第90話・祝宴の日々パート2
駿河・河東、武蔵・河越の戦も終結し東国に暫しの平穏が訪れています。
とは言え北条氏康の株は爆上がり。
勢いに乗じ甲斐に圧力を掛けて来るのは時間の問題。
駿河今川も北条との紛争を解決し今後は西に向かうのか、北条と手を携え坂東の利権を狙うのか…
周辺勢力の動向が気になる所ではありますが、今回は祝祭を楽しむ甲斐信濃の様子を見ていきます。
戦国奇聞! 第90話・祝宴の日々パート2
ここ諏訪上原城城下は小笠原長時の焼き討ちからほぼ復興し、道幅が広がった街道は以前に増した賑わいである。
家々には提灯と祝いの旗が飾られ一段と華やいでいる。
今日は領民も心待ちにしていた諏訪頼重の娘 湖衣姫と武田晴信の弟 信繁の婚礼の日であった。
今川援軍として駿河河東に派遣していた将兵も帰還し、当主晴信も憂いなく甲府を離れ諏訪に赴けたのである。
大広間では奥に上段(高砂)が作られ、金屏風の前に新郎新婦が座らされている。
一段下がった所には5~6名が座れる円卓が多数ならび、それぞれの円卓には席札が置かれていた。
現代の結婚披露パーティー(円卓会場)を思い浮かべて貰うと判りやすい。
立場の上下(上座下座)を判らなくする円卓のアイデアは川中島の大宴会でも使われた物であるが発案は当然、城西衆であった。
さらにこの婚礼の席次は より踏み込んでいた。
ひとつの円卓には武田・諏訪家の同じ立場、役職の人間が同席となる趣向であった。
武田家諏訪家それぞれの一門衆(親戚)が同じ卓、両家の重鎮同士を同じ卓という様に強制的にお近づきにさせる席次である。
現代の結婚披露パーティーでも主賓客はともかく、親族仕事関係友人は新郎側 新婦側で分けるのが普通であろう。
これは来客に余計な気を遣わせない為の心遣いなのであろうが、今回の席次は武田家諏訪家に強い絆を作ると言う 信繁の意思表示であった。
宴席に通された人々は同卓の慣れぬ顔ぶれに驚いた様だったが、意図を説明され意気に感じたのか盛大な無礼講となったのであった。
宴も酣となった頃諏訪満隆が銚子を片手に山本勘助の席に近づいて来た。
満隆は諏訪当主頼重の伯父で一時は小笠原長時の調略に乗り、武田に反旗を翻そうとした人物である。
が、いとも簡単に論破され信繁の聡明さと懐の深さを知ってからは信繁のファンを公言し、親衛隊を立ち上げたりしているのだ。
「良き宴じゃな山本殿、ま 一献」
「おぉこれは満隆殿、恐れ入り申す。 ささ御返杯」
「いやぁ此度は河東も勝ち戦、目出度とう御座る。
しかも武蔵の大乱は真田殿を陰で操り今川に嫌がらせをするなど…いつにも増して姑息な軍略、恐れ入り申す」
「…」
満隆は未だ武田本国は信用していない節があり、晴信の軍師 勘助も信じていない。
まぁ見た目と日頃の大言壮語を鑑みると、胡散臭く無いとは言い難い勘助を疑う満隆の心境も判らないではないが…
酒が入って本音が出て来た満隆に真田幸綱が背後から声を掛けた。
「おぉ満隆殿 ご機嫌じゃな。 今 儂の名が聞こえた様じゃが又悪態を申されて居られるか?」
「お、幸綱殿。 其許にでは無い、我はこの髭面にじゃな ひとつ意見をしようと…」
「髭面は貴殿も同じであろう、高砂で信繁様がお呼びじゃ。 早う行かれよ」
「お! 信繁様が! うむ早速」
酔眼の満隆は疎疎と離れて行った。
代わりに隣に腰を落とした幸綱が勘助に話しかけた。
「満隆殿は邪気の無い方じゃが思い立ったままに動かれるゆえ、たまにハラハラする」
「幸綱殿に助けられたようじゃな」
「なぁに、斯様な時は信繁様に押し付けるのが一番なのじゃ」
「…信繁様がお呼び、ではないのか?」
