二人の日常
月乃さんと俺が出逢って、初めて起きたニトベ事件から――幾度なく俺は問題を引き寄せ、同じことを繰り返した。
けれど、月乃さんが助けに来てくれなかったことは、本当に一度も無かった。
月乃さんと俺は関係を崩すことなく、一緒に三度目の桜を拝む。
「寒い、肌寒いわ。太陽、私のコートはどこ?」
「月乃さんが「午後からは暑くなるからロッカーに置いておく」って言ったんじゃなかったっけ。一階のロッカールームまで降りないと無いよ。というか、コートは校舎内で着用禁止。指定のカーディガン以外は着ちゃダメだから」
「私のカーディガンはどこ?」
「……指定のカーディガンはカシミヤじゃなくてウール&アクリルだから着たくないって家に置いて来たんでしょ」
あれ?前にもこんな話を月乃さんとしなかったっけ?
――随分前の事過ぎて、思い出せそうにない。
「まぁ、良いわ。そのカーディガンを私に寄越して」
「……良いけど、汚さないでね」
「去年の冬、私が太陽のカーディガンにビーフシチューをこぼしたことまだ根に持ってるのね。ねちっこい男は嫌われるんだから。大体、食堂の椅子が悪いの。キャスター付きの椅子じゃないからテーブルにぶつかるなんて予想外の出来事が起こるのよ」
「言ってる傍からコーンスープこぼしてるんだけど。そもそもコーンスープを教室で飲むのはどうかと思うよ、月乃さん」
「これは食前酒だから良いの。今から食べなくちゃいけないんだから」
「食べる?何を?」
「――私の奴隷に集るハエを」
コーンスープにアルコールが入っていないことは周知の事実だが、どうやらその常識は覆されてしまったらしい。
月乃さんは酔ってるのか。
何を言ってるのかわからない――ああ、そうだ。
かなり前に、随分と前に、「奴隷になれ」と言われたことが、あったような、なかったような。
「ハエを食べるのはどうかと思うんだ。月乃さん、考え直そう」
「大丈夫よ、安心して。ハエは胃の中で消毒されるし消化もされる生き物だから。食べても害はないの」
「そういう問題……?」
進級式が始まる。
高等部三年目、高校生活最後の年なのに何の感慨もなく――最後の一年はいつも通りの会話を経て、あっさりと幕を開けた。