その4 世界に満ちる、物語
★ 狂想爆炎ピアチェレディ!
第五話『全世界を満たすラブ』
その4 世界に満ちる、物語
teller:アリス=クロスロード
◆
音夢=キャンベルさん。
私とルキちゃんを助けてくれた、ライダースーツのかっこいいお姉さん。
あれから一応、私とルキちゃんは音夢さんに名前を告げ、簡単な自己紹介を済ませた。
それから私とルキちゃんは現在、音夢さんに連れられて、鍾乳洞の中を歩いている。
この廃村の地下は、かなり深く広がっているらしい。
廃村の奥にあった狭い入り口を進んで行った先に広がっていた、この鍾乳洞。
長い時間をかけて、地下水流の影響をかなり受けたのか、とても複雑な構造になっている。
先頭を歩く音夢さんが懐中電灯で辺りを照らしてくれているけど、気を抜くと段差に躓いて、深い階層へと堕ちて行ってしまいそうだ。
でも、鍾乳洞なんて初めて見た。
あちこちの壁が不思議な色をしていて、少し幻想的な雰囲気すらあって、きれい。
足元に注意して歩かなければなないのに、ついつい辺りの景色に目を奪われそうになる。
ただ、私の隣ではルキちゃんが怯えたように私の片腕にがっちりとしがみついている。
不安定な構造の鍾乳洞が怖いのもあるんだろうけど、ルキちゃんは人見知りが激しいみたいだから、音夢さんのことを未だに警戒しているんだろう。
今、私がよそ見をしてトラブルを起こしたらきっとルキちゃんまで巻き込んでしまう。
ルキちゃんと共に無事に進んで行く為にも、私たちを導いてくれる音夢さんに迷惑をかけない為にも、私は改めて気を引き締めて歩き出した。
「……さーてと。道すがらアタシのこと話すって言ったよね?」
「あ……は、はい……よろしく、お願いします……っ」
音夢さんが一度振り返ってくれたので、私は慌ててぺこりと頭を下げる。
ルキちゃんも、それに倣うようにぎこちなく会釈をしていた。……あ、ルキちゃんえらい。
そっと片手で頭を撫でると、ルキちゃんの纏う空気が幾分か柔らかくなった気がする。
そんな私たちを見て音夢さんも笑うと、再び前を照らし先導しながら、音夢さん自身のことを語ってくれた。
「アタシはちょっとばかし特殊な血筋でさ。神職みたいな一族って言えば良いのかな。……『キキビトの一族』、って聞いたことない?」
「キキビト……? え、えと、すみません……存じ上げ、ません……」
ルキちゃんも、無言ながら首をふるふると横に振っている。
キキビトの一族。
本当に、自分の中のまだまだ少ない知識には刻まれていない言葉だった。
「……だろーねえ」
そう、音夢さんは軽い調子で言ったけど。
ぼんやり灯りで照らされた横顔は、少し寂しそうに見えた気がした。
でも私が何かを言う前に、音夢さんは話を続ける。
「さっき、神職みたいな一族って言ったじゃない? ……知ってる? この世界【ナーサリフィア】には、神様ってやつがいるの」
「…………神様、ですか?」
「そ。もっと正確に言えば、上位存在ってやつだけど」
語りながら、音夢さんは一瞬だけ天井を見上げる。
だけど横顔からちらりと覗いた瞳は、もっと遠くを映しているようにも見える。
どこか、静かな瞳。
音夢さんの声のトーンも、心做しか静かなものに変わっていく。
「……遥か遠い空の上にはね、『箱庭』って呼ばれる空中都市があるんだ。神様たちは、その箱庭に住んでて……アタシたち『キキビトの一族』は、その神様たちを『ツヅリビト』って呼んでる」
「つづ、り……?」
「そう、ツヅリ。……綴り。物語を綴る人、って意味。――魔女リカルカ、いるでしょ?」
――唐突に。
身構えていなかったタイミングで言葉として出された、恐ろしい名前。
私もルキちゃんも、つい身体を強張らせてしまう。
……魔女が、音夢さんの一族と何か関係があるのかな。
それとも、魔女と神様のほうに、何か関係がある?
ぐるぐると疑問符が頭の中を廻り始める。
私たちに言い聞かせてくれるように、音夢さんはゆっくりゆっくり、言葉を紡いだ。
「世界を脅かす魔女リカルカは、災い。災厄。天災。【ナーサリフィア】を脅かす激甚生体災害。それ以上の何物でもない。……ただね。あいつらの出現には、法則性が全くのゼロってわけじゃないんだ」
魔女の出現に、法則性がある?
