表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

12/40

12.私の日常が戻ってくる



「うーん。仕事ねえ。」


エルさんは一人掛けのソファにもたれて、考え込んだ。

彼の部屋にはたくさんの本や資料があるけど、

一体何の勉強をしているんだろう。


「お金が足りないなら工面できるけど。

そういうことじゃないんでしょ?」

「...はい、私もやることないですし。もっとベルガウのことに慣れたくて。」

「確かに。危険があるからといって部屋に籠ってても返って怪しまれる。

僕の子供たちがいるところだったら安全に働けるだろうし。」


(やった! 説得できた?)


私は考えるエルさんを見つめた。


「なにかしたいこととかある?」


したい仕事、というかできることってそんなにあったっけ。この世界で。


「...怪我人の治療とか。

聖女の力を弱めて使えば、すぐには治らないし、バレないと思います。」

「なるほど。病院か。ここにもあるよ。

少しリスキーな気もするけど俺が信頼してる子がいる所だからだから大丈夫かな。

その子にも君の力を伝えておこう。」


エルさんはにっこりと笑って言った。


「うん、君にとってもあそこはいいかもしれない。」

「...本当ですか!」

「ここの30Fに行ってみて。俺から紹介された、と言えば面倒見てくれるはずだから。

俺からも一言伝えておくよ。」


エルさんはそう言うと羊皮紙に筆は走らせた。

それを小さな蝙蝠に加えさせ、その小さい生物は私の横をすり抜け飛んでいった。

これが吸血種達の伝達方法らしい。


「エルさん、ありがとうございます。」

「本当は一緒に行きたいんだけどね。色々と厄介があって。」


すまない、とエルさんは言った。

そんな保護者同伴みたいなの恥ずかしすぎるよ、と思い、

エルさんには申し訳ないけどほっとしてしまった。


私はお礼を伝えてウキウキとした気分でエルさんの部屋を出た。

どうにも暇って言うのは人間をダメにするみたい。


あの薄暗い部屋にいると王国のことやアンリ様のことを考えてしまって辛くなるから。


(あれ、でも待って。ここって50階くらいだよね?

30階まで降りるのしんどすぎない...?)


私が廊下に出て、吹き抜けからはるか下にある30階付近を眺めていると

誰かが勢いよく私の肩を掴んだ。


「クラリス!」

「...フィン?! 急に、なに?」

「お前が飛び降りようとしてたからだろ!」

「え?」


焦った様子のフィンに私は慌てて事情を説明した。

「お前紛らわしいんだよ。」と照れ隠しのように怒られたのがちょっとやるせなかった。


「なるほど。エルさんから仕事をね。」

「うん、それで30階に行きたいんだけど。

みんなは下までどうやって移動しているの?

まさか、階段なんてことないよね?」

「一応、端の方に人間用の昇降機があるけど。」

「そうなの?」


私が辺りを見渡しているとフィンは軽々しく私を持ち上げた。


「え、ちょっと! 何するの?!」

「何って俺が連れてった方が早いだろ。」


フィンは私を抱えたまま、かなりの高さを飛び降りた。

彼の赤い髪が綺麗に揺れて、恥ずかしかったけど、

そんな気持ちは物凄い浮遊感によってかき消された。


「着いた。」

「着いたって!降りる前に何か言ってよ!」


フィンは怒る私を見て楽しそうに笑った。

床に私を下すために屈んだ彼の髪の毛が私の頬に触れて、顔が近くて

私は途端に恥ずかしくなった。


「そういう顔されるとこっちまで照れるからやめろ。」


フィンは顔を背けたままだった。


なんかちょっと気まずい。

私はお礼は伝えて、エルさんから教えてもらった場所を探すことにした。

(次からは絶対昇降機を使おう。)


多分、私達二人とも凄くぎこちない会話をして別れた気がする。











(本当にここであってる...?)


ベルガウ唯一の病院と聞いていたからもう少し大きいものを想像していたけど

エルさんに言われた場所へ向かうと、小さめの部屋があった。

とりあえず、入ってみよう。


「あの、失礼します...。」


私が恐る恐る扉を開くと、中から嬉しそうな表情をした女性が出てきた。

私よりも茶髪のセミロングヘアの持ち主で素朴な顔立ちだけれど清潔感のある女性だった。


「やっとお客さんが来たわね!

どこを怪我したの?!」


彼女は喜々として私に近づいた。


「えっ、そうじゃなくてエルさんの紹介で...」


私が最後までいう間もなく、彼女は口を開いた。


「あ、聖女ちゃんね!さっき手紙が届いたわ!」


えっそんなに大きな声で言わないで!

と思ったが周りに人もいなかったので私は頷いた。


「エル様からお手紙頂けるなんて...貴方のおかげだわ!」


(なんだか久々の感覚...。)


エルさんもフィンも優しいけれど、独特の雰囲気を持っている人たちだし、

なんだか生きてる世界が違うように思えていた。


彼女は私に日常を取り戻させてくれるような、そんな気がした。


「貴方はここで働きたいのよね!気持ちは嬉しいんだけど...。」

「何か、あるんですか?」

「ええ。見ての通り、患者さんが来ることはあまりないのよ。」

「...どうしてですか?」

「吸血種って治癒能力も高いじゃない?

だからよっぽどの怪我じゃないとここに来ないの。」


だからこんなに狭い部屋で病院が務まる訳だ。

辺りを見渡すと、応急処置程度の包帯や薬草が置いてあるだけだった。


「でも、戦争やらなんやらで、一気に人手が必要になるの。

だから少しの間、あなたに暇させちゃうかもしれないけど、

ここで一緒に仕事を手伝ってくれると助かるわ。」

「はい!」


私は、久々に誰かに必要とされて嬉しくなってしまった。

戦争なんてない方がいいに越したことはないけれど。


「そういえば自己紹介がまだだったわね。私はアイラ。」

「アイラさん、私はクラリスです。」


これからよろしくお願いします。と私は頭を下げた。


「貴方は、吸血種よね?綺麗な赤い瞳...。

赤というよりはピンクかしら?」

「...ありがとうございます。えっと、アイラさんは...」


やっぱり人間から見たら私って吸血種に見えるんだ。

私は吸血種を見たこともなかったから、あまり見分けがつかないけれど。


「私は見ての通り、人間よ。」


(人間...。)


ここにいる人間は訳アリの人が多いって言ってたけど、

彼女もそうなのだろうか。


でもエルさんが信頼している人だから心配はないはず。


「貴方は最近ここに来たばかりなの?」

「はい、つい数日前に。」

「そう...。吸血種として外で生きてきたなら長いことつらい目に合ったでしょう。」


彼女は慈しみの目で私を見つめた。

人間である彼女が吸血種である私にこんな表情をしてくれるなんて。


私は瞳に涙を浮かべそうになった。


「どうせ、今日も怪我人なんて来ないし、ゆっくりしましょう。」


彼女は微笑んで言った。


エルさんはここは私にとっても良い場所だ。と

言っていたけどこういうことだったのか、と改めて納得することができた。

30話程度で第一章は完結する予定なのでもうしばらくお付き合い頂ければ嬉しいです。


いいね、ブクマありがとうございます!

一件一件がとても励みです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