1-15 おんせん?7
……いやー、重かったのじゃ……。
アメのやつを浴槽から救い出すとき、妾の足と腕と腰がプルプルと震えてしまうほどだったのじゃ。
全く。
少しは妾の体型を見習うが良い!
その尻と胸に付いた駄肉を削るが良いのじゃ!
……え?妾が運動不足?
知らぬ!
「……どうしたのテレサちゃん?険しい表情を浮かべて仁王立ちなんかして……」
ルシア嬢の回復魔法を受けて意識を取り戻したアメが、平謝りを繰り返しておるところを無理やりインタラプトして、共に身体を拭いて着替えた後の話なのじゃ。
尻尾と獣耳を、背中のリュックとツインとんがりニット帽の中に隠した妾たちは、番台前にある自販機の所までやってきたのじゃ。
そこで、嬢にかけられた言葉がそれじゃった。
「それはもちろん、これからする儀式のための準備なのじゃ」
腰に手を当てながら仁王立ちをする……。
そして目の前にあるのは乳製品が売っておる自販機。
これだけ条件が揃っておったら、もうあれしか無いじゃろ?
……別に、お腹の肉が気になって押さえていたとか、そんな深い意味はなんじゃからね?
「……もしかしてお主たち、わざわざ妾たちを待っておったのか?」
先に風呂から出たというのに、飲み物を飲んでおった形跡のない3人の姿を見て、妾は問いかけたのじゃ。
「うん。テレサちゃんがお金持ってるわけだしね」
「う、うむ……」
嬢のやつ……ちゃんと覚えておったのじゃ。
うぅ……妾の大富豪計画は永遠に叶いそうにないのじゃ……。
チャリン……
ピッ
ウィーン……
ガコン
というのを4人分繰り返したところで……
「アメよ。お主に何か好みの飲み物はあるかのう?」
妾はやつにそう問いかけたのじゃ。
「そうじゃのう……うむ。皆、同じものを買っておるようじゃから、せっかくじゃからワシも同じものを頼むとするかの?」
「うむ。分かったのじゃ」
チャリン……
ピッ
ウィーン……
ガコン
「どうぞ、なのじゃ」
「うむ。すまぬ」
胸にトラのキャラクターが書かれたトレーナーを身に付けたアメに、妾は……フルーツ牛乳を渡したのじゃ。
やはり、温泉から上がった後は、フルーツ牛乳に限るじゃろ?
ユリアとシルビアはコシー牛乳が好きらしいのじゃが……あの苦い飲み物のどこが美味いというのか、妾には分からぬのじゃ!
……たまに買うがの。
ちなみに。
アメの着ておるトレーナーは、狩人殿から借りたものなのじゃ。
というか、狩人殿が着ておる服には、大体ネコ科の……それも強そうな種類の動物のキャラクターが描かれておるのじゃ。
ライオン、トラ、ヒョウ、ジャガー、チーター……。
……流石は、猫の獣人の騎士団長。
じゃが本人の見た目は……どう見ても家猫なのじゃ……。
「……ん?なんかあったのか?」
「いや、なんでもないのじゃ」
背中に向けた視線だけで気づいたようなのじゃ。
流石じゃのう。
まぁ、脳内で考えるだけで反応するルシア嬢ほどではないがのう……。
……あ、嬢?
分かっておるとは思うが褒めておるんじゃからな?
ふぅ……やれやれなのじゃ……。
ビリビリ
シャクシャク
カパッ
……ここまで3秒。
一体何の音か分かるかのう?
……フルーツ牛乳の蓋を覆っていたビニールを破って、瓶を振って撹拌してから、蓋を剥がすまでの行程の音なのじゃ。
オンセニストなら誰でもできる早業なのじゃ。
主殿なんか、0.2秒も掛かっておらんのじゃなかろうか……。
……ただし、蓋は紙製ではなく、プラスチック製じゃがの。
「……これ、どうやって開けるのじゃ?」
ふっ……アメのやつ、手こずっておるわ。
この分じゃと30秒は掛かりそうじゃのう。
おそらく、瓶を振ることを忘れて、瓶の底に白い牛乳の後が残るに違いないのじゃ。
……ここは、オンセニストの先輩として手本を見せるかのう……。
「どれ、妾が代わりにあk」
ビリビリ
シャクシャク
カパッ
「うむ。破く場所が見つからなかったから手こずってしもうたが、どうってことはないのう」
「……」
ビニールを剥がし始めてから2.66秒……。
妾より早かったのじゃ……。
銭湯で鍛えておったのじゃな……。
まさかこれが……『能ある狐は尾を隠す』というやつじゃろうか……。
「ん?どうしたのじゃ、テレサよ?変な体勢で固まって……」
「いや、なんでもないのじゃ……」
ごくごくごく……
「ぷはぁ……」
うむ。
この喉ごし、最高なのじゃ!
