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第37話・奪還

紗綾を追って辿り付いたのは、嘘か真実かの秘在寺。

紗綾捜索隊の活躍はいかに! ヒーローは誰だ!?

戦国奇聞!(せんごくキブン!) 第37話・奪還(だっかん)


 真田幸綱たちは獣道を進んでいた。

 太原雪斎が開山したばかりの寺を探る為の迂回行動である。

 目当ての寺は、草薙紗綾を連れ去った雪斎党が潜んでいると思われる秘在寺(ひざいじ)である。

 こんな怪しさ大爆発!透波(すっぱ)ホイホイ とも思えるネーミングの寺、罠であっても見に行かざるを得ない。

 さすがに表口から(おとな)う訳にはいかないので、裏手から覗き見る事とした。

 郷島浅間神社の裏から崖の様な坂を上り、樹々の間に微かに判る獣道を辿って秘在寺(ひざいじ)を見下ろせる場所を探す。

 空はまだ光が残るが、足元は既に闇に紛れかけている。

 先頭の禰津神平は迷いなく進むが、後ろを歩く坂井忠は付いて行くのがやっとである。

 その後ろを守る様に歩く幸綱が、坂井にだけ聞こえる位の声で話かける。


「足元を良く(よう)見て、神平殿の踏んだ足跡を辿るのじゃぞ。

動きは小さく、音を立てずに呼吸は大きくゆっくり、じゃ。

それと、寺に紗綾殿が(おっ)ても居なくて(おらんで)も焦るでないぞ。

今日が駄目でも我等がバレなんだら、明日も探れるからの。

バレれば、また何処(いづこ)に消えるやも、知れんでな」


 坂井は無言で頷いた。

 程なくして眼下に建物が伺える崖上に出た。

 崖上と言っても1丈(約3m)程の高低差であり、下の物音は聞こえる高さである。

 神平は腰を沈め、後ろ手で坂井にもしゃがむ様指示を出した。

 崖際には土留めを兼ね植えられたのか、青竹が伸び、その間から板葺きの屋根が見えている。

 割と大きな建物が一つ、それと長い廊下で繋がった小屋が確認できる。

 その向こうは木立の葉に隠れ、一部しか見えないが、他にも小屋が在りそうである。

 音も無く神平の横にしゃがみ込んだ幸綱が、目を凝らしながらボソボソと見えた物を上げていく。


「大きな建屋が本堂か?…否、壁が無いのう…神楽殿か?渡り廊下で小屋と繋がっておるが、その先は見えぬの。

ここだと(ひさし)で中が見えぬの…もそっと向こうの、あの大樹の先に回ってみるか」


 音を立てぬ様、中腰でそろそろと崖上を回り込む幸綱たち。

 周りはすっかり暗くなり、目を凝らしても建屋のシルエットしか見えぬ程度になってしまった。

 今日は諦め戻ろうとした時、渡り廊下の先に灯りが見えた。

 手燭を持った黒ずくめの男たちが数人現れ、素早く廊下を渡り、舞台の四隅の燭台を灯し、そのまま舞台下の灯篭に火を移して回る。

 神平が幸綱に向かい、声を出さず口の形で “伊賀者じゃ” と伝えた。(じゃ)の道は(へび)、動きでどこの忍びか解るのであろう。

 舞台の周りは白洲となっており、灯篭の灯りが反射され、闇の中に真新しい舞台が浮かび上がった。

 四隅の燭台で今まで見えなかった舞台の上にも光が届き、真ん中に置かれた供物台(くもつだい)が認められた。

 上には穀物や豆、何かの肉が載っている様だ。

 何かが始まりそうな成り行きに幸綱たちは固唾をのんで見守っている。


―――――――――

 再び渡り廊下の先に灯りが見え、手燭を持った(いか)つい侍と、丸頭巾に白い布で顔を覆った修験者(山伏)の様な男が現れた。

