか見えない狐娘のテレサだ。
私がいた国の政府のトップで、中々にやり手の政治家(コルテックスの方か?)のはずなんだが……今は見ての通り、運動不足な少女をやっている。
いい加減運動しないと太る、って言うから、朝の散歩に連れてきたんだ。
……ちなみにこれも、向かいの家主に対する点数アップのための策の一つだと受け取ってもらっても、一向に構わないぞ?
それで……彼女とは私を挟んで反対側。
私の左手には、最近、向かいの家に越してきた新入りの狐娘(?)がいる。
アメ……という何とも変わった名前の獣人で、こっちの世界に来てから知り合った女性だ。
その身体つきを見る限りは……武の道にいる者、というわけでは無さそうだな。
とはいえ、テレサみたいに、運動不足気味の狐というわけでも無く……実際、私の動きに付いてこられているようなので、もしかすると、私みたいに狩りを営んでいた者なのかもしれない。
「……いい身体の動きだ」
おっと。
つい、騎士団の部下に話しかけるような口調で話してしまった。
最近は奴らと訓練することがないから、こんな風に褒める機会も無くなってしまったんだよなぁ……。
「ふむ。お主も、まるで普通の人間とは思えぬ鋭い動きをしておる……。世の中には未だ、お主のような武者もおったのじゃな」
「武者……武者か……。今では、単なる猫でしかないよ」
そう言ってから……私は急に立ち止まった。
理由は2つだ。
まずは、テレサが付いてこれていなかったこと。
……あいつ、運動不足過ぎだろ。
まぁ、元姫に対してそんなことを言っちゃいけないのかもしれないが、私だって貴族の娘だ。
立場は似たようなものだと思うんだけどな……。
まぁ、それはいい。
問題は、だ。
「…………獲物だ」
……そう。
私たちのいる位置から200mほど離れた木々の向こう側に、ボアが見えたんだ。
もしもこれが子連れのボアなら、そのまま見なかったことにしたかもしれないが、相手は1頭。
まさに狩って下さいと言ってるようなものだな。
だから私は……ワルツが作ってくれた愛用のダガーを、久しぶりに魔法のバッグの中から取り出したんだ。
別に、ダガーが無くても、獲物の息の根を止めることは出来るんだが……この世界では闇雲に魔法は使うものではないと言われているし、せっかく得物を持っているのに使わないというのは可哀想だからな。
それにこの得物……いや、その話は今はいいか。
慣れ親しんだ、全長50cmのダガー。
この相棒を使うのはいつぶりだろうか……。
……まぁ、いいさ。
その記録は今日でリセットだ。
「…………お主……本当に人間か?」
ボアを難なく狩って、木に吊るし、血抜きをしていると、私はアメに問いかけられた。
その視線は驚き……というよりは、その言葉通り、私のことを本当に人間かどうか疑っている様子だ。
200m離れた獲物に悟られず近づいて狩るなんて、ワルツやルシアなら簡単にできることだと思うんだが……そんなに変なことだっただろうか……。
それとも、私の影が……やっぱり、薄いのかなぁ……。
「あぁ……人間だよ……。ちょっと影の薄い人間さ……」ずーん
私がそんな青い雰囲気を纏っていると、アメがどこか慌てた様子で口を開いた。
「あ、いや……そう言う意味で言ったのではない。テレサにしても、ルシアにしても、一般的な人間とは異なる業を持っておるからのう。主らの知り合いは、皆、人間離れをしておると思って問いかけたのじゃ」
「あぁ、そういうことか。私たちは紛れも無く人間だ。ちょっと、長い間、戦いの中に身をおいていた人間さ。……そうか。ということは、私の影は薄くないんだな……」
「……」
……なんだろう?
どうしてそこで黙りこむんだ?
と、私が再びブルーな雰囲気を出そうとしていると……
「ふぅ……ふぅ……も、もうダメじゃ……。脇腹だけでのうて、足腰がプルプルと震えてきたのじゃ……。このままじゃと、プルプルな狐になってしまうのじゃ……」
……よく分からない事を言いながら、ようやくテレサが追いついてきた。
「テレサ……。お前、ホント、運動不足過ぎないか?」
「よ、よいのじゃ。妾はいんどあ派じゃからのう……」
「……の割に、オンセニストを自称してるみたいだけどな……」
「時と場合によるのじゃ!っ……は、腹が痛いのじゃ……」
「全く困ったやつだ……」
それから私は、ビニールとか言う大きな袋に狩ったばかりのボアを小分けにして入れて、魔法のバッグの中にダガーと一緒に詰め込むと……
「ほら、乗れ」
テレサに背中を貸すことにしたんだ。
騎士として身に着けていた甲冑の重さから比べれば、テレサの重さなんて大したことは無いからな。
だが、な……
「け、結構なのじゃ!痛いには痛いが、これしきの痛み、成長痛じゃと思えば、大したことないのじゃ。お気遣いだけありがたく貰っておくのじゃ」
とか言って、もう限界が来てるはずなのに、飽くまでも自身の足で歩こうとするんだよ……。
無駄なところで、プライドを出してるって感じだな。
こっから家まで、相当な距離があるのに、本当に歩けるのか?
と、私がそんな疑問を浮かべていると……
「……全く、主は困ったやつじゃのう……」
私と同じことを考えたのか、アメがそう言ってテレサの腕を掴んで……
グイッ……
「ふがっ?!」
ぽすっ……
と、背負ったんだ。
ちょうど、私が獲物の入ったバッグを背中に背負うのと同じような仕草、といえば分かるだろうか。
「ほれ、童は童らしく背負われるがよい」
「ぬあ?!お、お主!また妾を子供扱いしおったな?!」
テレサはそう言って抗議するが……暴れずに、アメにされるがままになっている姿を見る限り、やっぱり限界だったんだろうな……。
ともあれ。
こうして私たちは……いや、主に私は、バッグの中に久しぶりに狩った獲物の重さを感じながら、満足げに山を下るために歩き始めたんだ。
というわけで。
ここでまさかの私の登場だ。
何度か本編のあとがきに割り込ませてもらったことはあったが、こうしてまともに文を書くのは初めてのことだな。
普段はテレサやルシアたちの文を見てるだけだが……こうして実際に書いてみると、自分の言葉をどうやって表現していいのか分からなくて、けっこう大変だということが分かったよ。
だから、拙い文になるかもしれないが…………とりあえずは、練習を兼ねて、一区切り着くまで書いてみようと思う。
テレサやルシアみたいに次々と文が書ければいいんだが、おそらくはそこまですんなりと書くことは出来ないだろうから、更新が滞り気味なるかもしれないけれど、その点については眼をつぶっていただけると幸いだ。
というわけで、これから数話の間、私、狩人にお付き合いいただけないだろうか。