「猪突猛進する諏訪衆を抑えるのが御自分の御役目じゃ…と 日頃から信繁様が申されて居るからの。
いきなり押し付けても文句は言わんじゃろ。
所で勘助殿 我らが持ち込んだ例の物は如何なっておる?」
「おぉ 禰津兄妹が手に入れてくれた例の物じゃな。
あれに詳しい弟子が城西屋敷で仕掛けを探り、図面に落としておる。
書けた傍から出入りの鍛冶屋に注文しておるゆえ、直に出来上がるのではないかと思うておる」
「それは重畳。 これで雪斎党は恐るるに足らずじゃ」
「うむそうじゃ。今宵は存分に美酒を味わおうぞ」
「それは良いが明日は忠の元服じゃぞ。 二日酔いで欠席なんて事にならん様にな」
宴も終盤となり領主諏訪頼重から終宴の挨拶が述べられる段となった。
式進行役の田中淡路が高らかに頼重に振ったが反応が無い。
見ると頼重の席には煌びやかな塊が…頼重は叔父満隆と飲み比べに興じ酔い潰れていたのであった。
花嫁の父が何やってんだよ…と言う為体で、焦る進行役淡路を尻目に高砂の湖衣姫がすっくと立ち上がった。
状況を見て取った信繁も隣で立ち上がったのをチラと見た湖衣姫が宴場に向かい良く通る声を発した。
「本日の宴に晴信様、近隣諸侯の列席を賜り恐悦至極と存じます。
本来なれば父頼重より皆様へ申し上げる所ではありますが、照れくさいのか斯様に寝たふりをしておりますゆえ 妾よりお伝え申します」
風変りな婚礼と感じていた客たちはまた何か始めると思い、高砂に立つ新郎新婦に顔を向けた。
湖衣姫は客たちの意識が向くのを待ち話始める。
「まず父頼重は本日の婚礼を機に政より身を引き、大祝の勤めに専念致すとの事。
諏訪の政は我が夫 信繁が執り行うゆえ御安心の程。
次に我が弟 虎王について…
武田の姫様を失い諏訪と武田の縁が薄うなったと噂されておる事は妾の耳にも届いて居ります。
我が夫 信繁はその様な声は心外と申され、禰々様の忘れ形見 虎王を我ら夫婦の養嗣子(家督相続人となる養子)となす事に決めました。
此度の婚礼は武田による諏訪の乗っ取りなどでは無い事、諏訪の者には得心するよう申しておく。
お判りかな満隆様…って酔い潰…大叔父殿も寝たふりをしてる様じゃ。
これにて妾と夫は失礼するが皆様は宴を御続け下さりませ」
挨拶を済ませた新郎新婦は一礼し会場から退席したが、残った客たちは呆気にとられ暫し会話する者もなかった。
花嫁が父に代わり領主交代や跡継ぎ問題を発布するなど 前代未聞の事であり、かつ 酒が入った者には今起きた事が処理し切れなかったのである。
そわそわと隣の人と今聞いた話を反芻する ざわざわとした雰囲気で信繁・湖衣姫の結婚披露宴は閉会となったのであった。
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翌日 上原城にほど近い真田屋敷では坂井忠の元服の儀が執り行われていた。
坂井以外の城西衆の生徒たちは数か月前に躑躅ヶ崎館で成人式を済ませていたが、坂井は約束を守り禰津神平の帰国を待っていたのであった。
烏帽子親は禰津政直通称、神平。
参列者は真田幸綱、山本勘助と母親代わりで大遠征を旅した望月千代や原彦十郎など八幡隊の面々、そして鷹羽たち城西衆全員である。
それ程広くは無い広間にギッシリと人が詰め込まれ、人気上昇中新人タレントのイベント会場の様な熱気である。
厳かに儀式が進み坂井忠はこちらの常識に従い頭髪を剃りあげ、月代を作った。
先に成人式を済ませていた達川たちはパスした “ちょんまげ” を結ったのであった。
坂井は冒険をしたくて夏休みにブリーチをかけ金髪にする乗りで月代を剃った訳では無い。
