1-17 ひなまつり?2
さて。
今、私の目の前には、大小様々な歯車が置かれています。
……実はこれ、オリハルコン製です。
正確には、ステンレスの中に微量のオリハルコンが含まれた合金ですね。
オリハルコンという金属は、魔力を溜める特徴があるんですが、溜めた魔力の種類によって、実は色々性質が変わるんです。
例えば、ユキちゃんが使うような氷魔法だった場合は、魔法が当たってから長い時間、冷たい状態が続きます。
あるいは雷魔法だった場合、電気は帯びませんが、代わりに磁石として使うことができるんです。
なので、私が火魔法を使ってオリハルコンを精錬すると、他の金属よりも長い間、温かい状態が続いていたりします。
お姉ちゃんの真似をして重力制御魔法を使うと……大変なことになるんですよ?
……蛇足ですけどね。
それで。
この歯車と魔法を組み合わせて、計算したタイミングで回すと、テレサちゃんや主さんがコンピュータを使って作ってる『プログラム』と似たようなことが事ができます。
具体的には、歯車の歯に込められた魔力が、他の歯とぶつかった時に、お互いの魔力が合わさって別の効果を生じさせる、といった感じです。
他にも、全く魔力の込められていない歯車を使えば、単に魔力を運ぶだけ、という働きをさせることも可能です。
コルちゃん曰く、
『電気よりもずっと使い勝手の良い高性能な計算機を作れそうですね〜』
って言ってました。
……よく分かんないですけど、計算機って、あの数の計算をするための機械のこと……ですよね?
一体、コルちゃん、どんな電卓を作ろうとしてるんでしょうか。
もしかして、表示する時間を可能な限り早くしたいんでしょうか?
普通、一瞬だと思うんですけど、それでも遅いなんて……。
流石は、テレサちゃんの代わりに、国を動かしているだけのことはありますね。
……それはさておき、です。
この歯車を使って、雛人形を作ろうと思うんです。
もちろん、動くやつを、ですよ?
火魔法と雷魔法を使った歯車をうまく組み合わせれば、磁石の効果が消えたり消えなかったりするので、お姉ちゃんが前に教えてくれたようなモーターという機械を作れることは分かっています。
でも、どうやってそれを使って、人形の身体を動かせばいいんでしょうか……。
「んー、むずかしいなぁ……」
そう言いながら、私が2つの小さな歯車を弄んでいると……
「むぅ……頭痛が痛いのじゃ……」
……もう一人(二人?)のテレサちゃん……もとい、アメちゃんが起きてきました。
見た目はぜんぜん違うんですけど、話し方がすごく似てるんですよね……。
なんか、お母さんと娘って感じです。
「おはよう、アメちゃん」
「うむ。おはようルシア嬢。いや、ルシアと呼ぶべきじゃろうか?」
「うん。ルシアって呼んで?……ねぇ、アメちゃん。なんか辛そうだけど……大丈夫?」
耳と尻尾を、だらーん、としながら、頭を抑えて居間にやってきたアメちゃんに対して、私は問いかけました。
「むー。何と言えば良いのじゃろうかのう……。鼻の中が乾燥した結果、頭が痛くなっておるというか……。社は寒かった代わりに、乾燥はしておらんかったからのう。まぁ、贅沢は言えぬか……」
「んー……確かに、主さんの家って、冬になると相当乾燥するからね。テレサちゃんなんか、目を開けながら寝るから、朝は目が乾燥して辛いみたいだよ。口癖みたいに、『カサカサな狐になるのじゃ!』とか言ってるくらいだし……」
「あぁ……。深夜になっても、真っ暗な部屋の中で、ずっと薄っすら目を開けておったのは、それが理由なのじゃな?」
「一見すると、不気味なんだけど……気にしないでね?」
ビクーッ?!
……なんか、テレサちゃんの3本の尻尾が、全部竹箒みたいに急に膨らんだんだけど……何かあったのかなぁ?
