49.カサンドラ特製の
カサンドラは天板の上に乗ったジンジャービスケットとスコーンをじっと見つめた。
スコーンはまだ二つ食べただけだったが、ジンジャービスケットは既に半分程無くなっている。
乱れる感情を落ち着けようとして紅茶を用意したのがいけなかった。
ピリッとしたジンジャーの風味と紅茶が良く合い、もう一つ、もう一つと無意識の内に手を伸ばして居たらしい。
あるいは、やけ食いしていたのかもしれない。
紅茶とお菓子のお陰で大分気分が落ち着いてきたけれど、いまだ少しだけ不安が残ってる。
ロイスの言葉は的を射ている。それもど真ん中。
まるでお姉様との事を言われているみたいだったわ。
今までの私を知らない彼から見ても、私は誰かの希望を踏みつけにしてるように見えるという事?
そう考えたカサンドラはもう一つジンジャービスケットを口に放り込み、不要な事までごちゃごちゃ考え始める前に後片付けを始めた。
とにかく、スコーンもジンジャービスケットも美味しく焼けて良かった。
後片付けも終えて応接間に戻り、定位置の暖炉前の肘掛け椅子に座って本を読んでいると、玄関ホールの方からノッカーで来客を知らせる音がした。
玄関扉を開けるとロバートが玄関ポーチに立っていた。町で見た時のような動きやすい仕事着ではなく、彼に良く似合う洒落た服を着ている。
「やぁ、カサンドラ。順調かい?」
「いらっしゃい、ロビー。
もちろん順調よ。どうぞ入って」
ロバートは帽子を脱いで屋敷へ入ると、持っていた包みをカサンドラへと手渡した。
「これは?」
「ご馳走してもらうお礼。
スコーンに良く合うと思って持って来たんだ」
包みを開けてみると、ジャムや紅茶の茶葉が入っていた。それを目にしたカサンドラは自然と口元がほころぶ。
「素敵な贈り物をありがとう、ロビー。とっても嬉しいわ。
私のお菓子が、貴方の贈り物に見合うと良いのだけれど」
「約束してから、ずっと楽しみにしてたんだ。これくらいして当然だろ?
‥‥‥すごく良い匂いがする」
「紅茶を淹れて来るから、応接間で座って待っていてね」
応接間のある方を手で指し示して彼を促すと、自分は厨房の方へ行ってお湯を沸かす。
その間にスコーンとジンジャービスケットをお皿に乗せ、彼の持って来てくれた紅茶の茶葉をポットに入れる。
この茶葉、とっても香りが良いわ。美味しそう。
ポットにお湯をいれた事でふわりと立ち上る紅茶の香りは、先程までの荒んだ心を癒やしてくれるようだった。
ロバートには贈り物を貰ってばかりのような気がする。
銀のトレイにティーセットと焼き菓子を乗せて応接間に戻ると、私が部屋に入るなり椅子から立ち上がったロバートが近付いて来て、何てことも無い様子で私の手からトレイを受け取ってテーブルへ置いた。
彼が町の人達に慕われて友人が多い理由は、こういった細やかな気遣いが出来るからだろう。
「凄く美味しそうだ。本当に初めて作ったの?」
「えぇ、そうよ。形が不格好でしょう?
何時も美味しいパンやお菓子を焼いている人に出すなんて恥ずかしいわ」
「そうかな? これなんてハートの形で可愛いじゃないか」
それはクマの形にした筈のビスケットだけど。
まぁ、ロビーが楽しそうなら良いのかもしれない。
カサンドラは曖昧に微笑み、二つのティーカップへと紅茶を注いだ。
そして銀のトレイに乗ったシュガーポットとミルクピッチャーを手で指し示しながら問い掛ける。
「ミルクとお砂糖は?」
「どっちも欲しいな。砂糖はスプーン二杯で」
「わかったわ」
言われた通りロバートの紅茶にミルクをピッチャーから注ぎ、ティースプーンで砂糖を二杯入れて彼の前のテーブルへとソーサーごと置く。自分の紅茶にはミルクを入れた。
自分は食べてみて美味しいとは思ったけれど、誰かに振る舞うというのはとても緊張する。
自分が下した評価は贔屓目もあるだろうし、料理をしたのは初めてなのだから尚更だ。
美味しくないと言われたら?
その場合、ジャムや紅茶はロビーに返した方が良いのかしら?
どちらも既に封を開けてしまったけれど。
優しいロバートがそんな事を言う筈が無い事は分かっているのに、不安に駆られてそう思わずには居られなかった。
ロバートがスコーンにクリームとジャムを乗せて食べるのを不安げに見守っていると、彼はあっという間にスコーンを一つ食べ終えた。
そしてカサンドラの揺れるブルーの瞳と視線を合わせて微笑む。
「すごく美味しいよ。味も焼き加減も最高だ」
「本当に?」
「僕は根っからの正直者だから、嘘はつかないんだよ。とっても美味しい。紅茶との相性もバッチリだ」
「嬉しいわ。期待に応えられなかったらどうしようかしらと思っていたの」
「期待以上だよ。もう一つ貰っても?」
「もちろんよ」
ロバートはそれから二つ程スコーンを平らげ、今度はジンジャービスケットへと手を伸ばした。
そしてビスケットを一口食べた途端、驚いたように瞳を丸めた。
「ジンジャーを沢山いれたのかい?」
「そうなの。私はジンジャーがしっかり効いている方が好きだから。
名付けて『カサンドラのジンジャー・ジンジャービスケット』よ」
「僕もジンジャーのスパイシーな風味が好きなんだ。いくらでも食べられそうだよ」
「紅茶のおかわりはいかが?」
「ありがとう。貰うよ」
「ミルクと、砂糖はティースプーン二杯で?」
「そう。僕の好みを君に知って貰えて嬉しいな」
「さっき聞いたばかりだから覚えているのよ」
茶目っ気を含んだ彼の言葉に、此方もにっこりと微笑んで軽口を返す。
不意に視線を上げるとロバートの瞳と視線が交わった。彼は微笑む。
「君の夫になる人は幸せだろうね。
きっと前世でとんでもない善行を積んだ男に違いない」
夫。 夫ねぇ……
思いもよらない方向に傾きだした会話に、カサンドラは何て答えたら良いのやらと悩んだ