こちらの時代に飛ばされて来た当初から侍に成りたいと言っていた坂井にすれば、髷を結うのは待ち望んだ事であり当然の選択で、決意の程度は強いのだ。
参列していた総髪の男子生徒は騒めいた。
思いの強さゆえなのか “ちょんまげ” はダサいと思っていた彼らの目にも、清々しい月代に髷を結った坂井は凛としておりカッコ良く見えたのだ。
総髪は平成、令和のカワイイ女子の必須アイテムであるが、こちらの時代では無粋漢の髪型なのである…時代は変わったのだ。(意味が判らんな)
これを機に月代を剃ってみようかなぁ…と言う男子生徒が出て来る事が予想できる展開である。
まぁ現代では一般的と見られるツーブロックの刈り上げも かつては尖がった髪型と思われていた訳で時代は変わるのである。(これも意味が判らんな)
儀式は進み最後に忠という幼名?から通名だった忠継を諱とする事も宣言された。
成人して逆に中二病が深まった様ではあるが、本人が納得しているならばそれもまた良しであろう。
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元服の儀が終わり、別室で男女別れての宴会が開かれていた。
女部屋では作務衣基本の城西衆女子が今日は色とりどりの小袖で御粧しし、喧しくおしゃべりしている。
中畑美月は女子部のグループから少し離れ、望月千代と禰津里美から相談を受けていた。
「此度 望月などの女性達を集めまして歩き巫女の旅に出るのです」
「へー皆さんでお寺参りですか~、良いですねぇ…私も温泉旅行とかしたいなぁ」
「否…物見遊山では御座りません。 歩き巫女として諸国に諏訪明神の御札を授けつつ…東山道の諸国の動きを探り躑躅ヶ崎館に伝えよとの命でありまして…」 (※1)
「え?諸国の動きを探るってSPY…忍者をしろって事?!」
「…まぁその様なものですが、声が大きゅう御座ります もそっとお静かに」
千代は美月を宥めながら声を潜めて続けた
「斯様に驚かずとも 滋野一族は予てより修験者の姿を借りて隣国の探索などはしておりましたゆえ、手慣れたもので…」
「だって…女性の忍者って “くのいち” って言うんでしょ。
くのいちって言えば色仕掛けで秘密を聞き出したり…でしょ!
神聖な神の使いに何やらせるのよ それに千代様は人妻でしょ!
とんでもない指令よね…私に相談って 判った、止めて欲しいのね。
任せて!躑躅ヶ崎に行って晴信さんに止める様に言うわ!」
美月の偏った戦国雑学では女性の忍者は いかがわしい技を使うハニートラップ専門であった。
武田晴信が千代たちにそれをさせようとしていると早合点し義憤に駆られ出したのだ。
再び声が大きくなった美月を抑えて今度は里美が口を開いた。
「美月様違いまする、落ち着き下され。
諸国の探索は渡りに船の御役目なのです。
我らの様な小さき領主は相手の動きを早く捉え、機先を取らねば生き残られませぬゆえ 兄(神平)は言われずともやろうとしておりました事。
それに歩き巫女での探索は我らにしか出来ぬ 上出来の策と思うているのです!」
「里美ちゃんまで洗脳されて…
スパイ網が欲しい理由は判ったけど くのいち はダメ、ハニートラップなんて絶対ダメ!
まったく色仕掛けなんて晴信さんはスケベなんだから…私から御屋形様に言ってあげるからね」
千代と里美は怪訝な表情で顔を見交わした。
美月の言葉 “くのいち” も “ハニートラップ” も千代と里美は知らない言葉である。
しかし美月が何か勘違いしているらしい事は察しが付く。
千代がおずおずと
「ちょっと…美月様?
