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50.紅茶で酔わないで




少し悩んだ末、カサンドラは肩を竦めて言った。


「前世で善行を積んだかは、どうやって見抜くの?」


するとロバートは考えるフリをした後、思いついたと言うように指をパチンと鳴らして言う。


「そうだな……。赤茶色の髪とか、グリーンの瞳を持っているとか」


「………。」


カサンドラは何も答えず、代わりにわざとらしくロバートの髪と瞳を交互に見つめてた。


「他には?」


「君と同じように、ジンジャーが効いたお菓子が好きとか」


「それは沢山居るんじゃない?」


「それなら、君の側に居る男とか」


「貴方だって言いたいのね」


「そうだよ」


迷いなく頷かれ、カサンドラは思わずたじろいでしまった。ティーカップを落として割らなかった自分を褒め称えたい。


寧ろティーカップを割っていれば、ロビーの注意をそちらへ向ける事が出来たかも。

今から床に投げつけようかしら?


けれどそんな愚かな真似をすれば本格的に頭がどうかしたと思われそうなので、カサンドラは曖昧に微笑むだけにした。


「ロビー、何か勘違いしているようだから言うけれど。貴方は私を過大評価しすぎているわ」


「そうかな?」


「そうよ。私は飽きっぽいから、すぐにお菓子は焼かなくなるかも」


「僕が君のお菓子だけに惚れ込んでると思ってるのかい?

僕の心はずっと君のものなのに」


「貴方って紅茶で酔っ払うの?」


ロバートは私の皮肉も気にした様子など見せず、暖炉の炎に照らされて濃く揺らめくグリーンの瞳を私へと向けた。


「そんな事は無いさ」


「待つと言ったじゃないの。忘れたの?」


「いいや、覚えてる。………忘れた事なんて無いさ」


僅かに首を横に振った後、ロバートはわざとらしく問い掛けるように片方の眉を吊り上げた。


「驚いたな。あの時君は振り返らなかったから、聞こえなかったのかと思ったよ」


「それは……あの、ごめんなさい」


遠回しに無視した事を咎められ、カサンドラは決まり悪そうに視線をテーブルへと落とす。


どうして私は何時もピンチなのかしら?

安らかな日は無いの?


突然、自分の心を守る為の硬い殻をロバートに触れられているように感じて、カサンドラは彼に背を向けて逃げ出したくなった。

あのクリスマスの夜、彼との別れ際の時のように。

彼の優しさに思わず縋り付きたくなった時のように。


でも、逃げ出すって何処へ?


カサンドラは思考を巡らせた末、席を立って扉の方へとじりじり後退る。

表情は努めて冷静に見えるように笑みを貼り付けた。


「そうだわ。ロビーに渡したい物があるのよ」


「渡したい物? 今じゃないとダメかな?」


「えぇ、そうなの。絶対に今、貴方に渡さないと」


そう言い切るが早いか応接間を出て、図書室へと急ぎ足で向かう。



図書室へ入るなり、暖炉の側のテーブルに置いてある包みを手にした。


これのお陰でどうにか窮地を切り抜けられたかもしれないわ。


包みの中には先日町へ行った時に買った、淡いグリーンのハンカチが入っている。

ロバートがクリスマスに贈ってくれたプレゼントのお返しだ。

ハンカチだけでは愛想が無いと思って、白い雪が降りかけられた花の刺繍をした。


思いついた時は良い案だと思ったけれど、今思うと刺繍をしたのは失敗だったかもしれない。

ロバートが深く捉えない事を祈ろう。

彼のイニシャルを刺繍に選ばないだけの分別が自分にあって良かった。


応接間に戻ると、椅子に座ったまま暖炉の炎を見つめていたロバートが私の方へと顔を向ける。

その美しいグリーンの瞳が余りにも熱情に煙っていて、カサンドラは一気に口の中がカラカラになっていく気がした。

落ち着かなくて無意識の内に唇を舐めて湿らせると、彼の視線が私の唇に移動して釘付けになる。

思わず唇を手で覆い隠したくなる程の眼差しだ。背中にツッと冷や汗が伝う。


しっかりしなさいよ、カサンドラ。

こんなの良くある事じゃない。

何時ものように適当にあしらって追い払えば良いのよ。簡単でしょう?


けれど何故かロバートには不誠実な対応は出来なかった。優しくて誠実な彼を踏みつけにするような事はしたくなかった。


だったらどう切り抜ければ良いの?


カサンドラは少し躊躇った末にロバートの側に近付き、持っていた包みを差し出した。


「これは?」


「クリスマスプレゼントのお返しがまだだったから」


「開けてみても?」


「もちろんよ」


漸く彼の視線が自分から外れてほっとし、再度自分の座っていた椅子へ腰かけた。

テーブルを挟んでしまえば、少しは身も心も距離を取れると考えたから。

また心を乱されるのは恐ろしかった。


「この刺繍は君が?」


ロバートが包みを開けるのをぼんやりと眺めていたが、彼がグリーンのハンカチの刺繍部分に指を這わせながら問い掛けると、カサンドラはまた落ち着かない気分になった。


「そうだけれど‥‥。気に入らないなら返してくださる?」


「いいや、凄く気に入った。

カサンドラがしてくれた刺繍だ」


そう言われ、カサンドラは肩を竦めて見せた。


「刺繍が得意なだけだわ」


「それでも僕の為にしてくれたんだろ? この刺繍をしている間、君の心には僕だけが居た筈だ」


「それは‥‥‥」


思わず口ごもってしまったカサンドラに、ロバートは蕩けるような笑顔を見せた。


もう! 私ったら、何故そこで口ごもってしまうの?

だからロビーに『してやったり』みたいな表情をされるのよ!

貴女もっと人の扱いが上手い筈でしょう!


もはやカサンドラにはどうにも出来なくなっている。

だからわざとらしい仕草で、マントルピースの上にある時計を見遣った。


「ロビー、もうお茶の時間は終わりよ」


「もう少し君と居たいと言ったら?」


「きっとミセス・シダルが眉を潜めるでしょうね」


「それは怖いな。 母は怒ると凄いんだよ」


「なら尚更帰らなくちゃいけないわね」


ロバートが渋々といった様子で立ち上がったので、カサンドラも続いて席を立って戸口の方へ先立つ。

先程までの濃密な空気が霧散した事に深く安堵していた。


手を伸ばして扉を開けようとしたその時ーーー



突然片方の腕を掴まれてグッと引き寄せられ、よろめきながらロバートの胸へと飛び込んでしまった



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