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52.闇を裂く勇気が欲しい



昨夜は殆ど眠る事が出来なかった。

眠ろうと試みたものの、目を閉じてうとうとした途端、何処かに潜んでいるアーサーにナイフで胸を一突きされるのではないかと想像してしまって恐ろしかった。

浅い眠りに落ちては飛び起きてを繰り返し、結局眠れたのは空が白み始めた頃だった。


寝坊して昼過ぎに目を覚ますなり身支度を整え、湖の畔の教会まで散歩に出掛けた。

もちろんドレスの下には短剣を隠し持って。




散歩の途中で摘み取った冬の野の花を、教会にある手入れの行き届いたロイスのお墓へと供える。

しゃがみ込んで墓石に刻まれた英雄の文字に触れながら、カサンドラは慎重に考えた。


あの男が私の居場所を把握している可能性があるとは思っていた。

けれどまさか、屋敷の中にまで簡単に侵入を許してしまうなんて‥‥。


夕べは暗くて気付かなかったけれど、使用人用出入口の扉の鍵が壊されていた。

ヒース・コートに来て間もない頃に屋敷を見て回った時にはきちんと鍵が掛かっていたから、ここ数日のうちに壊されたのだ。

カサンドラはそれに気付き、散歩に出る前に大慌てで扉に釘を打ち付けた。


その時の無我夢中な自分の姿を思い出し、ヒステリックに笑い出したくなった。

もう気が変になりそうだった。



あぁ、なんて哀れなカサンドラ。

私に平穏の時は永遠に来ないの?


このまま私がヒース・コートに居れば、あの男はまんまと私を殺せるという訳ね。

でも他に何処へ行けというのかしら?

リュクス・ガーデンにも、王都のタウンハウスにも帰れないのに。


カサンドラには分からなかった。もう何も考えたく無かった。




暫くぼんやりしていると背後から草を踏むような音が聞こえてきて、無意識の内に体を強張らせた。


「貴女は随分と信心深いようですね」


聞こえてきた静かな声で安堵し、立ち上がって声の主に顔を向ける。


「こんにちは、ミスター・ルベル。

何度も此処へ来てしまってごめんなさい」


「いいえ、何時でもいらっしゃってください。 此処は教会で、故人に語りかける場ですから」


太陽の光に照らされたフランシスはとても美しかった。男性的なハンサムさとはまた違った、神聖な泉のようなとてつもない美貌だ。


フランシスは先程まで私が見つめていた墓石を見遣り、静かに言葉を紡ぐ。


「僕の祖父もよく此処へ来て、墓石を見つめていました」


「えっ?」


「どうやら祖父の母。つまりは僕の曾祖母の日課が染み付いているのだと笑って言っていましたが」


静かに語られた話を聞き、私は思わず黙り込んでしまった。

実を言うと、カサンドラはずっと不思議に思っていたのだ。 どうして伯爵の家の血の濃い者が、国の隅のこの教会に葬られているのかと。

まるで忘れ去られた者のように。


カサンドラの表情から疑問を見て取ったフランシスは、手で牧師館の方を指し示す。


「今日はとても冷え込みますから。良ければお茶をお飲みになって行ってください」


即座に彼の意図を察したカサンドラは、彼の提案に頷いて見せる。


「えぇ、ありがとうございます。

ぜひそうしたいですわ」


きっとフランシスは何か知っているのだ。

ロイス本人に聞かずに勝手に彼の事を探るのを後ろめく感じながらも、好奇心を抑える事は出来なかった。

例え聞かなければ良かったのにと悩む事になったとしても、今の私にとっての道標が欲しかった。




墓地の傍に佇む牧師館の一室で紅茶をご馳走になり、芯まで冷えていた体が温まった頃合いを見計らってカサンドラが問い掛けた。


「貴方は伯爵家の者のお墓とおっしゃいましたわね」


「はい」


「気を悪くしないで聞いて欲しいのだけれど……どうして此処に?

伯爵家の者なら王都や伯爵領内、少なくともヒース・コートの敷地に埋葬される筈ではないかしら?」


「普通はそうでしょうね」


失礼なカサンドラの物言いにも、フランシスは何て事も無いように頷いた。

そして彼は向かい側の椅子から立ち上がり、マントルピースの上にあった肖像画を一つ取って私へと手渡した。


カサンドラはフランシスの榛色の瞳と目を見合わせた後、受け取った肖像画に視線を移す。

肖像画のフランシスはまだ幼く、母らしき亜麻色の髪の女性に抱き上げられている。

何てこともない、ただの家族の肖像画だった。



ただ一つ、祖父らしき人物の瞳がサファイアのように濃いブルーなのを除いて。



ロイスが何故いつも書斎の窓から教会のある方を見つめているのか、カサンドラは瞬時に理解した。




黙り込んだまま肖像画を呆然と見つめていると、見兼ねたフランシスが優しく声を掛けた。


「曾祖母のアメイサ・ルベルが、ヒースロット卿を此処へ埋葬する事を決めました。きっと死してなお離れる事が辛かったのでしょう。

彼女はよくあの墓石に寄り添い、涙していたようです」


「そうですか」


「と言っても、僕は祖父の話でしかアメイサの事は知りませんけれど」


「…………。」


どう答えたら良いのか。この真実をどう受け止めれば良いのか分からずに居ると、再びフランシスが助け舟を出す。


「アメイサはずっと独り身でしたよ。生涯愛した人はただ一人だけでした。祖父の名前はロイス。亡き父親から貰った名前だそうです」



その言葉を聞いて、覚悟が決まった気がした。

カサンドラはソファーから立ち上がり、フランシスに向かって頭を下げた。


「ミスター・ルベル。今日はありがとう御座いました。

おかげで勇気が出ましたわ」


「貴女のお役に立てたのなら良かった」



牧師館を出て墓地を横切った時、遠目からロイスの墓石が見えた。そしてカサンドラはある事に気が付き、更に勇気が貰えた。




ヒース・コートへの道を歩きながら、三ヶ月前の出来事を振り返る。どうすれば酷く取り乱さず、しっかりと分かりやすく自分の言葉で話せるのか検討する為に。



ロイスの身に何が起きたのかを知りたいと思ったから。


自分の身に起きた、罪深い悲劇を彼に打ち明けたいと思ったから




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