味わって飲んでもよいのじゃが…………まぁそれは、その時の気分によるのじゃ。
ちなみにじゃ。
瓶を斜め45度に傾けるという作法もあるらしいのじゃが……妾はやらぬのじゃ。
体格の大きな者なら良いかも知れぬが、妾たちがやると、頬と瓶の隙間から漏れだしてしまうからのう。
それに、姿勢に気を取られてしまって、味と喉ごしを味わえんしのう。
じゃから、こればっかりは、特例、としてやっておらぬのじゃ。
まぁそれはさておきなのじゃ。
今度はアメが飲もうとしておったのじゃ。
やつも妾と同じように腰に手を当てながらフルーツ牛乳を一気飲みして……
「ぷはっ!」
と息を吐いたのじゃ。
……しかしなのじゃ。
ルシア嬢が同じことをやる分には、特に何も思わないんじゃが……どうしてじゃろうのう……
「……お主がやると、何故か酒を飲んでおるように見えるのじゃ……」
……何となく不純に見えてしまうのじゃ。
いや、妾も、もしかしたら、そう見えられておる可能性は否定できぬがのう。
「酒か……飲めるものなら飲みたいのう。こういう風呂あがりの一杯は最高じゃからな。流石に、皆が口にしておらぬというのに、新入りのワシだけが飲むというのもおかしな話じゃから遠慮しておるが……どうじゃ?今度、皆で一緒に一杯?」
あれ……?
アメが中年男性に見える気が…………気のせいじゃな。
「……妾、この国の法律に当てはめるなら、まだ未成年なのじゃ。じゃから、主殿に飲むことは止められておるのじゃ。……というか、妾もワルツと同じで下戸じゃから、そもそも飲めんがのう……。そんなに飲みたければ、狩人殿の家に行くと良いのじゃ。恐らく朝から晩まで酒浸りできると思うぞ?」
「えっ……それは真か?!」ごくり
……お主はそんなに、酒が好きか?
確かに、お主には、酒瓶を抱いておる姿が似合いそうじゃがのう……。
「ん?また呼んだか?」
おそらくは『酒』という言葉に反応したんじゃろうのう……。
狩人殿が、引き寄せられるかのように近寄ってきたのじゃ。
「狩人殿が、家で朝から晩まで酒を飲んでおるという話なのじゃ」
「ちょっ……それ、どんな人間……」
そう言って黙りこむ狩人殿。
……あれじゃな。
否定できぬほどに自覚があるんじゃろ……。
「というわけじゃから、狩人殿。今度、アメと杯を交わしてもらえぬじゃろうか?」
「杯って……缶とか瓶だけどな」
「うむ。狩人よ。共に飲もうぞ!」
「お、おう……」
……酒の話で狩人殿がアメに押されておる(?)とはのう。
……今度、一度、どんな宴を開くのか、覗いてみるとするかのう。
というわけで。
フルーツ牛乳を飲み干した後、妾たちは閉店間際の温泉を後にして、帰路についたのじゃ。
行きと違って、帰りの道のほうが随分と空いておったから、来る時よりも早く帰ることが出来たのじゃ。
そして、主殿の家について、狩人殿と別れた後。
「うぉあーーー!!なのじゃぁぁぁ!!」
あ、これ、妾の魂の叫びなのじゃ。
どうしてこんなことになっておるのか?
「日付が変わるまであと2時間!うわぁぁぁぁ!!入稿がぁぁぁぁーーーなのじゃぁぁぁ!!」
……要するに、今日一日、アメの一件があった上に、温泉に行っておったので、全く本編の執筆活動が進んでおらんかったのじゃ。
「のう、ルシア嬢よ。あれは一体、何じゃ?」
「さぁ。多分、一種の病気みたいなものじゃない?」
「…………」こくり
必死にらっぷとっぷのキーボードを叩き続けておる妾の後ろで、そんな声が聞こえてきたのじゃ。
……じゃがの。
妾はなんと言われようとも気にしないのじゃ。
この世界に来てから決めたのじゃ。
できる所まで、毎日小説を投稿する、と、の。
……いや、このサイドストーリー(?)ではなく、本編の方をじゃぞ?
こうして妾の忙しい一日は、日付が変わる間際に、最大の山場を迎えたのじゃ(?)。
そして次の日の朝……。
「……どうしてこうなったんじゃろうか……」
……まーたアメが、妾に抱きついて寝ておったのじゃ……。
寝る布団もスペースもなかった故、『狐の姿でも構わぬ!』と言っておったアメに妾の布団の一部を貸し与えたんじゃが……何で、人の姿になって寝ておるのじゃ……。
そういえば、こやつの変身魔法、妾が魔法で作り出すような仮想的な身体とは違って、実体を伴って変身できるのじゃのう……。
どちらかと言うと、妾の変身魔法ではなく、ユリアの幻影魔法に近いのじゃろうか?
……ところでじゃ。
まぁ、それはよい。
……いや良くないがのう。
じゃが、それがどうでも良くなるほどに困ったことがあったのじゃ。
「……」zzz
……どうしてルシア嬢が妾の布団の中におるのじゃ?
朝起きたら布団の中で、化け物が一緒に寝ておった……。
……まぁ、この話は次回する予定なのじゃ。
さて、今日はもう遅いのじゃ。
寝るのじゃ。
……ただし、アメとルシア嬢をしゃっとあうとしての?
……どうしようかのう、次回。
新章か、それともそのまま続けるか……。
悩ましいところなのじゃ。
というか、結局、土日であらすじを書けなかったのじゃ……




