排他的な村 6
翌朝、彼女は徐々に明るくなりつつあった部屋で少女はゆっくりと起き上がる。どうやら既に目は覚めていたらしい。軽い欠伸をした後にベッドから降り立ち上がる。そしてまだ白み始めたばかりの東の空を目を細めて眺めた。
「…おはよう。アンナ。どうだい、よく眠れたかい?」
ふと彼女の胸の辺りからそう声が聞こえた。そこに視線を落とさずとも、昨晩からずっと彼女に抱き抱えられていた剣がそう言っていることは明白だろう。そんな剣の言葉に少女は寝起きの気だるげな声で、
「…なにそれ、皮肉?」
「そんなつもりはないけどなぁ」
彼女とは対照的に、剣の声色は普段と別段変わらない。…まぁ、恐らく睡眠を必要としないのだろうな。だから自分の苦労も知らないでそうのうのうと…。
少女はそうなんとなくむっと機嫌を損ねながらも、それがただの八つ当たりになることも理解できているためかそれ以上は口に出さない。しかしその不機嫌さは少しだけだが感じ取れる。
「アンナってさ。寝起きは大体不機嫌だけど、今日は特に、だね」
その要因の一つに自身が存在することに気付いていないのか、それとも敢えて知らぬふりをしているのか…。どちらにせよ、剣のそのあっけらかんとした態度が今の少女には癪に障る。が、それに付き合っても余計に逆撫でされるだけだ。……それはそれで腹立たしいのだが…。
とにかく今は相手にしない方がいい。巧くあしらうことができない現状ならば、無視が一番の最適解だろう。そう思った少女は窓を開け、朝の新鮮な空気で深呼吸をして気分を落ち着かせてから、
「…知らない」
とだけ返して身支度を始めた。今日はなるべく早めに出発したほうがいいだろう。様々な理由はあるが、とにかく自分はここから離れた方がいい。何かが起こる前に去ってしまうのが無難だろう。そう思った結果の行動だ。
そして日も遂に姿を現し、部屋の中に眩い光が差し込んできた頃、少女は身支度を終えてベッドに寝かされていた剣を背負う。それまでの何だか色々と言っていた気がするが気に留める必要はない。
「アンナちゃん?もう起きてるのかい?」
ふと、部屋の扉が軽く叩かれる音が響き、それと同時に扉の向こうから声が聞こえた。少女はびくりと身を震わせそちらの方へ向き、
「は、はい…!起きて、ます…!」
彼女の返事を聞いたその声の主、青年は相変わらず優しい声で続けて言う。
「そうかい。起こしてしまったかな?ごめんね。朝食はこれから作るから…」
「そ、その!あ、ありがたい、んですけ、ど…私、もう…」
しかしそれを少女の弱々しい声が遮った。彼女は彼が作る朝食を待たずしてここを出発するつもりらしい。そんな様子の彼女に少々驚きを見せた青年は、
「え、いいのかい?朝食ぐらい、僕は別に構わないんだけど…」
「い、いえ…。大丈夫、です…」
遠慮する必要はない、そう伝える青年だったが少女も頑なに譲る気はなさそうだ。そんな様子を感じ取った青年は小さい溜息の後に、
「…わかったよ。君も先を急ぎたいんだね。邪魔をしてごめんね」
「い、いえ、こちらこそ、ごめん、なさい…」
折角の厚意を無下にしてしまった。少女はそう申し訳なさそうに扉を小さく開け、その隙間から見える範囲で謝罪の意を述べる。しかし青年の方も彼女に気を使わせてしまったらしいことに対して繰り返し頭を下げる。…そんなある意味不毛なやり取りの後、ようやく部屋から身体を出した少女は家の外まで見送ってくれた青年に対して相変わらず感謝と謝罪を述べながら、そのまま日も昇り始めたばかりのまだ目覚めてもいない村から立ち去った。
そして一人と一振りは、まだ熱気を感じない朝の空気を纏いながら集落を後にする。徐々に日の当たった色味を帯びた領域も増えてきていてそろそろ世界全体の目覚めも近い。
「…それでさ、アンナ。気付いたかい?」
もう背後の集落も薄っすらと確認できるかどうかといった距離になったところで、ふと剣がそう訊ねてきた。それに少女は一瞬押し黙った後にぽつりと、
「……あの人、只の人じゃなかったね…」
「おそらく、彼が原因だろうねぇ」
一人と一振り共々、どこからか何かを感じていた。よくないもの、害する意志のようなものを…。
それが何を意味するのかまでは解らない。…いや、解ってしまっていたらこう簡単に村の外に出ることはできなかっただろう。…だからこそ、件の旅人達は…。
…いや、無闇な詮索はしない方がいいだろう。どうせ今持ち合わせている事実のみで考えたところでただの推測の域を出ない。はっきり言って無駄な行為だ。
……ただ一つ、明確に言えることがある。それは、あの村には”村人すら知らない何か”が存在する。ということだろう。




