2.血塗られた結婚式
結婚式当日のことは今でも鮮明に覚えている。
私の人生を一変させてしまった日。
私だけでなく、国民の未来、王族の未来、王国の未来をも変えてしまう出来事でもあった。
(あの時に戻れるのならば、何度そう思ったことだろう。)
純白のウェディングドレスを纏い、馬車に揺られていた。
結婚式場は王国一番の大聖堂で行われる。
王子は既に式場に到着している予定で、花嫁は式場に馬車で送られるのだ。
(アンリ様はもう式場についてる頃かな。)
馬車に揺られて眺める街は、
いつもの街とは表情が違くてなんだかとっても知らないところに来てしまった気がした。
街は祝福で包まれていて、灯篭の飾りがたくさんつるされていた。
その灯りの色は、聖女を表すまばゆい白。
(私って本当に聖女でいいのかな。)
この世界に召喚されて、聖女と言われるがままに過ごしてきた。
人の傷を癒すことができるこの力も借り物のような気がしてしまう。
なんだかみんなを騙しているような、そんな気分になってしまった。
それでもアンリ様の妻になれることの嬉しさのほうが大きかったかもしれない。
きっと一生忘れられない日になる。私にはそんな確信があった。
そしてその確信は、思わぬ形で当たってしまうことになる。
「聖女様がいらっしゃったわ!」
大聖堂の入口へ馬車がたどり着くと歓声が聞こえた。
聖堂内は関係者しか入れないが周りは王国の民衆で溢れかえっていた。
誰かに存在しているだけで祝福されるなんて、未だに慣れずに恥ずかしい気持ちになった。
「聖女様、お手を。」
「テオ様、ありがとうございます。」
足を止めた馬車に駆け寄ってきた人物は第二皇子のテオ、アンリ様の腹違いの弟だった。
彼は足を地面につき、私へ手を差し出す。
(この人、凄く苦手なんだよね。)
アンリ様と同様、美しい金髪の持ち主だけれど彼より少し背が低く細みだ。
耳の下ほどまで伸ばされて綺麗に整えられた
髪の毛と彼の顔立ちを見て一瞬女の子かと思ったのを今でも覚えている。
そして美しい顔立ちと柔らかい表情と反面に、光のない瞳を見てゾっとしたことも。
「きっと一生忘れられない素敵な結婚式になりますよ。
さあ、参りましょう。」
(何だろう。この笑顔。何か違和感を感じる。)
彼は第二王子という肩書でありながらも
一切の役職を与えてもらえないことから王国やアンリ様、そして王を憎んでいるという。
そんな事情もあり私はテオ様とはできるだけ関わらないようにしていた。
テオ様に連れられて式場に入っていくと
たくさんの客人が席を立ち、こちらに深くお辞儀をした。
式場は奥へと続いており、その奥にはアンリ様が立っている。
前世でいうような「ヴァージンロード」は思ってたよりも殺風景だった。
異世界ではこんなものか。と少しだけ落胆して足を進めると、
私が進んだところに花が咲き誇っていく。
聖女の力に共鳴して開花する花が仕込まれているらしい。
静寂を保って私を見つめていた客人達からも歓喜の声が上がった。
歓声を一身に浴びながら進んでいくと、アンリ様がにっこりとほほ笑んだ。
神父は長々と祈りの言葉を唱えたが
私は胸の高鳴りに耐えるのが精いっぱいでほとんどが聞こえていなかった。
「聖なる力の源である女神に代わり契約の儀式を執り行う。
その命をお互いに、そして国に捧げることを誓いますか。」
契約の儀式、これは形だけのものではなかった。
契約には魔法が施され、夫婦の間には絆が生まれる。
この絆というのは精神的なものを指すのではなく、
お互いが裏切ろうとしたり重大な嘘をついたりしたときに罰を与えるものだという。
そう聞かされていた私は特に疑問を持たなかったが、
今思い返せばなぜ裏切ることを前提に婚姻の契約がされるのだろうか。
妙に現実主義ではないか。
私が「誓います」と言葉を発しようとしたその瞬間、激痛が首筋を襲う。
(何、この痛み...。これって私の血だよね?)
突然のことで理解が及ばないが、自分の体に目をやると血がドロドロと流れている。
何かが、私の背後にいる。それの正体はなんとなくわかってしまった。
それでも恐ろしくて、後ろを振り向くことはできなかった。
「き、吸血種だ!」
「はやく逃げないと!」
客人達はたちまちパニックに陥り、駆け回った。
「クラリスから離れるんだ、化物。
聖なる女神の名の元に命じる...」
アンリ様は聖なる力で穢れを取り払おうと力の行使を試みるが、
そのまばゆい魔力は一瞬にして消えてしまう。
「くそ、こんな時に...」
(アンリ様の魔法が発動しない...どうして...?)
出血多量と恐怖のせいで私は意識を失いかけていたので
その理由を呑気に探している暇なんてなかった。
「ア、ンリ様...」
目を一度閉じてしまったらもう二度と開けなくなるような、
そんな恐ろしい予感がした。
薄れゆく意識の中でアンリ様が心配そうにこちらに駆け寄ってくるのを感じた。
どうやら私を噛んだ、というか私の首筋を噛みちぎった吸血種は姿を消したようだ。
彼の辛そうな顔が脳裏に焼き付きそうだ。
そして私を一瞥して彼は言い放った。
「聖なる力に守られているはずじゃなかったのか...?
聖女が吸血種に噛まれるなんて、もうこの国は終わりだ...」
私の名前を呼んで心配するどころか、彼は冷たい目で私を見た。
まるで「もう用無しだ」と言うように。
こんな表情するんだ、知らなかった。
最悪のバッドエンド。私、誰からも愛されてなかった。
次に目が覚めるときは幸せな世界に、いいえ、二度と目なんて覚めないでほしい。
そう願って迫りくる痛みと眠気に身を委ねた。