第29歩 長屋にて
私の高校時代の担任は国語の先生で、ぼんやりしている我々生徒に青春を熱く語る、O先生だった。
先生は私たちの卒業と同時に定年退職する事が決まっている年配の先生だった。
石川啄木や宮沢賢治の授業の時など
「お前ら、ぱちんこ屋でフィーバーしてちゃ駄目なんだよう、そんなのは青春じゃない!」という決めゼリフがあり
「ぱつんこやでぇ、だあめなんだよおう」というモノまねギャグが学校で流行った。
もちろん高校生がパチンコ店に行って良いわけがない。
幻想文学の授業時、先生は唐突に脱線して青春時代の体験を、お話してくれた。
先生の青春時代は終戦後の大変な時代で割に合わない労働をして食べることに皆、必死な時代だった。
当時、先生の住んでいたのは平屋の長屋で水道もトイレも共同だった。
暑い夏の日、先生はリヤカーで荷物運びのバイトをして疲れきってしまい晩飯が終わると倒れこむように眠った。
早めに寝たこともあり夜中トイレに行きたくなった。
「今、何時かな」ぜんまい置時計を確かめると夜中二時過ぎだった。
狭い部屋に寝ている家族を起こさないように外のトイレで用を足し、
そっと玄関の引き戸を開け中に入ろうとした時、奥の部屋の壁が僅かに光って見える。
先生はその時、水が飲みたくなって、もう一度、外に出て手のひらで、たらふく水を飲んで戻った。
すると先ほど光って見えた壁から四つん這いになった人が這い出てきた。
―そろり・・そろり・・
「なんだぁありゃぁ!?」
ぼんやりと発光した人間が壁から出てきて四つん這いで進んでいる。
少し近づいて見てみると、それは隣の家のオヤジだった。
こちらを見る訳でもなく発光した隣のオヤジは長屋の次の部屋に壁を抜けて消え入った。
「変なもの見たなぁ・・・疲れてるなぁ俺・・・」先生は布団に戻って寝た。
朝になり先生は、どんぶり飯に味噌汁をぶっかけて朝飯をかき込んでいると隣近所の住人が戸を開けて入ってきた。
「隣のオヤジさん死んでるわ」
すっかり忘れていたが、そういえば夜中、隣のオヤジを見たのは
「それかあ」と当時の先生は納得したのだという。