 男たちの前には鮮血の様な(くれない)の装束の少女が(はかな)げに立って居り、手燭に押されるように、廊下を渡って来る。

 そして舞台の中央に来ると何か待つ三人。

 何かの儀式が始まったのか、舞台の外の白洲に白い修験者が現れ、(うやうや)しく光り輝く剣を捧げ持っている。

 (いか)つい男が剣を受けとると、舞台中央に向かい声高に喋りかけた。


「導師殿、これはまた見事な宝刀ですぞ。

…太源雪斎が魂を込めたと聞いて居るからか、何やら背筋が冷たく(つめとう)なるわい」


 喋りかけられた白い布で顔を覆った修験者はくぐもった声で答えた。


「藤林殿、声が高いわ。

フ…雪斎殿の霊験、如何ほどの物か…ま、信じる者は救われる。じゃな。

…草薙さんも、己を信じるんだよ。自分が信じないと相手も信じないからね…」



 崖上で声を聞いた坂井は思わず腰と声を上げかけた。

 咄嗟に背後に居た幸綱がのしかかる様に坂井の動きを封じ、ついでに坂井の口も手で塞ぐ。

 そして坂井の耳元で囁いた。


「落ち着け、忠。…良―く見よ。あれに居るは紗綾殿に相違ないか?」


 坂井は目を細めたり見開いたりして、紅装束の少女を凝視した後、背後の幸綱に囁き返した。


「間違いない…です。ちょっと痩せたみたいだけど、あれは紗綾です」

「左様か…あの修験者に心当たりがあるか?」

「…たぶん、教頭。ねちっこいから」

「うむ、上出来じゃ」

「どうやって取り返すの?…ですか」


 幸綱は坂井の体から身を起こしながら、さらに声を潜め言葉を継いだ。


「今日はダメじゃ、こちらの駒が足らん。…今は紗綾殿を確かめただけでも上々。

一旦戻って 策を練るぞ」


 幸綱が渋る坂井を()かし、戻ろうとした時 崖下の舞台から鈴の音が鳴った。

 目で音を追うと 舞台にはいつの間にか数人の白装束の巫女が上がって居り、各々神楽鈴(かぐらすず)を振り、紗綾を囲うのが見えた。

 それに被せる様に、教頭と思われる修験者が紗綾に命じた。


「さあ、草薙さん、(つるぎ)を持って 教えた通りに舞いなさい。

己を信じてね。…駿府で待っているお友達も、君の舞に掛かっている事を忘れ無い様にね」


 命じられた紗綾は藤林と呼ばれていた、(いか)つい男から受け取った光り輝く(つるぎ)を天に(かざ)し、ゆっくりと舞い始めた。

 周囲の巫女が神楽鈴(かぐらすず)をゆったりとしたリズムで鳴らし、賛美歌の様な祝詞(のりと)を唱え出す。

 ほの暗い舞台で霊体の様な白い巫女たちに囲まれ、光る剣を振る紅の紗綾に幽玄な気が集まって来るのを感じ、坂井たちを含め、周りの者は紗綾の舞に魅入られて居た。

 神楽鈴(かぐらすず)が徐々にテンポを上げ、紗綾の舞もシンクロし、舞台の端から端まで使い、大きく激しくなって行く。

 雪斎が剣に込めた霊験か、紗綾の持つ霊力の仕業か、遠くの山から雷鳴が聞こえだし、舞台の気が一気に濃く、重くなったように感じられた。

 目を離せなくなっている幸綱の肩を軽く叩き禰津神平が空を指差した。


「何やら雲行きがおかしい。水の匂いがして来た。…これは雨乞いか?」


 呪縛から解かれたように幸綱は肩をゆすり、鼻をヒクつかせ


「本当じゃ…これは一雨来るぞ。…城西衆の巫女は皆 神憑りじゃな。 いかんいかん、何やら嫌な予感がして来た。早く(はよう)戻ろうまい」


 幸綱が坂井を責付(せっつき)崖上から後退りし始めた時、舞台の上の紗綾が舞台端で気合を込め(つるぎ)を突き上げた。

 すると 

挿絵(By みてみん)


 と、幸綱たちの背後の大木に雷が落ちた!!


