1-12 おんせん?4
温泉に入ると……ありがたいことに、誰もおらんかったのじゃ。
やはり、平日月曜日の夜に、温泉に来るような者は、あまりおらんのじゃろうのう……。
というわけでなのじゃ。
妾は、皆にかけておった変身魔法を解いたのじゃ。
まぁ、女中たちが途中で様子を見に来ることはあるかも知れぬが、これほど煙に囲まれておったなら、慌てて変身魔法を行使したとしても、十分に誤魔化せるレベルじゃろう。
さて。
浴室のすらいどどあを開いて中に入った妾は、隣におったアメに問いかけたのじゃ。
「……アメよ。主は風呂の入り方は分かっておるのか?」
オンセニストとしては、例え貸し切りじゃとしても、これだけは守って欲しかったのじゃ。
1、風呂にはいる前に身体を洗う(但し、泉質によって洗い方が異なる)
2、かけ湯で身体を慣らす
3、静かに入浴、なのじゃ
基本じゃろ?
「うむ。その辺は抜かり無い。ワシじゃて、風呂は好きじゃったから、昔から銭湯は行っておったからのう」
そう言うと、アメは入口付近にあった掛け湯をした後で、直接浴槽に向かうのではなくシャワーの方へと歩いていったのじゃ。
うむ。
世間知らずっぽいが、マナーはちゃんと分かっておるようなのじゃ。
そして妾も、アメの後ろを追う形で、シャワーの並ぶ一角へと足を進めたのじゃ。
……実はのう。
……妾には密かなる楽しみがあったのじゃ。
……洗いっこ。
決して一人では出来ぬことなのじゃ。
……え?
ルシア嬢と風呂に入って背中を流してもらってないのか?
……無いのじゃ。
いやの?
風呂にはいる時は、大体1人なのじゃ。
年齢も年齢じゃからのう。
それでもこの世界に来た時は、一緒に風呂に入っておったのじゃ。
じゃがのう……。
ルシア嬢の背中を流しておると……何となく……妾が惨めに思えてくるのじゃ。
……こう、あるべきものが無いような気がしてのう……。
こ、この話はここまでじゃ!
というわけで、なのじゃ。
「アメよ。背中を流すから、主も妾の背中を流してはくれぬか?」
妾はアメにそう問いかけたのじゃ。
ここまで体格差があれば、惨めにも思うま……思う……思わないのじゃ!
「ぬ?ワシはもう洗ってしまったぞ?」
「なん……じゃと……」がーん
その瞬間、妾の脳天をパイルバンカーか何かで殴りつけられたかのような衝撃が走ったのじゃ。
まぁ、砕け散ったのは、妾の頭蓋骨ではなく、密かに持っておった小さな夢じゃがのう……。
……どうやら、長い髪を洗った後で、頭の上で纏めておったら、アメの方が先に身体を洗い終わってしまったようなのじゃ。
というか、残っておるの、妾とアメだけではないか……。
最近、ルシア嬢も、ワルツ風のセミミドルカットに変えたから、頭を洗い終わるのが早いのじゃ。
妾もそうしたいんじゃが……せっかく伸ばした髪を切るというのものう……。
しかたない。
少々寂しいが、背中は自分で洗うことにするかの。
「そうじゃったか。ならば、先にゆくがよい。皆が待っておるじゃろう」
妾がそんな言葉をアメに掛けた時じゃった。
「……しかたのない奴じゃ」
アメはそう言うと、妾の後ろにしゃがみこんだのじゃ。
「ほれ、はよ垢すりをよこすのじゃ」
「……よいのか?」
「良いから、こうしておるじゃろうに……」
「……うむ。では、お願いするのじゃ」
というわけでじゃ。
妾はそんなアメの好意に甘えて、持参した『ぼでーたおる』に『ぼでーそーぷ』を染み込ませて泡立てると、それを奴に渡したのじゃ。
「…………」
すると、どういうわけか、妾の渡したスポンジを手に持ったまま固まるアメ。
「……どうしたのじゃ?」
「なんじゃこれ?新種のヘチマか?」
「……ヘチマ?なんじゃそれ?まぁ、よい。それは身体を洗う道具なのじゃ。それで妾の背中を擦って欲しいのじゃ。やり方は分かるじゃろ?」
「う、うむ」シャコシャコ
……アメよ。
主には、そんなにスポンジが珍しいのか?
必要以上に泡立てておると、中から洗剤が無くなってしまうじゃろうに。
というか、さっき、お主の分のスポンジを渡したじゃろ……。
まぁ、そんな理解に苦しむアメの行動もあったのじゃが、しばらく泡立てた後で、奴はようやく妾の背中をこすり始めたのじゃ。
……擦ってもらう側じゃから、文句は言えぬがのう……。
ゴシゴシ
「おぉ?!」
「……一体、何を驚いておる?」
「こ、これは何とも言えぬ、洗い心地……。どうしてこんなにも泡立ちやすいのじゃ……」
「それは……スポンジじゃからのう。スポンジの隙間に開いた小さな穴が、洗剤の発泡を促すのじゃ。お主にも、風呂にはいる前に渡したじゃろ?ほら、そこの風呂おけの中に入っておる黄色いやつ……」
「ぬぅ……た、確かに……」
まるで初めて気付いた、と言わんばかりの様子で、頷くアメ。
「……ちなみにお主、どうやって身体を洗ったのじゃ?」
「それはもちろん、この手ぬぐいを使ってじゃよ?」
……アメのやつ、風呂の入り方は分かっておるが、バス用品の使い方はまるで分かっておらぬようじゃ……。
なんとなくじゃが……まるで、新しい物を知らぬお婆ちゃんを相手にしておる気分なのじゃ……。
「……まぁよい。で、続きを頼m……」
「うむ、これはすごいのう!」
……こやつ、完全に妾の背中を洗うことを忘れて、スポンジで遊びはじめたのじゃ。
まぁ、よいがのう……。
……いや、良くないのじゃ!
「これアメ!妾のスポンジで遊ぶでない!」
そして奴からスポンジを取り返して……ようやく妾は身体を洗い始めたのじゃ。
その際、アメもスポンジで自分の身体を洗い直しておったのは……まぁ、言わずとも分かるじゃろ?
……というか、何で2人で、バラバラに身体を洗っておるんじゃろう……。
どうやら妾の洗いっこの夢は、しばらく叶いそうに無さそうなのじゃ……。
おっと、胸の話はそこまでじゃ!
……もう良いのじゃ!
寝るのじゃ!




