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20.激怒。戻ったら殺されそうね




結局その日は朝になっても太陽の光は射さなかった。


部屋が冷えない内に早々に窓を締め、昨日町で買ったクリスマスカードにウィリアムズ家のタウンハウスの住所を書いていると、閉まったままのマホガニー製の扉を通り抜けてロイスが現れた。

そして本やらペンやら脱いだままのローブやらで散らかった部屋を見渡し、ハンサムな顔を顰める。


「俺の屋敷を散らかすのは止めてくれ」


「おはよう、ロイス。ずっと気になっていたのだけれど、貴方の小言って挨拶なの?」


彼をからかう事で話を逸らそうと試みてみたが無駄だった。

ロイスは私の言葉にピクリと眉を動かしたけれど、彼の小言は止まらない。


「いい加減片付けたらどうだ」


そう言われ渋々肘掛け椅子から立ち上がった。

散らばった本を拾って一箇所に積み上げ、ローブはコートスタンドに掛ける。

そしてロイスの方を振り返り、わざと偉そうに腕を組んで見せた。


「これでどう?」


彼はわざとらしくゆったりとした動作で周囲を見回した後、肉食獣を思わせる鋭いブルーの瞳を細めながらニヤリと笑う。


「お前にしては上々だな」


「それは良かったわ」


「……随分素直だな。何を企んでる?」


「そうね………」


実を言うとカサンドラは上の空だった。



悩み抜いた末、クリスマスカードを両親に送る事にした。

まだシャーロットの喪中なので余り浮かれた事はするべきでは無いのだが、この美しいカードが少しでも両親の慰めになればと思ったのだ。

けれど問題が一つある。



この町からカードを送る訳にはいかない。

そんな事をしたら、私が此処に居ると報せる事になるわ……。


しばらくぼんやりと窓の外を眺め、そして次に時計を見て時間を確認する。まだ乗合馬車の時間には間に合う筈だ。

クリスマスは二日後。今日中に速達で送れば、クリスマスの夜にはタウンハウスに届くかもしれない。



唐突に先程片付けたばかりのローブを羽織ると、ロイスの警戒したような声が聞こえてきた。


「まさか出掛ける気じゃないだろうな?」


「そのまさかよ。少し遠いけれど、グランドリーチまで出掛けてくるわ」


「止めておけ。空が見えないのか? 雪が降ってくるぞ」


「歩いて行く訳じゃないのよ? それに私、最近少し寒さに強くなったわ 」


「俺が言いたいのはそういう事じゃない。何故わざわざ雪の降りそうな日に出掛ける必要がある?」


「クリスマスカードを送りたいのよ。

けれどもうクリスマスまで時間が無いから、速達で送れる場所まで行くの」


「ただカードを送りたい為だけに自分の身を危険に晒すのか? お前はとんだ愚か者だな」


カサンドラはロイスの説教を無視して急ぎ足で玄関へと向かう。

けれど玄関扉まで行った所で彼が突然私の前に立ちはだかるように現れた。


「カサンドラ。何がそんなにお前を駆り立てるんだ?」


このままロイスを通り抜けて行けって事?彼は、私のする事全てが気に入らないのね。


ロイスの問いには答える代わりに彼を睨み付けてみたけれど、酷く怒っている様子の彼の前では私の睨みは全く意味を成さない。


「送りたい物があるなら、この町から送れば良いだろ」


「この町では速達で送る事は出来ないじゃない」


「君は此処へ来たばかりで、この辺りの雪がどんな影響を与えるか分かってないんだ」


ロイスは怒りで鋭くなっていたブルーの瞳を少しだけ和らげて真っ直ぐ私を見つめる。心なしか、声色にも気遣いが感じられた。


私を心配してくれている?

カサンドラは一瞬だけそう思ったものの、すぐにその考えを否定した。


彼が私の事を心配する筈が無い。私とロイスは何時も言い合いばかりなのに。

どうして彼が気遣ってくれているなんて思ったのだろう?

カサンドラには理解出来なかった。だから彼の言葉に耳を貸さない事にする。



彼は実体が無いので、どんなに大きくて逞しい体でも私の行く手を阻む事は出来ない。

けれど彼の体を通り抜ける事は彼を酷く傷付けるような気がしたので、彼を避けるように横を通って玄関を出た。


「分かってるわ。 雪に気を付けて、明日には戻って来るつもりよ」


「お前は何も分かっちゃいない。雪が降れば馬車は止まる。戻って来れなくなるぞ!」


屋敷を出て庭を通っている間も、ロイスは私の横について食い下がってきた。

カサンドラは門へ向かう足を少し早めながら、先程よりも声を落として何とか彼を宥めようとした。


「ロイス、お願いよ。どうして分かってくれないの?」


「分からないのはお前だろう! カサンドラ、どうして君は何時もつむじ曲がりなんだ?」


「十分に気を付けるから」


「なら今、大人しく俺の忠告に従う事だな」


「必ず無事に貴方のもとに戻って来るわ」


「カサンドラ、おい。ふざけるのもいい加減にしろ!」


彼は咄嗟に手を伸ばして私の腕を掴もうとするが、当然ながらスッと私の腕を通り抜けてしまう。


ロイスは自分がゴーストである事も忘れて手を伸ばした事にショックで、鋭い目を見開いたまま固まった。



そしてカサンドラは屋敷の敷地を跨ぎ、ロイスの方を振り向いてブルーの瞳を輝かせながらにっこりと微笑んだ。


「それじゃあ、行ってくるわね。明日には戻るわ」


それだけ言うと再び前を向いて乗り合い馬車の停留所まで急いで歩き出した。


『屋敷の敷地を出る事は出来ない』と、前にロイスが言っていた。

けれどそれが本当なのか少し心配になったカサンドラは一度だけチラリと振り返り‥‥…‥


見なければ良かったと後悔した。



門の前に立つロイスは歯を食い縛って激しい憤怒の表情を浮かべ、周囲の草花に白い霜が降り注いでいる。

空を見上げると、どういう訳かヒース・コートの上空だけ暗い雲が立ち込めている。



「戻って来い、カサンドラ!!」


獅子の咆哮のような怒号と共に、上空からロイスの背後へと大きな雷が落ちた。

此方を睨み付ける彼の瞳は、今にも私を撃ち殺さんばかりにギラギラと鋭く輝いている。


戻ったら殺されそうね……


どのみち既に彼を激怒させてしまったのだから、用事を済ませてから怒られる方がいい。


そう判断したカサンドラはヒース・コートに背を向けて駆け出した




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