42.何も出来無いカサンドラ
カサンドラが自分の行く末を心配していると、先程まで真剣な表情をしていたアラベラが微笑んだ。
「ふふ、ごめんなさい。 少しからかってみただけなんです」
「良かった。 海に帰らないといけないのかと嘆こうとしていた所よ」
「最初はマーメイドかと思ったのは事実です。 とても綺麗だったので」
「人間だと気付いて貰えて嬉しいわ」
「でも、マーメイドではないなら、何故あの場所で倒れていたのですか?」
「それは………」
問われたカサンドラは言い淀む。
まさか恐ろしい男に誘拐されて、泳いで命からがら逃げ出して来た……なんて言えない。
私こそイカれていると思われかねないのだから。
カサンドラは曖昧に微笑み、話題を変えてみた。
「記憶がはっきりしないの。もしかすると、何処かの岩に頭をぶつけたのかも。
それよりここは貴女の部屋?」
「はい、そうです」
「それなら貴女のベッドを奪ってしまっていたのね。 看病してくれてどうもありがとう」
カサンドラはその後、アラベラに幾つか質問をして自分の置かれた状況を確認した。
まずは日にち。驚いた事に男に連れ去られてから既に三日も経過している。
あの日は一年の終わりの日だったというのに、とんだ年末年始になった。
ロイスはかんかんになって怒っているかもしれないわ。屋敷に入った途端に怒鳴り付けられそう。
‥‥‥というか、ヒース・コートの天候が大嵐だったらどうすれば良いの?
そう不安になった所で今さらどうにもならないけれども。
そして次にグレスティンまでの帰り道だ。乗り合い馬車が通っているのは暖かい時期だけらしい。
でも聞いた所歩けない距離では無いので、天気が晴れたら歩いて帰る事に決めた。
以前雪の降る夜の暗い道を三時間歩いた事に比べれば簡単に思えた。
アラベラが言うには今日と明日は天気がすぐれないようなので、彼女の好意に甘えて明後日まで泊めて貰う事にした。
「なんてお礼を言ったら良いのかしら。 本当にどうもありがとう」
「気にしないでください。 カサンドラが回復してくれて良かったです」
そう。ヒース・コートで暮らしている内に少しは体力が戻っていたらしく、今回は体が弱ってベッドから動けないという事態にはならなかった。
まる一日ずっと目を覚まさなかったようだが、冬の海を長距離泳いだのでそれは当然のようなものだ。
むしろ良く生きていたという方が正しいだろう。
泊めて貰うのに何もしないという訳にはいかず、アラベラやアラベラの父の手伝いを申し出た。
けれど今まで甘やかされて育ったカサンドラには殆ど出来る家事なんて無い。
洗濯はヒース・コートで暮らすようになって初めて経験したのだが、未だに時々ドレスをダメにする。
以前よりはマシになったと思いたいが、クイン家の衣類を台無しにする訳にはいかない。
料理なんて今までした事はないし、料理しようと考えた事すら無かった。
当然ながら役に立たない。食器を片付けるのが関の山だ。
彼らの仕事である羊の世話をしようにも、なぜだか羊に群がられて世話をするどころでは無くなった。
それを見てアラベラが微笑ましげに言う。
「まぁ、この子達はカサンドラにメロメロのようです」
「嬉しいけれど‥‥これでは何も出来ないわ」
というか、私に出来る事って何かしら‥?
ふとそう思い、無性に悲しくなった。
私に出来る事なんて何もないじゃないの。 昔からそうでしょう?
私はお姉様のように頭が良い訳では無いんだから。
私が得意な事は何だったかしら‥…?
カサンドラには分からなかった。
何故なら今まで、そんな必要に駆られる事は無かったのだから




