scene-25 人生とは…いろいろあるから楽しい!
本作品はフィクションです。
登場する人物、団体、企業、学校、事件等は架空のものであり、実在するものとは関係ありません。
また、作中には実在する神社仏閣、伝承、民話、地域名等を参考にした表現が含まれますが、物語上の演出および独自解釈によるものであり、実際の歴史・信仰・伝承とは異なる場合があります。
ラルドは立ち上がり、天輝を見詰めた。
空を見上げる。
…時間はない。
内なる世界にあるべきは…その意思を司る魄のひとつだけ。
ただ…そこに寄生されることは珍しくない。
人の心は隙だらけだ…
無い方が稀のようだ。
少なくとも、そう尋ねたとき、市杵島姫命は困ったようにそう教えてくれた。
そして、本来、内なる世界に存在していいのは、魄が招いた半身『魂』だけだ。
誰の心にも隙はある。
そこへ別の魂が入り込めば、世界が歪むのは言うまでもない。
魔気が入り込むのとはわけが違う。
いうなれば異物だ。
異物は世界に影響を及ぼす。
それが普通だ。
いまこの世界が膨張と収縮が繰り返されるのはその反応なのだろう。
どれだけの時間、この世界が魔素に侵されていたのかはわからない。
それでも天輝は耐えられるだけの強さを持っていた。
だから魔素に支配されていない。
言うとどや顔をされそうだから言わないが…
心の生み出す隙間は世界に風を通す。
良い風も悪い風も関係なく。
そこに乗る感情という粒子は…悪意を膨らませることなく入り込んでいく。
本当に鼠のように、こそこそと…
だが、『魂』そのものが入り込むなど、本来あってはならない。
生き物の命は2つのものが融合して生まれる。
精神を司どる『魂』と肉体を司どる『魄』だ。
どちらが欠けても命は終焉へと向かう。
そんな招かざる存在となる『魂』たち。
この世界に魄が招いていない4つの魂がいる。
内なる世界の崩壊がいつ始まってもおかしくない。
残された時間がどれだけあるのかもわからない。
それでも、ミニ奏を連れて行くわけにはいかない。
「テン…お前にしてもらうことが2つある」
「ああ」
「ひとつは、俺たちを見送ってくれ」
誰もが「えっ?」と顔を見合わせる。
「お前たちがしているのは…いや、いまはいい。幽体離脱している状態の本体は…」
ラルドが呆れたようで説明を始める。
自分たちの身体は、部屋の中とはいえ、絶対に安全なわけではない。
すべての身体機能が停止している仮死状態。
続けば、身体機能も静かに停止していくだろう。
戻ったら、年老いていたということが起きても不思議でもない。
「急ごうか。何をすればいいのラル?」
すくっと琴葉は立ち上がり空を見上げた。
「いや、まだ…説明中…」
「………早くして」
プイと琴葉が顔をそむけた。
「とりえず…ワシは問題ないから…琴と奏はチャクラを開放してくれ」
「ここで?」
「たぶんそれで…ひかりの球体に戻れる」
「たぶん?」
「内なる世界でやったことはない!」
「じゃあ、その『たぶん』は?」
「勘だ!」
ラルドは胸を張って言い切ってみる。
子供の見かけだけにかわいい。
「でも、入るなり、こうなったよね」
「あ~じんわりなったんだけど…分からないよな」
ラルドはため息をついた。
周りが全く見えないほど、この世界は闇に閉ざされかけていた。
「…なんか、ラル、ムカつくんだけど」
「そう言われてもな」
「! でもミニカナは?」
琴葉に言われて、奏がミニ奏を見た。
「それがもうひとつだ」
ラルドの顔色も変わっていた。
知識として知っているわけでもない。
正直、憶測でも何でもない。
ただ、勘が、『それなら可能性がある』と言っているだけだ。
「テン。ミニ奏をもう少しだけ置いていてくれ」
「…それは構わんが?」
「…誰かの悪意が…救ってくれることもあるのかもしれん…よな」
ラルドは苦笑する。
それが正解だという保証はない。
でも、それが正解な気がしている。
ここは少し勿体ぶって…神である威厳を示すべきだろう。
まだ神になる前ではあるが…最初の物語にはふさわしい。
