7.どうやら私には"父"がいるらしい
「おい、ちょっと。俺の話聞いてるのか?」
赤髪が私の顔を覗き込んだ。
彼の顔をしっかりと見れたのはこの時が初めてだった。
透き通るような白い肌、赤い瞳、赤髪。私が前世で思い描いたような吸血種だった。
彼のつり目がちの赤に輝く瞳は、彼の自信や強情さを映しているようだった。
「うわ、てかあんたよく見たら口の傷えぐいな。それ王国でされたのか?」
「...そう、でももう治りかけだから大丈夫。」
彼は思ったことをかなりストレートにいうタイプみたいだ。
エルに対する献身的な態度と私への態度は全くの真逆だった。
しかし苛立ちは感じず、なんだか憎めない人だなと思ってしまった。
彼は傷を心配する様子を見せながらもつづけた。
「俺はフィンだ。さっきエルさんも言ってたけどエルさんは俺の父。」
「...でもあんまり似てないね。」
自分で言った後になんて失礼なことを言ってしまったんだろうと後悔した。
疲れのせいだろうか、それとも彼のストレートで自由なもの言いにつられてしまったのだろうか。
「...もしかして吸血種のこと何も知らないのか?」
「王国で聞いた知識くらいしか。」
「それって化物だとか。俺たちが前世で大罪人だったとかだろ?」
フィンはそう言ってはは、と声に出して笑った。
彼は、吸血種にされてすぐにここに連れてこられたらしく、差別を受けたことがあまりないらしい。
そして彼はごく自然に私のベッドに腰かけた。
私はほかに座る当てもなかったのでそのまま立つことにした。
「で、子供って言うのは当たり前だけどお前が思ってる子供じゃない。
自分を吸血種にした吸血種を父、ファーザーっていうんだ。
そして、吸血種にされた方を子と呼ぶんだ。」
吸血種にも父と子のような関係性があるのだと驚いた。
彼がエルを慕っていた理由もそこにあるのだろうか。
「と言ってもほとんどは生まれついての吸血種だ。
俺やお前みたいな後天性は稀なんだ。」
「どうして?だって吸血種に血を吸われたら吸血種になっちゃうんじゃないの?」
吸血種は吸血をしないと生きていけない。
それならば、どんどん右肩上がりに吸血種が増えていくはずだ。
自分が話している途中でその矛盾に気付いた。
吸血種の数が増えてしまえば、貴重なエネルギー保有源である人間の数が減ってしまう。
「それは色々誤解してるな。
人間を吸血することによって吸血種にできる、
つまりファーザーの素質があるのは極わずかな力の強い吸血種だけだ。
このベルガウにだってエルさんを含めても3人しかいない。」
それに普通の吸血と、子にするための吸血はまた違うし。と彼は話を続けていたが
私の頭には何も入ってこなかった。
彼の話を遮って私は自分の頭を支配する疑問を投げかけた。
「それってつまり...私を吸血種にした人はその3人の中にいる可能性があるってこと?」
「まあベルガウ以外にもファーザーが存在する可能性は僅かにあるけど、
そんなに力の強い吸血種が隠れて生きていけるとも思えないからほとんど0だろうな。」
私はその言葉を聞いて全身に鳥肌が立った。
やっと落ち着きを取り戻したはずの鼓動がまた早くなる。
ただでさえ数が少ない吸血種、その中の更にわずかなファーザーと呼ばれる吸血種。
ベルガウにいる3人のファーザー、そのうちの誰かが私を吸血種にしたと考えるのが自然だ。
そして私は処刑される寸前にみたあの恐ろしい人物を思い出した。
私が処刑される寸前、あの人は笑っていたんだ。
第二王子のテオ様が黒幕としか考えられない。
王国を心底憎んでいたと聞くし、動機は十分だった。
それなら、テオ様はこのベルガウにいるファーザーの誰かと協力して私を処刑に追い込んだ?
私が邪魔なら普通に殺せばいい。
テオ様がわざわざファーザーを使い、私を吸血種にした目的は?
恐らく民の聖女への信仰自体を消したかった、というところだろうか。
王族を恨んでいた彼が
王族の尊厳の根本である「聖なる力」への信仰を排除して国家転覆を狙っているのだろうか。
だとしたら大変だ。このことをみんなに、アンリ様に、伝えなくては。
裏切られたのに...?
怒りや悲しみ、そして寂しさまでもが一斉に襲ってきて足が震えた。
このベルガウにもテオ様と協力して私を陥れた張本人がいるかもしれない。
どこにも安全な場所なんてない。
「おい、大丈夫か。」
フィンは心配そうな顔で私を覗き込んだ。
ここではだれにも弱みを見せてはいけないんだ。
私は、もう二度と誰にも、騙されない。
私は気持ちを強く保って彼の赤い瞳を見つめて、自分でも認めたくない事実を口にした。
「エル、さんが私のファーザーである可能性もあるんだよね?」
一瞬エルを呼び捨てにしてしまいそうだったが、彼のここでの扱いを見るに
さんをつけないと不味いだろうと思った。
「いや、お前のファーザーはエルさんではないと思う。」
「なんでそう言い切れるの?」
「エルさんは、吸血種の伝統と儀式を重んじる高貴なお方だ。
盟約を交わした人間以外から吸血はしないし、嫌がる人間を吸血種にする訳がない。
それに俺を吸血種にした時を最後にもう何十年も子を作っていない。」
彼はエルさんを慕う気持ちからそう言ったとも思ったが、彼の言葉には不思議と説得力があった。
それに、と彼は続けた。
「お前はエルさんが助けなかったら、処刑されてたんだろ?」
確かにその通りだ。エルさんがいなければ私は死んでいたはず。
それでも私は彼を完全に信用することはできなかった。
また、信頼した人に裏切られるのが恐ろしいと思ったから。
「疲れてるだろ?
ゆっくり休んだ方がいい。」
フィンは私の深層を察したのかそう言って私のベッドから立ち上がった。
「なんかあれば言えよ。俺の部屋、この隣だから」と言って去った。
私は、もやもやした頭を整理したくてベッドへダイブした。
何日ぶりのふかふかベッドだろう!
これからのことや私を陥れた黒幕の正体を考えなきゃいけないのに。
疲れが急に押し寄せてきた。今すぐにでも意識を手放してしまいたい。
まずは眠ろう。目覚めたら落ち着いた頭で考えよう。
私が明日も生きたまま目を覚めることを願って。