そんな話は聞いたことがなかったから、背中の辺りに緊張が走る。
……多分だけど、この話、ちゃんと聞いて憶えた方がいい。
「神様――『ツヅリビト』と物語のことは、さっきちらっと名前を出したでしょ?」
「……はい」
「……魔女はね、物語が止んでいるところに現れやすいんだ」
物語が、止む?
意味を上手く呑み込めない私たちに対し、音夢さんは補足する。
「簡単に言えば、人の心を動かす出来事とか……人生、生涯の言い換えみたいなもんが、魔女にとっての物語みたいだね。生きてるもんの心が揺れ動く何かがあれば、それはもう物語さ」
「な……なにそれ……? 意味、わかんない……」
ルキちゃんが、私にしがみついたまま不安そうな声を出す。
私も、あまりにも新しい常識に困惑して、上手に言葉を探せない。
「うーん、まあ……物語が止む例くらいはさ。君たちにも心当たり、あったりしない? 人里であっても、そこに居る人々の心から物語が が枯れたら……つまり誰かの心が死んだように停滞していたら、魔女は引き寄せられるんだ」
音夢さんの説明に、私とルキちゃんはほぼ同時にはっと息を呑んだ。
……私がキャロッタ村でスズベルさんから魔女に助けられた時、私の心は閉ざされ、死んでいるようなものだった。
あの時、私の『物語』は始まってすらいなかった。
シルキオの森で魔女が次々にルキちゃんを狙っていた時も、ルキちゃんは心を閉ざしていた。
きっとあの時も、ルキちゃんにとっての『物語』は始まる前。
心の動きが止まってしまったら、変化や時の流れを恐れたら、ただ死んだように生きていたら、それは『物語』が止んでいる……と言うことなの?
――そして、止まった物語を魔女は侵そうと現れるの?
確信の持てない推理もどきだけが、脳裏を渦巻いていく。
音夢さんは、説明を続けていた。
「魔女リカルカに対抗するロボット、【レディ】は搭乗者の心と繋がることで動くでしょ? 魔女もそこだけはレディと似てるの。あの災厄は、生き物の心と密接に関係している」
音夢さんの話に、私とルキちゃんはやっぱり黙り込んでしまう。
新しく入り込んでくる情報が、色々と衝撃的すぎたから。
ぽかんとしてしまっている私たち二人を音夢さんはまた一瞬振り返り、ゆるく苦笑していた。
「――で、幼生体に話を戻すとね。廃村みたいに物語が枯れ果てたところには、さっきみたいな魔女リカルカの幼生体が生まれやすい。それがいつかは魔女リカルカの成体になって、『物語』が尽きた場を求めて世に蔓延るんだよ」
「……どうして、魔女は……物語や、心が動いていない場所を求めるんですか?」
「……そこはまだわからないことが多いんだ。ただ、これだけは確かだよ。……魔女そのものは、心なんか持たない。何度でも言うけど、アレは災害だよ。どうしようもないほどにね」
……そこは、わからないこと、なんだ。
魔女。
心が無い、災害。
でも、命あるものの心と関係している災害。
……うん、だめだ。私にも、わからないことだらけ。
「また話を戻すとね、箱庭の神様、『ツヅリビト』たちは箱庭にて生涯かけて、魔女を鎮めるための『物語』を綴り、紡ぎ続けることが使命なんだよ。『ツヅリビト』は常に、その手で綴った幸せな物語を世界に溢れさせて、魔女という災害を抑えているんだ」
「物語を、綴る……?」
「そう。基本はなんでもいいんだけど、できれば活き活きとして、前向きで幸せなかたちで心を動かす物語が望ましいとされているね。ハッピーエンド、みたいなさ」
ハッピーエンドの、物語。
それは確かに、素敵な響きだけども。
「……物語を、世界に溢れさせるって……どう、やって?」
未知に対して生まれた疑問に、音夢さんは嫌がることなく答えてくれた。
「『ツヅリビト』が創った物語は特殊だからね。語り聞かせたり書物などのかたちにしなくても、箱庭で生まれた物語は自動的に地上に流れ溢れ、勝手に世界を満たすのさ。空気みたいなもんかな」
空気。
じゃあ、箱庭での、『ツヅリビト』さんたちにとっての『物語』は、私たちが普段の生活で本などを通して触れている物語とは、また種類が別なのかな。
「……何より、箱庭には歌姫様がいるからね」
「歌姫様……ですか?」
