ミュルクル(2)
ランプの魔女の言うとおり、彼女が〈煌めき屋〉を置くランダメリという世界空間はリュオスとミュルクル――ロフケシアの夏至と冬至とを一瞬で行き来できる立地のようだった。
フェオドットたちが暮らす世界とは時間の流れが異なるのかと問えばそれも違うという。
「ロフケシアという国が、そもそも多元的なのよね」
リュスラーナがグロッキを片手に言った意味は、青年にはわかりかねた。
ただ一つ言えるのは、彼女の発言が限りなく真実に近い事実だろうということだ。
***
今〈煌めき屋〉は、初めて冬至祭――〈ヨウル〉のマーケットに出店するため準備をしているところだった。
「悪いわね。手伝ってもらっちゃって」
小麦色をした狐の帽子をかぶったリュスラーナが、木箱を運ぶ青年をねぎらう。
彼女はニットの羽織の上からキルトのコートで着ぶくれしていて本来の体形がすっかり隠れていた。
「いいんです。俺たちが帰りたかったのは結局今年のミュルクルで、〈ヨウル〉なんですから」
大聖堂の前には彼ら同様に店を開く者が多く集まっていた。
燻した肉とパンを売る店から甘じょっぱい食欲をそそる香りが来たと思えば、酒造家がグロッキの大盤振る舞いをするスパイスと葡萄の香りがして、青年の喉は気付けば鳴りっぱなしだった。
食べ物屋だけではなく、ロフケシアの北方で狩猟を営む人々が毛皮とその製品を持ち寄ったり、手作りの木工製品を取り扱っていたりする。
太陽が闇に閉ざされた冬至にランタンを持って、国中の人々がこのマーケットを楽しみに寄るのだ。
一つ一つは小さな明かりだけれども、それが寄り集まることでマーケット全体を優しい橙色の明かりが照らし出している。
恒星が煌めきを競い合う集会のようだ。
それは夏の日差しには到底かなわないけれど、フェオドットにはとても明るく感じられた。
「しかし、マーケットが始まる前日に出かけて、始まる当日に戻ってこられるなんて……」
ぱちぱちとまばたいて不思議を噛みしめるエイノに、魔女がウインクした。
「ね。ご家族も安心でしょ」
「……まだ、子どもだからな」
エイノが真っ赤にしもやけた鼻をぐるぐる巻きのマフラーに隠す。
鼻息が彼の眼鏡を白く曇らせる。
「マーケットから家までは俺が送っていくよ」
「必要ない」
少年のぶすっとする頬もまた真っ赤だ。
しもやけに違いないが、彼のことだからこっそりと照れているのかもしれない。
「はは。俺、君と同じぐらいの弟がいるんだ。だから、つい兄貴面しちゃったな。悪い」
「〈煌めき屋〉を出る前に手紙を送ったのはその弟に?」
「そう。君は誰に、エイノ?」
「……幼馴染は外に出られないから、先生に」
フェオドットは恥ずかしそうにマフラーへ顔をうずめる少年のニット帽に包まれた頭をなぜた。
「はぁ~。エイノ君。知恵貸して。これ、ビリエルさんに、なんて言ってあげたらいいのかな? あ、あなたのために作りました、とか? どうしよう、思いつかない!」
店のテントの中、机の陰で情けない声をあげて丸いランプを抱きしめているのはソフィだった。
彼女はらしくなく手伝いをなおざりにしてずっと同じ調子だった。
「それでいいじゃないか。事実なんだし」
「だ、駄目だよ! まだ告白もしてないしお付き合いもしてないんだよ! 愛が重たいよ!」
あの耳付きのニット帽ごと頭を抱えたので、ソフィはあやうく手製のランプを落としそうになった。
フェオドットがすぐに腕を伸ばしたので、彼女お手製の思いがこもったランプは壊れずに済んだ。
「意味がわからない。愛に軽重なんかないだろうに」
「すごい……。エイノ君……かっこいい……」
「ソフィ! 見てよ!」
ほうっとうっとりしていた少女の肩を、叩く人がいた。
「一日一個だなんて、言わせないよ! ボクはもう、大人なんだからねっ」
そう言って胸を張ったのは、ルドゥーシュカだった。
成体になったとはいえ彼女の背格好は人間の少女のそれだった。
フエルトのコートを羽織っているが帽子やマフラーは身につけていない。
ロフケシア人にしては薄着だ。
気がきくソフィが彼女の人間よりも長い耳を隠すためにニット帽をかぶせていた。
二人ともお揃いの耳付き帽だ。
「わー! 小さいルー、すごいね!」
「もう小さくないよ、ソフィ」
「わたしだって、子どもじゃないよ、ルドゥーシュカ」
「そ、ソフィ……!」
二人の少女がそう言って笑いあうところへ、張りつめたテノールが飛び込んだ。
紺色の頭に帽子の代わりに雪をかぶっている少年だ。
雪が体温で溶け落ちた瞬間に彼の大きな眼鏡もずり下がった。
「ビリエルさん!」
ソフィは飛び上がると彼に抱きついた。
そしてその流れで眼鏡の位置を直してあげていた。
その少女の体をビリエルと呼ばれた長身痩躯の少年がぎゅっと抱きしめて離さなかった。
「心配していたんだよ、ソフィ。理由も言わないまま、ランプを持って出て……。雪も降っていたし……」
「うん……」
「……よかった、見つかって……」
たどたどしい物言いの少年とソフィとを見て、フェオドットとリュスラーナはちらと目配せをしあった。
魔女のルビーのような瞳がこの上なく輝いている。
そうか、と青年は気付いた。
これがソフィの〈きらきら〉だったんだな。
二人の大人はうんうんと訳知り顔で頷きあって、素知らぬふりをしてソフィのランプに仕上げをした。
炎を込めたのはルドゥーシュカだ。
もちろん机の陰でこっそりと。
リュスラーナは二つのランプを―ソフィが持ってきたものをビリエルへ、手作りのものをソフィへそっと差し出した。
「ソフィ。今日のところはお帰りなさい」
「でも……」
渋る少女に、魔女は満面の頬笑みを広げた。
「また来たらいいのよ。明日にでも。彼のことを紹介しにね」
ここまで読んでくださってありがとうございます。
次回更新は明日12月20日21時00分ごろです。
あと3話で完結しますよ。
お気に入りにいれておいてくださいねー。
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