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23.サタンに似た男




呆然と窓の外を見つめていたカサンドラは滞在日数をもう一日増やそうかと考えて………、やはり今日帰るべきだと決意した。


このまま足留めされれば、ヒース・コートへ戻った時に『それみた事か』とロイスに馬鹿にされるだけだ。

そんなの悔しすぎる。


それに明日はクリスマスだ。

先日ロバートにはクリスマスパーティーの参加について曖昧な返事をしてしまったので、もし彼が本当に私を迎えに来るのだとしたら、雪の中屋敷の外で待ちぼうけにさせてしまう。

パーティーに出席するかは別として、曖昧な対応をした責任が私にはある筈だ。



身支度を整えて部屋を出る。勿論今日も男性用の服を着た。

男性の格好をするだけでこんなにも自由に動き回れるとは知らなかった。

なんて素晴らしいんだろう!

カサンドラはステッキの銀色の飾りの部分を掲げるように時計塔の方へ向けた。


いざ、乗合馬車の停留所へ!

………どうか雪の中でも馬車が動きますように…





乗合馬車の出発時刻は大いに遅れてしまったものの、無事にグランドリーチを出発する事が出来た。

カサンドラは窓の外へと視線を向け、遠く離れていく街を見つめながら残念そうにため息を一つ吐いた。


とても素晴らしい街ね。

今度来た時には、もっと色々な場所を見て回れると良いけれど。

今回の滞在中はお買い物も、人気のお菓子も全てお預けだったもの……。


そうして外を見つめながら思いを馳せている間、カサンドラは僅かな緊張をはらんでいた。

どうしてか、乗合馬車で私の向かい側の座席に座っている紳士の視線を感じる。



紳士の方へちらりと視線を向けると、氷のようなブルーグレーの瞳と目があった。

彼の瞳は凍えそうな程に冷たく鋭く、じっと見つめられているだけで何故か落ち着かない気持ちになる。



グランドリーチで乗合馬車に乗った時、最後に乗り込んで来たのがこの紳士だった。

年齢は二十代後半ほどだろうか。闇のような黒色の巻き毛と、彫刻のように整った顔立ちはまるで『失楽園』に登場するサタンのようだった。


今も私は男性の格好をしているというのに、彼は馬車に飛び乗った当初から不躾にも私をジロジロと眺めているのだ。


カサンドラは幼い頃から人に囲まれていた為、基本人と接する事は苦手ではない。 誰であっても物怖じしない。

何故なら皆、カサンドラを害そう等と考える人は居なかったから。

彼女の笑顔の為なら何でもしようという者ばかりだったから。


けれど今、私はこの人の事が怖いと思っている。

彼の視界に映っているのが恐ろしいとも。


カサンドラは無意識の内に体を縮めて出来るかぎり自分の体の輪郭を隠し、顔は窓の方へと向けて外を見ているふりをした。

どうせ乗合馬車の中だけの事だ。 グレスティンに到着すれば私は馬車を降りるし、もしかしたら彼はもっと早くに降りるかもしれない。


けれど紳士は馬車を降りないまま、乗合馬車の乗客は徐々に少くなっていく。

カサンドラはもう一度横目でちらりと紳士の方に視線を向け、思わずホッと安堵した。

彼はブルーグレーの瞳を閉じて眠っている………。



馬車に三時間程揺られていた時、ガクンという大きな揺れと共に突然乗合馬車が停車した。

急停車した馬車を不審に思っていると、御者が馬車の扉を開けて乗客へ声を掛ける。


「この先の道は今、雪が強くて危険です。悪いけど近くの宿で雪が止むまで待ってください」


そんな……! そうで無くても雪で出発が遅れたせいで、もう日も暮れそうだというのに……。



そうは言っても仕方が無いので馬車を降りようとすると、スッと目の前に手を差し伸べられた。

不思議に思って顔を上げ、ドクッと心臓が嫌な音を立てる。

あのサタンのような紳士が私に手を貸してくれている。


無意識の内に手を取ってしまいそうになるものの、キュッと唇を噛み締める事で自制心を取り戻し、彼の手を取らずに馬車から飛び降りる。

何を隠そう、カサンドラは今男性の格好をしているのだ。


そしてふと、嫌な予感が過ぎった。



馬車を降りる為に手を差し伸べられたという事は

、彼は私が女だと既に知っているのだ





近くにある宿泊所を兼用しているパブで待つ事になった。

宿泊所の一階にあるパブは食事も出来るようになっており、オレンジ色の電気が照らす部屋の窓際にポツンとある席にカサンドラは座っていた。


こうした乗合馬車の道沿いにある宿泊所を利用するのも二度目。ウィリアムズ領からヒース・コートへ向かう時以来だった。


御者に話を聞いてみた所、どのくらいの間足留めされるかは分からないとの事。

これでは今日中にヒース・コートまで辿り着く事は出来ないかもしれない。

カサンドラは唇を噛み締めながら、窓の外で止めどなく降る雪を睨み付ける。




不意に向かい側の椅子が引かれ、誰かが私の居るテーブル席に座った。

窓の外を眺めながら考え事をしていたカサンドラは、声を掛けられて始めて向かい側の席に座ったのがあのサタンのような紳士である事に気が付いた。


「ウィスキーはいかがかな?」


「………いいえ、要りません」


なんてこと。もっと警戒しなければならなかったのに、男が私に近付いて来ていた事に気付かなかったなんて!


警戒を怠っていた自分に酷く腹を立てつつも、努めて平静を装って首を横に振る。

声を掛けたのは彼だというのに、男はカサンドラの答え等どうでも良いとばかりに自分のグラスのウィスキーを一口飲む。


そんな不躾な対応をされた事の無いカサンドラは戸惑い、とてつもない居心地の悪さに身じろぎをした。

彼は見目が整っているし、着ている衣服も上質な物なので紳士である事は間違い無い。

それにも関わらず、彼の醸し出す剣呑な雰囲気は紳士らしくない。



男の氷のようなブルーグレーの瞳は相変わらず獲物を狙うようにカサンドラを観察しており、何故かとても恐ろしくなった彼女は席を立つ。

早く男の側から逃げ出したくて堪らなかった。


出口へと向かう私の背中に、嘲笑するような声が投げかけられた。



「お前がレディ・カサンドラ・ウィリアムズか? 」



カサンドラは何も答えず、ただ必死でパブの出口へと足早に向かった




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