何やら行き違いがある様で…我らが歩き巫女で聞き出すは作物の出来や年貢高、領主の評判などで御座いますよ。
巫女が色仕掛けなど とんでも御座りません」
「へ?」
「それに歩き巫女の組を作ってはどうか と申し出されたのは武田の殿では御座りません。真田の幸綱様で御座りますよ」
「え幸綱様!」
「左様です。 それも駿河で美月様が紗綾殿の足取りを聞き出した手際を思い出され、巫女で探査を と申されたのです」
「え嘘!私が切っ掛け? …えヤダ~ …どうしよう
あ、私への頼み事って何? 歩き巫女のオファー?」
「…」
千代と里美は再び怪訝な表情で顔を見交わした。
どちらが喋るか譲り合いの後 千代が説明を始める。
「諏訪の巫女は有難い御札をお授け致しますゆえ、大抵の国へは出入り出来まするのですが…御札だけでは話の糸口も人の集まりも心許無くありまして…」
「うーんそうね ありがたいって言っても御札だけじゃね…
フフフ奥の手を教えてあげる。 人の口を軽くさせるのは御菓子よ。
女性なら全員、男の人でも3人に1人は御菓子で口を割るわ!」
「あ否、施菓子会の事は伺って居りますが…菓子は何分元手が掛かりますゆえ我らでは無理かと…」
「そっかぁ、こっちではチロルとか仕入れられないもんねぇ あ~チョコ食べたい。
…じゃ後は何かしら」
「城西巫女と言えば巫女行列で奉納された神楽舞と神歌で御座ります」
「神楽舞とかみうた…て 何それ、知らないけど」
「いえいえ 城西巫女の神楽舞と神歌の噂は諸国にも伝わっておりますよ。
何時ぞや諏訪の大祝と城西衆鷹羽様が法力合戦をされた際に披露された煌びやかな神楽舞は諏訪衆の語り草。
またここ真田屋敷で城西巫女が謡われた神歌は、忍芽様を亡くされた真田の方々を大いに御慰めなされたとも聞いて居ります。
その舞と歌を是非ともお教え願えれば と」 (※2)
「え…それでいいの? それなら簡単! 『城西シスターズ』の皆も来ているし、桜子ちゃーん ちょっと!」
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美月は桜子や薫たちを呼び寄せワイワイと賑やか。
微笑みながら女子部の恋バナに耳を傾けていた千代が ふと話を変えた。
「所で…忍芽様の喪もそろそろ明けて、幸綱様も後添えを考えねばと、身内では話して居りますの。
幸綱様は美月様を満更でも無いと見受けられますが…美月様はずっと独り身で過ごす御つもりか?」
キャピキャピと囀っていた薫たちがピタっと黙り美月の顔を見る。
その視線に何か回答せざるを得なくなった美月は目を泳がしながら
「!ゑ 幸綱様とって…いやいやいや、あの方は推しですから…
それに私 庶民の出ですしぃ 幸綱様は武田の姫とかじゃないと釣り合いが…」
「否 滋野一族の中には未だに武田の衆を信じておらぬ者も居りますが、少なくとも望月、海野、禰津は城西衆の方々とは昵懇にさせていただきたいと思うて居りますぞ」
「そんな… だってほら、私 巫女だし」
「この千代も歩き巫女として諸国を巡る覚悟ですが望月盛時室でもありまする」
「えーと・・」
女子部は顔を見合わせ
「わーお♡!♡!」
タイミング良く(悪く?)中林巴が干し柿を籠に乗せ、輪に加わった。
「何々なに? 皆顔赤いけど…なに?」
歩くスピーカーの巴の耳に入ってしまう!
という事は遠からず甲斐信濃に噂が広ってしまう!!
美月は慌てて巴の口を塞ごうとしたが、止まった。
心の中のブラック美月が囁いたのだ ”これは もしかしたら ありかもしれない” と。
止めに入らない美月を見て女子部は思った。 ”先生、外堀から埋めにいったぞ” と。
取り敢えず 嬉し恥ずかしの空気で真田屋敷の宴会は続くのであった。
第90話・祝宴の日々パート2 完
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※1:甲斐諜報部門は秋山十郎兵衛が束ねる透波衆であるが、駿河(今川)・相模伊豆(北条)の諜報活動で手一杯となり、山間部の国々までカバー出来ない状態であった。
そこで紗綾救出で諸国を回った真田縁者に東山道の情報網構築が任されたのである。
※2:人の集まる所には情報も集まるので祭りや市での諜報活動が効率が良い。
歩き巫女が個別訪問で御札を配るだけではタイパが悪いので神楽舞で人を集め、布教と諜報活動の効率化を図ろうという妙案である。




