前編
「さぁさぁ、みなさん見てらっしゃい!」
ヨーロッパのとある都会の郊外で一人の道化師が大道芸を披露する。しかし、道を歩く人々はただ通り過ぎていくだけだった。
「それでは、こちらのステッキの上に一本足で立ってみましょう!」
カツンとステッキを地面にたてると、道化師は勢いよくその上に両足で飛び乗った。そしてゆっくりとバランスを取ると…
「ほ、ホラ!できましたよ!見事に立つことができました~!」
なんとも器用な技である。我ながら惚れ惚れするなぁ。あ、言い忘れていたけど、このなんとも器用で素晴らしい道化師は僕のことである。
シーン…
夕方の日差しが厳しくなってくる頃合いに、僕は片付けの準備をしていた。先程まで賑やかであった通りは、段々と静けさに包まれていった。結局誰も僕の素晴らしい(と思われる)芸を見てはくれなかった。
「はぁ…」 「あ、あのぉ…」
僕はこの仕事に向いてないのではないだろうか…
「…はぁ~あ…」 「も、もしも~し…」
うん、そうだよね。今のご時世道化師で飯食っていこうだなんて、甘い考えに過ぎないんだ…
「…ふぁ~あ~…」「あ、あの!聞いて下さい~!」
ん?どこからか声がすると思ったら、なんと僕の目の前に背丈の小さな少年が手足をパタパタさせながら必死に声をあげていた。
「なんだい、少年!そんなジタバタしなくても聞こえてるよ!」
「いや、三回ぐらい無視されたんですけど!」
なんだか元気有り余る、少年らしい少年だ。茶色の髪は少し短めだがややカールしていて、目元はくっきり二重で、ふむ、これは将来のイケメン候補だな…
「…な、なにジーッと見てるのですか…」
「……は!いやぁ、ごめんごめん!ところで、僕に何か用でもあるのかな?」
そう言うと、少年は少し恥ずかしそうにしながら、もごもごとした口調で話し始めた。
「あ、あのぉ…実は僕、あなたの芸を見るのが好きでありまして…いつも元気をもらっていて…それで…」
「ブラボーーーーー!!」
僕は喜びのあまり雄叫びをあげながら少年に抱きついた。
「いやぁ、キミみたいなファンが居てくれたなんてねぇ!しかもこんな可愛らしいファンが居てくれただなんて!ブラボーなほどブラボーだ!」
「ちょ!ちょちょ、ちょっと!離してください~!恥ずかしいです~!」
少年は僕の熱い抱擁から脱出すると、コホンと咳払いをして、再び話し始めた。
「え、え~と…ここからが本題なんですが、そんな道化師さんに一つお願いがあるのです」
「なんだい少年、言ってごらん!」
少年は少し不安な表情を浮かべながら切り出した。
「道化師さんに…僕の住んでいる孤児院に来てほしいのですが…」
孤児院!これは驚きのワードだった。確かに、この少年の衣服は汚れて少しみすぼらしいものを着ている。
「ほぉ、これは意外なスカウトだねぇ。それでまた、どうして僕が必要なんだい?」
僕が何気なく尋ねると、少年は不安を浮かべた表情の中、期待の眼差しを向け、僕に熱く語りかけてきた。
「最近、皆が大好きな先生が辞めちゃって…皆、すっかり落ち込んでいるのです。なので、ぜひ道化師さんの愉快な芸で、皆の元気を取り戻してほしいのですよ!」
「……」
「あ、あの…?」
「…その話に僕が乗ると思ったのか?」
「え!?…え~っと…だ、駄目ですか…」
「良いに決まってるだろ!さぁ、さっそく僕をキミの孤児院とやらに連れてゆくのだ!少年!」
「ま、紛らわしいこと言わないでください!断るかと思いましたよ!」
少年は声を荒げながらも、その声には明らかに喜びの感情が込められていた。僕は、荷物を手早くまとめるという技術をこの大道芸の旅の中で身につけていたので、すぐに出発の準備を済ますことができた。
「ところで少年、君の名前は?」
「僕の名前はチャックです。皆もそう呼んでいます」
「良い名だね、チャック。僕はジェイミー・アレクサンダー・ロドリゲス三世だ」
「え、え~っと、なんて呼べば良いですか?」
「三世と呼んでくれたまえ」
「なんでそっち!誰のことか分かりませんよ!」
「はっはっは!まぁ好きなように呼んでくれたまえ」
なんとも愉快な、チャックとの出会いで心を潤わせながら、僕はチャックの案内についていった。
「え~と、こちらになります…」
住宅街のすぐ近くにチャックの住むという孤児院があった。そこそこ広い広場の向こう側に、学校の校舎のような形で佇んでいた。
「中々年季の入った建物ですねぇ、チャックさん?」
「突然の敬語…え~と、どこから案内しましょうか?ジェイミーさん。」
僕はわざとらしく考え込む仕草をしたが、ぶっちゃけ案内してほしい所はすでに決まっていた。
「ふむ、僕は是非とも君のお友達に会いたいよ」
「そうですか…なら、今は丁度夕ご飯中ですから、食堂へ行きましょう」
食堂には、なるほど十人前後くらいの少年少女達がそれぞれ食事の準備をしていた。僕とチャックが入室すると子どもたちは一斉に僕に顔を向けた。
「誰、あんた?ピエロ?」
「ハッハッハ!察しが良いね。そう、僕は道化師のジェイミーっていうんだ!」
「ふ~ん、なんでピエロがここに?」
おっとっと。少年少女達は明らかに怪訝な目を向けている。なんとか警戒心を和らげたいものだ。
「いやぁ、このお友達のチャック君が言うには、君たちがどうも最近元気がないとのことでね。ぜひとも僕の素晴らしい芸で元気になってもらおうと…」
「いらない」
おうふ。一刀両断だ。
「ピエロの芸なんて見ても…楽しくないもん!」
「そうだ!そうだ!」
こうも子どもたちから否定されるとは。さっきまで元気だった僕のメンタルはボロボロだ。しょぼん…
「ちょ、ちょっとみんな!ジェイミーさんに失礼じゃないか!せっかく来てもらったんだよ?」
「チャックが勝手なことしただけだろ!…ピエロなんかが、先生の代わりになるわけないじゃないか…」
反論した少年がとても悲しそうな表情を浮かべた。
「…ふむ、君たちはそんなに先生が恋しいのだね」
「…」
「確かに僕は先生の代わりにはならないよ。ただ、先生とは違って不思議な芸ならできるけどね!」
「なら…先生をここに出してみてよ、不思議な芸が使えるならさ…」
結局、僕は少年少女達の心の扉を開けることはできなかった。とぼとぼと廊下を歩いていると、チャックが口を開いた。
「…ほ、本当にごめんなさいジェイミーさん。せっかく来ていただいたのに…」
「ノンノン、チャック。君が謝る事じゃないよ。しかし、皆先生がいないのが相当ショックみたいだね」
「はい…みんな、先生のことが大好きでしたから…」
「ふ~ん、ならば、これは芸とかよりも…だなぁ」
「…?」
隣でチャックが不思議そうな表情を浮かべる中、僕の中で一つの案が浮かんだ。次こそは皆を元気にさせてやるぞ!と、決意を固めながら僕は不適に微笑んだ。