「うわ!!」


 坂井が吹き飛ぶ様に崖下に落ち、(かば)おうとした幸綱が続いて落っこちた。

 一人踏みとどまった神平は素早く身を伏せる。


―――――――――

 舞台で舞っていた紗綾と巫女、そして舞台の周りにいた者たちも落雷の衝撃に倒れ伏した。

 舞台四隅の燭台は消え、紗綾の状態は伺えない。

 舞台下に控えていた藤林は、落雷の一瞬 身を伏せた。きっと咄嗟の衝撃には強いのであろう。流石に(いか)ついだけの事はある。

 しかし閃光と轟音で目と耳がいかれ、落ちて来た坂井達には気付いていない様だ。

 一方の坂井と幸綱は、運よく盛り土の上に落ち、無事だが衝撃で動けないでいた。

 数舜の後、藤林が崖上で雷を受け燃えている大木を指差し、周りの者に下知した。


「落ち着け!雷じゃ。 こちらに火の手が移らぬように消し止めよ!」


 藤林の声で統率が戻った黒ずくめの男たちが身軽に崖を駆け上る。

 漸く動けるようになった幸綱と坂井は、這うように移動しだした。

 周りの意識が崖上に向いている間に、反対側を目指すのだ。

 舞台の上では巫女たちが状況を把握し始め、紗綾も恐る恐る身を起こした。

 紗綾は朦朧とした視界の中で、何か動くモノを捉えた。意識と視界が戻った中で坂井忠と目が合った。

 …紗綾の口から言葉がこぼれた。


「忠君?…え、忠君!?」


 坂井も目が合ったまま、動きを止め、見合ってしまう。

 紗綾の声に慌てて口に指を当て “シー” としたが遅かった。 

 舞台で声を聞いた香山に気付かれてしまったのだ。


「誰だそこに居るのは!」


 バレた! が、幸綱は動じない。

 逃げれば追いかけて来るのは犬も敵も同じである。

 こんな時こそ 堂々と立ち上がり、とっておきの(ほが)らかな声で


「勝手に入り込み申し訳ござらぬ。 儂らは旅の途中で、怪しい者では御座らぬ」

「嘘をつけ!旅の者がこんな所に潜んで居るか!」


 …失敗の様だ。

 事態に気付いた藤林が、境内に残っている黒ずくめの男に指示を出す。


「怪しい奴が居るぞ。 囲め!生け捕るのじゃ」


 幸綱と坂井は駆け寄って来る男たちから逃れようと、舞台に駆け上がった。

 舞台では白装束の巫女たちが素早く幸綱たちの前に入り、紗綾を背後に庇う。

 各々短刀を手に、訓練された構えである。

 反射的に抜刀し対峙する幸綱。

 燭台の灯が消え、崖上の大木の炎で照らされた舞台では、白い巫女だけが目を奪う。

 背後からは黒ずくめの男たちが迫る気配も感じるし、こっちは忠も守らねばならんし…どうする幸綱!