「神様とされる『ツヅリビト』の中でも、最も特別な存在だよ。歌姫様は箱庭で創られた物語を歌に換える。歌姫様の歌は地上にも恩恵を与え、より魔女を抑えてくれる……と、されている」
そんな、凄い人がいるんだ。
地上にも影響を及ぼす、歌。
私が日々聴き逃しているだけかもしれないけど……どれだけ、美しい歌声なんだろう。
「アタシたち『キキビトの一族』も、多少は世界に貢献してるよ。アタシらは『ツヅリビト』が箱庭でちまちま創った『物語』を感じ取って、その物語に溢れる力を撃ち出すことで、さっきみたいに魔女の幼生体を駆逐し、平和を維持する使命を背負った特殊な一族ってわけ」
音夢さんが、担いでいるライフルを軽く叩いて笑う。
……話の通りなら、あのライフルには、箱庭の特別な『物語』に秘められた力を撃ち出す仕組みになっているん、だろう。
音夢さん自身も強かったけど、ライフルの威力も凄かったし……やっぱり、箱庭の『物語』の力は特別なものみたいだ。
新しいことを、あまりにも色々知ってしまった。
正直、頭はパンク寸前かもしれない。
ルキちゃんの様子を窺うと、ルキちゃんはぐるぐる目を回しかけていた。
わ、わわ、大丈夫かな。
ふらふらのルキちゃんを支えながら歩みを進めると、音夢さんの声がまた静かなトーンに変わる。
「……ただね。最近あちこちで、『物語』が枯れるスピードが加速している。人里だろうと魔女が現れやすくなっている。代わりに、【妖精因子】は以前より多く見つかっているんだ」
音夢さんの言葉に、私はぎくりとする。
……私もルキちゃんも、【妖精因子】だから。
そう言えば音夢さん、私とルキちゃんが【妖精因子】だって、すぐに見抜いていたっけ。
「世界中の物語の枯渇といい【妖精因子】の発現が増えていることといい、今、世界で……心に関わる何らかの異常事態が起きてることは確実なんだ」
世界全体で、異常が起きている?
穏やかではない話に、緊張が高まる。
そんな時、音夢さんは足を止め、身体ごと私たち二人の方を振り向いた。
「アタシは、最近の災厄としての魔女に関して、何か災厄の根源があると見てる。一族としても個人としても、その根源を浄化するのがアタシの使命。で、その調査をWITTS と合同で行うべくイース・トーヴ支部に打診しに行くのが、アタシの今の目的だ」
「ぁ……」
「お嬢ちゃんたちは【妖精因子】かつ……どうやら【レディ】にも乗ってるんだろ? WITTS と多少縁があるんじゃないかと踏んで、長々と事情を話させてもらったわけさ。君たちさえよければ、アタシは一緒に行動したいんだけど……どう?」
……その提案は、心強いと思った。
イース・トーヴ支部は私たちの目的地でもあるし、道中にどんな危険があるかわからないし、音夢さんのような頼もしいお姉さんが傍にいてくれると、安心できる。
でも、ルキちゃんはそうではないようで。
ルキちゃんは私の背に隠れながら……と言っても、ルキちゃんの方が私より物凄く背が高いから隠れ切れてないけど、それでも。
音夢さんへの警戒心を剥き出しにしながら、ルキちゃんは少しどもりつつ言った。
「い、一緒に行きたい、だけなら……なんで、こんな……ち、地下まで、連れてきたの……?」
「……ああ。アタシは少しここに探し物があってね。探し物の回収と、君たちへの同行のお誘い、並行してやっちゃった方がスムーズかなって」
「探し物……ですか?」
「……そ。もしかしたら、さっき言った『根源』に関係あるかもしれないモン。……そこに扉、あるでしょ? その奥から、変わった気配がするんだよ」
ここは鍾乳洞の、奥の奥。
だと言うのに、音夢さんが指した先には確かに、明らかに人工物の扉があった。
しかも奥から、動く誰かの気配がする。
賑やかな気配と言うか……街の気配、のような。
音夢さんが一歩進み、扉に手をかける。
ルキちゃんがびくりと慌てて私に抱きついたけど、扉はすんなりと開いてしまい――。
――地下。鍾乳洞の奥。不思議な扉の先。
そこには、煌びやかな街があった。
だけど、ただの街なんかじゃなかった。
目に映る住人は全員――巨大ロボット、【レディ】だったんだ。
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