24.ブルーグレーの瞳
結局その日はパブ兼の宿屋に滞在を余儀なくされてしまった。
一刻も早くこの場から立ち去りたかったカサンドラとしてはとんだ不運としか言いようが無い。
それでも今回も無事に一夜の宿がある事は不幸中の幸いだ。
しっかりとした建造物であるヒース・コートと違って、石造りではあるけれど簡素な造りの宿は部屋の中も隙間風が酷い。
カサンドラは部屋でも相変わらずドレスではなくズボンを身に着けたまま、その上からローブを羽織って体が冷えないようにしていた。
辺りは随分と暗くなってしまったので窓から景色を眺めていても面白味がなく、渋々ベッドに座って持って来ていた本を読みながら、明日こそは早い時間に馬車が動いてくれれば良いのにと思っていた。
ロイスには大見得切って戻ると言ってしまったし、せっかくのクリスマスをこの宿で震えながら過ごすなんてゴメンだ。
その時、部屋の戸口の方から小さな物音が聞こえた気がした。
今の音は何かしら……?
ベッドから下りて物音のした方を見に行ってみる事にする。
特に変わった様子はない。鍵も忘れずしっかりと掛けてある。 きっと気のせいだろう。
そう自分に言い聞かせてベッドへと戻る。どうも不安のせいで気が張っているらしい。
再び本に手を伸ばした時、突然後ろから大きな手で口を塞がれ、驚いたカサンドラは咄嗟に腕を振って抵抗しようとする。
「んん……っ!!」
大声を上げようとしても塞がれている手の中へ吸い込まれてしまって外へは聞こえない。体を捻って抜け出そうにも、私を羽交い締めにしている暴漢の力は強くてとても敵わない。
そうしている内に床に仰向けに倒され、男が覆い被さってきた。灯りの逆光になっていて暴漢の顔は見えないが、振り上げた男の手元が光に反射して煌めいた。
ナイフを持ってるわ!
咄嗟にナイフを持つ男の腕を掴むが、力で押し負けてじりじりと顔の前へと近付いてくる。
あわやという所で男の腹を思いきり膝で蹴飛ばした。
予想外の反撃を受けた暴漢がナイフを取り落として怯んだ隙をつき、覆い被さっていた男の体の下から転がり出ると、立ち上がって部屋の戸口へと駆け出す。
早く此処から出ないと……殺される…!
もうすぐ戸口なのだが、驚きと痛みから立ち直った男にローブを強く掴まれ、その反動でカサンドラはよろめいて尻もちをついてしまった。
再び部屋の奥へと連れ戻されそうになった時、カサンドラは豊かな巻き毛を纏めていた簪を髪から引き抜くと、男の右足の太腿へと思い切り突き刺した。
「ぐあ…ぁっ…!」
尖っを簪を突き刺された男は呻き声を上げ、掴んでいたローブから手を離して自分の足に手をやった。
カサンドラは必死で立ち上がると置いたままになっていた自分の鞄と、先程暴漢が取り落としたナイフを掴んで戸口へと走り、何度も躓きそうになりながらも今度こそ部屋の扉を開けた。
外へ飛び出る際にチラリと室内へ視線を向けると、右太腿を押さえながらしゃがみ込んでいる男と目が合ってハッと息を飲む。
此方をきつく睨み付けている瞳は、凍えそうなブルーグレーだった。
恐ろしくなった私は宿から出て、冷たい風と真っ暗闇の中へと駆け出す