人の命を救うのだから。
「俺の世界を染めるだけの悪意…その中心にいた魔素がいないのなら…だな」
「あ」
「拡張した空間に生まれる隙間…それは時間で塞がっていく」
「………」
「でもそこに収まっていれば、すぐには潰されない」
「…それ、俺が言いたかったんだけど」
ラルドは苦笑し、天輝は手を合わせて頭を下げた。
それを見詰めながら、ラルドは小さく息を吐いた。
(…神らしいことなど、まだ一度も…最初くらいは、ちゃんと救ってみせる)
自然と拳をキュッと握っていた。
「テン、頼む…」
「それはいいけど…俺はどうやって?」
「意識を外に向けて開放すればいい」
「?」
「空気を、手で触れるものを感じれば意識は戻る…お前の方が簡単だ」
「…そうなの?」
「…言っても始まらないが、琴葉はワシの言うことをきかん!」
「……あ、また具現化するぞ」
ラルドが振り向く。
琴葉の身体が、ぼんやりと光を帯び始めていた。
「お、おい! 落ち着け!」
ラルドは慌てて琴葉のもとへ駆け出した。
光の玉が空へと上がっていく。
じゃれあう様にくるくるとらせんを描きながら。
「2人になったな…ミニカナ」
『3人がいいか?』
「…だれ?」
不意に自分の中から光の玉が生まれた。
「追い出しても良かったんだけど」
光の玉はゆっくりと人の形へとなっていく。
残念だが見覚えのある顔だった。
もう35年も付き合っているのだから普通だが…
ずいぶんと幼い。
ミニカナくらいの年齢にも見える。
「俺か…」
「ああ。お前だ」
「……その言い方で合っているのか?」
天輝は苦笑しながら首をかしげてみた。
我ながら都合の良い世界だと思う。
ミニ奏を一人にできない。
そう思っていたのに…面倒を見てくれる人がいる。
「ミニ天だな」
天輝はニヤッと笑う。
我ながら良いセンスだと自負しながら。
「ほんとセンスないよな…これがカメラマンなんだから世も末だ」
「…ディするけどさ…お前も俺だぞ」
「うっ」
と胸を押さえたところで、咳払いを一つして天輝の前に立ちなおした。
まっすぐに視線を上げて手を伸ばす。
「内なる世界へようこそ」
「…もう帰るけど」
「まぁ、そうだな…急がないとな」
「……なんか問題?」
「お前にまとわりついていた魔気には何人かの香りがする」
「香り?」
「ああ。魔気には持ち主の香りがついている…微量だけど、それが特色だ」
「…なんか良いものみたいに」
「ネガティブに捉えない。スマイルでいればどうにかなる!」
ミニ天がニヤッと笑った。
勉強も就職も仕事も…壁…段差にぶち当たると奏がそう言う。
苦労も笑顔で勉強をする機会をもらえたねと笑い飛ばす。
そんな奏の言葉をミニ天から聞くとは思ってなかった。
「なぁ天輝、できることをするのも大事だけど、できそうなことをするのも…きっと」
その言葉をくれたのは、佐々木裕子だった。
コンシェルジュとして、周りに気遣いながら…
仕事に追われているだけの天輝にも声をかけてくれた。
『優先順位を見失ったら…できそうなことからでも全然大丈夫なものよ』
彼女はそう言って笑った。
あの笑顔まで思い出してしまう。
その笑顔は、心無い…いや、悪意によって奪われた。
「…そうだよな」
でもどうして…
「答えはひとつしかない」
ミニ天はミニ奏の手を取ってから天輝に向き直した。
鼠男の魔素があった理由にも心当たりが生まれた。
その答えが、ようやく繋がった。
忘れていたわけじゃない。
見ないようにしていた。
逝った命は戻らないから…
井藤への怒りが戻ってくる。
裕子を頼り切ってしまった自責の念も。
どうにかできたはずなのに、何もしなかった後悔。
あの男に向けられなかった感情が、心の奥底で腐り続けていたのだろう。
そして、それは、裕子から天輝に移った。
…やっぱり、一発くらい殴っておくべきだった。
「さて、俺も戻るわ」
「ああ…これから気軽に遊びに来てくれ…できれば意識を向けて」
「え?」
「いちいちアストラル体にならなくても…指をこう」
パチン!