「ふむ。それはない。同居人、それも先輩たる主たちのことを、ワシが不気味などと思うことは無いのじゃ。安心せい。……ところでじゃ」
そう言ってアメちゃんは、机の上に広がっている歯車と人形の部品に目を向けて、どこかしげしげといった様子で観察を始めました。
「……これが何か知りたいの?」
「うむ」
私の言葉に頷くアメちゃん。
どうやら、私の作業の内容に興味があるみたいです。
なので私は、作業の内容について説明をしようとしました。
ですがその前に……
「もしかして、お主……からくり人形を作ろうとしておるのか?」
アメちゃんは、徐ろにそんなことを口にしたんです。
「からくり……人形?」
「からくり人形というのは……そうじゃのう。簡単に説明するなら、時計の部品を人形に入れて動くようにしたもの、といったところかのう。前に、社に奉納されておったものを見学させてもらったことがあるのじゃ」
「時計を人形の中に入れる……」
「ルシアよ。時計ではないぞ?時計の『部品』じゃ。ゼンマイ、歯車、雁木車、振り子……。色々種類はあるが、本来なら時計のために作られた部品を流用して、人形の身体が動くように組み合わせる……。そうして出来上がったのが、からくり人形じゃの」
「ふーん。じゃぁ、今度、ネットで検索してみるね」
……向こう側の世界で言う、ゴーレムのようなものでしょうか。
と、私がそんな疑問を浮かべていると……
「……熱湯?」
……アメちゃんが何かと勘違いしたのか、急にそんな言葉を口にしました。
熱湯、ねっとう……ネット……
「あぁ。ネットが分からなかったの?」
「うむ。参拝客たちが、熱湯の話をしておるのはよく聞いておったのじゃが…………もしかして、世間では、お湯が特別な方法で利用される文化でも流行っておるのか?昨日の温泉の湯みたいに……」
「……うん。アメちゃん?私が言ってるのは、お湯のことじゃなくて、そこにあるコンピュータという機械を使って見ることの出来る情報のことだよ?どんな原理かは知らないけど、世界中の情報を集められるんだって」
「世界中……とな?」
私の言葉に対して、そんな疑問を口にするアメちゃん。
私だって、この世界がどのくらい広くて、どのくらいの人々が住んでいて、どのくらいの情報に溢れているのかは分からないけれど……乗り物にすら乗ったことのなかったアメちゃんにとって、その『世界中』という言葉の意味は、きっと、私たちが考えているものとは全然違う形をしているのだと思います。
だから、言葉で説明するのではなくて……
「じゃぁ、後で、コンピュータの使い方を教えてあげるね?」
……実際に体験してもらうことにしました。
お姉ちゃんもよくそうしてくれたけど、実体験が一番分かりやすいですからね。
「うむ。お願い申す。しかし……こんぷーたか。テレビは知っておるのじゃが、いつの間にそんな未知なる技術が生まれておったのじゃろうかのう……」
「コンピュータ……ぴゅー、だよ?アメちゃん……」
アメちゃんとそんなやり取りをしていると、何故かテレサちゃんが、冷蔵庫の影に隠れて、蓋にリンゴのマークの書いたラップトップを抱きしめながら、私たちに涙目を向けていました。
別に、テレサちゃんのラップトップを触るつもりはないのに……。
もしかして……昨日、アメちゃんがスプリンクラーを動かしたことを根に持ってるんでしょうか?
……でもテレサちゃん
そのパソコン……防水型だよ?
アメちゃん、ネットデビューまで……もう間もなく?
その前に、雛人形をどうにかしなくちゃならないんだけど、明日だよね……ひな祭り。
でも、からくり人形のことをネットで検索しなきゃならないし、その際、アメちゃんも一緒に見てくるだろうし……。
……うん。
とりあえず1話だけ、アメちゃんネットデビューの話を書こうかなぁ?