 追い詰められた状況で坂井が叫んだ。


「紗綾を返せ!ゲス教頭!」


 “ゲス教頭?” 幸綱たちを囲んだ者達は、誰に向けての言葉か理解できず、一瞬動きが止まり、周りを伺った。

 すると舞台の暗がりから修験者が進み出て、くぐもった声で答えた。


「教頭と呼ぶお前は誰だ?」

「紗綾の従兄(いとこ)の坂井忠だ!誘拐犯!」

「…そうか、鷹羽の所の生き残りだね。…駿府でバカ騒ぎしていたとは聞いていたが…」


 やり取りを聞いていた藤林が舞台下から声を掛けた。

 圧倒的に有利な状況と見て、声に余裕がある。


「導師殿の知り合いか?打ち捨てるか(とりこ)にするか、どうされるかな?」

「ふ、どうするかな…取り敢えず草薙さんを安全な所へ連れて行ってくれ」


 見ると、紗綾は白い巫女に両肩を押さえられ、守られると言うより拉致されるように渡り廊下に連れて行かれる。

 香山の横を過ぎる時、一瞬のスキを突き 肩を揺すり巫女の手を外し、逃れようと供物台(くもつだい)に走ったが、瞬時に巫女に囲まれた。

 紗綾は供物を周りに投げつけたが、ジワリと包囲は狭まる。

 周囲を見た紗綾は坂井目掛け、助けを求める様に供物を投げ、後ろに走ろうとしたが取り押さえられた。

 坂井は助けに入ろうとするが、黒ずくめの男が苦無(くない)を構え紗綾との間に走り込み、阻まれる。

 藻掻きながら連れ去られる紗綾を唇を嚙みながら目で追う坂井。

 舞台の上では包囲された恰好の坂井と幸綱が取り残された。

 更に有利となったと見た藤林が、急ぐ様子もなく香山に問いかけた。


「巫女どもは引っ込みましたぞ。残りは如何すれば良いのじゃ?」

「そうじゃのう…取引の道具になるゆえ、若い方は虜にせよ。もう一人は殺しても構わん」


 香山の指示を聞いて藤林が下知するより先に幸綱が吠える。


「儂も若いわい!」


 吠えると同時に幸綱は香山に向かい(つぶて)を投げた。

 包囲していた黒ずくめの一人が、苦無(くない)で香山に向かう(つぶて)を寸前で打ち落とす。

 パッ と(つぶて)から煙が上がり、黒ずくめと香山が激しく咳き込みだした。

 禰津神平工夫の目潰し弾である。

 芥子(からし)山葵(わさび)山椒(さんしょ)の粉を細かな砂と混ぜ、ウズラの卵に仕込んである。

 武芸の(たしな)みのある者ほど、飛んでくる矢、手裏剣、(つぶて)を打ち払う傾向がある。

 打ち払われると卵は砕け、ジャパニーズスパイスの洗礼を受けると言う仕掛けだ。

 幸綱は背後の黒ずくめ、舞台下の藤林にも(つぶて)を投げた。

 あちこちでポワッと煙が上がり、付近の者が皆 咳くしゃみに見舞われている。

 巻き起こったプチパニックに乗じ、幸綱は坂井の手を取り 咳き込む香山の方へ駆け出した。 

 香山は咳き込みながらも迫る幸綱から逃げようと、本能的にしゃがみ込んだ。

 幸綱と坂井は香山の頭を踏み台にして、包囲を脱した!

 藤林は連続するくしゃみで手下に下知できず、対応が遅れる。

 チラと肩越しに状況を見、ニヤリとする幸綱。このまま、逃げきれそうだと 渡り廊下を走る。

 廊下の先の小屋を突っ切り、そう広くもない境内からの出口、山門が見えた時、目前を塞ぐように人影が現れた。

 踏鞴(たたら)()んで止まる幸綱。

 灯籠の淡い光の中に浮かんだのは、気怠げだが人を見下した様な目をした若い男であった。

 それが幸綱たちの前でゆらりと分かれ、二人となった。

 顔、姿かたちが瓜二つの男が幸綱たちの進路に立ち塞がった。

 刀を向けつつも目を擦り 焦点を合わせなおす幸綱に向かい、右側の男が揶揄(からか)う様に声を掛けて来た。


「もう帰るのかえ?夜は始まったばかりじゃぞ」


 幸綱の隣で坂井も目を擦り、疑問を口に出す。


「ナニこいつら? 二人に増えたよ!妖狐? あ、分身の術?!」

「判らぬ…したが伊賀者なれば(あやかし)を飼って居っても不思議は無いか…」


 今度は左側の男が声を出した。右と全く同じ声質だ。


「無礼な奴だ…狐狸妖怪(こりようかい)の様に言いよる。儂らは双子じゃ。ここは通さぬぞ」

 

 幸綱は呼吸を整え目の前の二人を観察した。

 面布もせずズケズケした物言い。先程の舞台辺りに配置された黒ずくめとは出来が違いそうだ。

 それも双子。 双子は常人とは違う気を通わすと聞く。…やはり狐狸妖怪に近いかもしれない。

 坂井を庇っての戦いは非常に不利である。

 背後からは遅ればせながら、藤林たちのくしゃみが近づいてくる。

 幸綱は左右を見渡し逃げ道を探した。

 キョロキョロする幸綱に再度 右側が声を掛ける。


「逃げ場など無いぞ。 大人しゅう我らに切られるか、(とりこ)になれ」


 幸綱はかなり説得力のある言葉だと内心頷いた。

 囚われても忠は命は取られぬであろう…ここは城西衆の命を第一にすべきか…覚悟を決めた時、視界の隅 上空に火が見えた。

 数本の火矢が唸りを上げ双子に降り注いだ。

 寸前で身を躱す二人。

 その機を逃さず前方の山門目がけ駆ける幸綱と…あれ?

