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五歳児エミー、初期魔法を教わる

 チクタクと時を刻む音が、室内に響く。

 私は意識を掌に集中させて、本を見つめた。

 大きなアンティーク調の置時計の前には、コリーナ先生が立っている。

 コリーナ先生は、私の家庭教師だ。

 齢八十歳で、樹齢五万年の木から生成されたお手製の杖をつきながら、綺麗な翠色の双眸でこちらを見つめ、微笑みを浮かべている。まるで絵本に出てくる小人さんみたい、という感想を幼いころの私は持っていた。

 彼女は私の初めの家庭教師として三年間、私に様々な魔法を教えてくれた大恩人である。だが、彼女は五年後に亡くなってしまう。老衰による死なので止められることはできない。

 久しぶりに出会う恩人に、ぐっと胸の内から熱いものがこみあがってくるのを感じていた。

 私は再び彼女と出会えたことに、大いに感謝し、深々と頭を下げる。


「コリーナ先生、本日はよろしくおねがいします」

「はい。エミー、今日は初歩魔法の基礎からお教えしますね」


 私はコリーナ先生に挨拶をすると、先生は垂れた眉尻を更に下げて柔らかく微笑んだ。


「ではまず、ものを浮かす魔法をお教えしますね」


 コリーナ先生はそういうと、手持ちのカバンから分厚い本を取りだし私に差し出した。

 この魔法は初歩の初歩のもので、自身の魔力を別の何かに与えて、その物体を浮かせるというもの。

 この魔法が上手くコントロール出来ないと、他の魔法が安定して使えない。

 いわば、魔法の骨格のようなもの。


「まずはこの本に魔力を流してみましょうか。まずはこの本に触って、そこに神経を集中させて浮かんでいるイメージを膨らませてみて?」

「分かりました」


 私はその本に触れると、目を閉じ頭の中で本が浮かび上がるイメージを思い描く。

 本の装丁、厚さ、重み、どのような模様が表紙に刻まれていたか、背表紙に書かれている文字列はどうだったか、触れている本をチラチラ確認しながら、少しずつ浮かび上がるイメージを強固にさせる。

 少しずつ本が浮かび上がっているのを手のひらで確認し、ホッとする。

 少しずつ手のひらを離し、ゆるゆる浮かぶ本を見ながら今後起こる出来事を大雑把に思い起こす。

 死んだ直後に聞こえた謎の声。最終章と言っていた。あの声のことだ。

 この世界はゲームの世界。あの時聞こえた声を「マスター」と呼ぶことにしよう。

 ゲームの世界だと思うと、今の自分の行動ですら、そのマスタ―の思うままなのではないか。すべての行動が、すべての未来が定められているものなのだとしたら? 果たして、私はそこから脱却することができるのだろうか。不安でいっぱいになる。


「……ミー? エミー!」


 私はコリーナ先生の声にハッと意識を取り戻す。


「どうしたの? 気もそぞろだったようだけれど……」


 心配そうな表情をうかべるコリーナ先生を見て、私は慌てて首を横に振った。

 宙に浮いていた本は、いつの間にか床に落ちていた。

 コリーナ先生は頬に手を当てて小首を傾げてみせた。

 できるかできないかじゃない。私の人生がかかってるんだ。

 このままだと、私は若くして処刑されてしまう。

 ――やるしか、ないんだ。

 ページが広がったままの本を慌てて拾い上げ、私はへなりと笑う。


「な、なんでもないわ。治りたてだからまだ少し頭がぼーっとしているのかも」

「そう……。無理はしないでね」


 私は曖昧な笑顔を浮かべて、その場をやり過ごした。

 その後も、コリーナ先生からの指導を熱心に教わっているうちに、あっという間にお昼になった。

 ふと、今レオは何をしているのだろう。彼のことが気にかかり、ちらりと窓の外に目を向ける。

 外ではレオが、素振りが終わったのか、息を切らし、肩を上下させ水を飲んでいた。

 シュゴベルさんは、そんなレオに何か一言告げタオルを渡していた。

 レオは騎士団に入るために日々訓練をしている。

 懸命に夢を向かって努力をするレオを見て、自分も負けてられないな。そう思った。


「あ、そうだ」

「どうしたの? エミー」

「えっとね、私、覚えたいまほうがあるの」

「なにかしら?」

「みらいを予期できるまほう、なんだけど……」

「ああ! プロフェティア・レスティのことね。けど、この魔法を取得するには相当な時間も必要だし、たくさんお勉強もしないといけないのよ?」

「だいじょうぶ。わたし、どうしてもおぼえたいの!」


 この魔法はあらゆる知識、事象や人物、過去未来などの事柄を加味した上でようやく習得できる魔法である。その魔法を行使するには資格が必要なほどだ。

 その資格を取得するためには、一定のランク以上の魔法学校に合格して、さらにそこで特別な試験を受けて合格する必要がある。

 コリーナ先生は少々考え込むように、顎に指を添えた。


「エミーは確かに物覚えは良いほうではあるけれど……」

「だいじょうぶです! がんばります」

「ここから先の授業は厳しいものになりますが、それでもよろしいですか?」

「はい。かくごはできております」

「わかりました」

「先生、ありがとうございます!」

「そうと決まれば、まずは魔力の増強からですね」

 

 すると、コリーナ先生がどこからともなく大量の本を出現させた。その量はざっと、百冊ほど。


「え?」

「シンプルに、この本をすべて浮かばせることができたら、お教えしましょう」


 私は忘れていた。コリーナ先生はこう見えて、案外物量でなんとかしようとする節があることを。

 冷や汗をかく私に、コリーナ先生はにこりと圧をかけるような笑みを浮かべた。

 ええい、ままよ! 私はばっと掌をかざし、床を覆いつくすほど大量に並べられた本を浮かばせられるよう力を込めた。 

 今に見てろ。私は必ず、幸せな未来を勝ち取って見せる。

 そのためには、私はなんだってしてみせるんだからっ!

 私は決意を込めて、まだ飴玉くらいしか包み込めない小さな掌を強く強く握りしめた。


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