天輝は静かに目を開けた。
ラルドが顔を覗き込んでくる。
思わず殴りそうになってしまう。
「無事のようだな」
「ああ…」
天輝はテレビへと視線を戻した。
『現在、大学側は取材に対し、「事実関係を確認中」とコメントしています』
アナウンサーが凛とした表情で現場から様子を伝える。
画面が切り替わると、キャスターが事前に取材した内容を流すことを説明した。
キャスターの後ろで大きな画面に映される映像に天輝は視線を向けた。
まだ白昼夢のような体験から抜け出せていない。
身体に、スポーツを楽しんだ後のような心地の良い疲労感があった。
映し出されているのは学生生協の建物。
入口には規制線が張られ、警察官が出入りを管理している。
その様子を眺めるように困っている学生の一人が取材を申し込まれていた。
本来、詐欺事件の立証は難しい。
そこに騙す意図が見えないからだ。
でも、今回は突っ込みどころが満載のようだ。
取材に答える学生の話だけで、素人でも騙されているだろうと解る。
とはいえ、手口は巧妙なようだ。
キャスターが取材VTRを終えてから、手口の説明をする。
概要的には、それで騙されるのか?と思ってしまうほど稚拙なものだった。
それを可能にしているのは狡猾さだとコメンテイターが説明を始めた。
「あれ…」
「どうしたラルド?」
「お前にまとわり付いている黒の粒子と同じ物を纏う…」
ラルドは言葉を区切った。
少し考えるように間を取ってから「というよりは出している?」
「…質問されたところで、困るんだが」
天輝は苦笑を添えて返す。
ただ、それが見えない以上、ラルドの目を信じるしかなかった。
「その黒のって…辿れないのか?」
天輝の問いかけにラルドは苦笑を浮かべた。
辿れるわけがない。
そもそもテレビの中の時間は昨日。
コメンテーターやキャスターが軽快に言葉を交わしていようとも…途切れたものは追えない。
ただ、一般的に見えないものが見えるほどの濃度…尋常じゃない事態であるのは確かだ。
ラルドは天輝をみてため息をついた。
そもそも、その黒い粒子すら、天輝にはもう着いていない。
その状況で辿るなど…神様でもできるわけがない。たぶん…
「…テレビから辿れとは言ってないぞ…俺から…」
はぁ~。
ラルドは分かるほど大きなため息をついた。
「いまのお前には魔気は残っておらん」
「………」
天輝の頬がほんのりと赤くなる。
「まじで照れるな…きもい」
「つれないのね…ラルさん」
再び画面が中継と変わった。
「そこにいるぞ」
ラルドに言われて天気はスマホを取り出した。
それをラルドの前に置く。
モニター越しに、アナウンサーの後ろをラルドに見てもらう。
「あ~もう少し右かな…と、その子だ」
カシャッ。
軽快なデジタル音が鳴る。
「それでどうする?」
「結衣ちゃんに聞いてみる。それで判らなかったら…大学だな」
「…フットワーク軽いな」
「カメラマンという名のヒモ状態だからね」
天輝は苦笑してみせた。
ラルドの向こうで奏も苦笑していた。
朝早いけど…と神崎結衣のメッセージアプリに写真付きで送信してみる。
天輝⇒結衣 おはよ。つかぬこと聞くけど知り合い?
結衣⇒天輝 おはようございます。幼馴染で友人。どうしてですか?
天輝⇒結衣 説明が長くなりそうなんだけど 会えない? 学校がいいよね
結衣⇒天輝 今日は…明日には学校に行く予定ですけど
「だって…問題ない?」
天輝はラルドを見た。
ラルドは「ワシ達にはな」と気のない返事をした。
「急ぐわけだ」
天輝ため息を吐いた。
「その方がいいと思うだけだ」
ラルドはそう言うと琴葉の方へと行こうとした。
「ラルド」
「ん?」
「あからさまに空気が悪い」
「遅いかもわからん…ただ…いまの彼女には精気も何も感じられない」
テレビの中が慌ただしくなる。
アナウンサーへ一枚の紙が手渡された。
目を通した彼女の表情が、わずかに強張る。
カメラへの方へ視線を向ける。
まっすぐに視聴者の目を見据えるような視線に天輝も奏も琴葉もテレビを見つめる。
『ただいま、新しい情報が入りました』
部屋の空気が、一瞬で張り詰めた。
『さきほどお伝えした飛鳥総合大学学生生協の事件について――』
お読みいただきありがとうございます。
基本的に 不定期更新の のんびり進んでいきます。
ご意見、ご要望あればうれしいです。
アイデアは随時…物語に加えていければと考えています。
タイアップ企画に挑戦ということで…サクサクとあげていきます。