 隣で同時に動いた気配があった坂井が居ない!

 走りながら横に視線を走らせると、飛び退いた双子の片割れに脇差で切りかかる坂井が見えた!


「わぁ!そちらではない!」


 忠の敵う相手では無い!

 幸綱は慌てて、助太刀に走る。

 しかし幸綱が走り寄る間、坂井は双子の片割れを圧倒していた。

 扱いを知らぬと危ないからと、長刀(なががたな)は持たせず 短い脇差を与えていたが、気迫の籠った太刀筋で押している。

 打ち取るかと見えた時、相手の影が分裂し、分かれた影が坂井を襲った。

 やっと辿り着いた幸綱が敵の刃を弾き返し、坂井を背後に庇う。

 チラと見えた坂井は腕を押さえ、片膝をついている。

 

「忠!無事か!山門へ走るのじゃ!」

 

 坂井の手を取り、身を起こすと 今度は数十本の火矢が見え、神平の声が聞こえた。


 「幸綱殿!こっちじゃ!」


 声の方角を見ると数名の手勢を従えた神平が切り込んで来る。

 神平たちに守られ、数十mを一気に駆け、山門を出た所で振り返ると燃える小屋が見えた。

 例の双子などの追手が掛かるかと身構えたが、奥から藤林の怒声が響く。


「鼠は放っておけ!火を消すのが先じゃ!」


―――――――――

 脱出した幸綱たちは、その足で美月たちをピックアップし、夜の安倍川沿いの脇街道を逃げた。

 楽な道は駿府に向かう下る道だが、追手の裏を書くため安倍川を上った。

 神平と共に秘在寺(ひざいじ)に切り込んだのは、先に津渡野(つどの)に潜っていた者たちであった。

 合流しようと神平が残していった印を辿り、急行すると雷は落ちるは、幸綱は大立回りしてるはの大騒ぎ。

 アドレナリン出まくりで走り、気が付けば数里を駆けていた。

 適当な祠で休みを取ったが、坂井がぶっ倒れた。

 古澤や幸綱が慌てて状態を見ると、左腕を掠れ切られている。浅手ではあるが、きちんとした処置が難しいこの時代では予断は許されない。


「済まぬ!儂と神平殿が付いていて、この様な仕儀(しぎ)に立ち至り面目次第も御座らん」


 幸綱が美月たちに詫びを入れると、坂井が口を開いた。

 血の気の引いた顔ではあるが、声はしっかりしている。

 

「幸綱さんは悪くない! 香山に見つかったのも腕を切られたのも、俺のせいです。

ずっと剣道やってたから、もっとイケると思ってた…修行のし直しだ…

それと、紗綾…目の前に居たのに」


 目に涙を浮かべる坂井を見て古澤が貰い泣きを始め、坂井を抱きしめた。


「グス…大丈夫だよ忠。 また乗り込めばいいんだ!こっちの人数も増えたから」


 そんな師弟の姿を見つつ、神平が申し訳なさそうに宣言した。


「古澤殿。済まんがそれはならん。彼奴らの動きは速い。既に姿を消したで御座ろう。

今回は残念じゃが失敗じゃ。

したが紗綾殿の扱いを見るに、何かを成すまで大切にされるじゃろう。

出直しはまだ出来ると見ておる。

それにまずは忠殿の傷を癒さねばならぬ。

…幸綱殿、それで宜しいかな?」


 掴んだと思った草薙紗綾であったが、指の間から逃がしてしまった…

 しかし諦めた訳では無い。皆一様に決意を新たにする紗綾捜索隊であった。


第37話・奪還(だっかん) 完


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