踏み外す男<楽園編20話>
リアル状況激変につき、週一投稿が続くかもしれません。ドッペルゲンガーが欲しい……(切実)
今さらですが、各話のタイトル、主要キャラが誰かで方向性が異なるようにつけてます(ホントに今さら)。
「はー、良かった。地雷原から生還した気分だ……」
自転車置き場の隅で、御祝七瀬は背を丸めて座り込んだ。ついてきた伊勢乃木貴美が、少年を見下ろす。
「御祝書記、さっきの意図は何だね? 大嶋君を警戒したようだったが」
「皆中ど真ん中です。何言ったか聞こえませんでしたけど、多分、鬼一口の発言でしたよ。呑み込まれないで良かったですね」
余程張りつめていたのか、まだ虚脱状態の少年。
「……そこまで、剣呑な状態だったか? 貴美にも、彼の動揺は伝わってきたが、危うさを窺い知ることはできなかったぞ」
はっきり見て取れる悪意は感じられなかった、ように思う。だが、それは寸秒後も無事である、という保証にはならないことを、少年は咀嚼していた。
「あの手合いは、内部で煮詰めて、突然暴発するんですよ。見て取れるとき=行動するとき、です。あの男、導火線に火が点いてましたよ」
そして、行動するときは、賊害を意味する。
――ああ、そうか――
七瀬が肝を冷やしつつも2人の間に割り込んできたのは。至近距離で大嶋が暴発しても、身を盾に守れるように、という決意の表れだったのだ。
「ふむ、御祝書記はよくそれを察したな」
感心することしきりの生徒会長。
「似たような雰囲気の人間を、知ってたってだけです」
元クラスメイトの、樋口啓二のことを思い浮かべる。彼の場合は、気付いた時にはとっくに殺人者に堕ちてしまった後だったが。今頃は地下、いや、夜精たちの奴隷になっているのだろうか。
「……ふむ、もう予鈴が鳴ってしまうな。続きは昼休みにしよう。ありがとう。貴美は嬉しかったぞ」
それほどの覚悟で、自分を守ろうと飛び込んできたことが。
「が、少々惜しいな、90点だ」
「え?」
なぜか採点されてしまう。
「男に言い寄られる貴美を見て、妬いて割って入った、という展開だったなら、もっと嬉しかったのだがな」
くすりと微笑んで、追加する。
「…………え?」
弛緩と野暮天に遮られて、意企は少年に伝わらなかった。七瀬が振り仰いだ時には、少女は後ろ髪をたなびかせて遠く離れていた。
「う――ん、どうするか……」
大嶋剛司は、3階の踊り場でウロウロしていた。この高校では、校舎の4階に1年生の教室、3階に2年生の教室が並んでいる。目立つ存在であることだし、伊勢乃木貴美生徒会長を探し出すことは、至極簡単だろう。
だが、見つけ出した後がノープラン極まりなかった。
『大ピンチだよ! ごーしお兄ちゃん!』
両の掌の間から、リーノの、慌てふためく――ように思える――声がする。
「あ、ああ、分かってる」
対する、剛司の声は弱々しかった。精神が緊張、混乱を通過して、呆然の状態に停留している。
(生徒会長に見られていた……)
この事実が、大きく圧し掛かる。
彼女の言動からして、かなり決定的な場面を目撃されてしまったようだ。でなければ、あんな荒唐無稽なことを訊いてくるわけがない。「忘れてくれ」とも言われたが、安心して良いとは到底思えなかった。
おそらく、生徒会長は自分のことを軽々しく他言していないだろう。だが、不信感を持たれていることは疑いようがない。もし、警察に打ち明けられたら――証拠はないはず、だが――厄介なことに発展しそうだった。
今のうちに会って、疑いを晴らしておきたいところだった。
(でも、どう言いくるめる?)
都合の良い、且つ説得力のある言い訳が、どうしても思いつかない。
(あの聡い生徒会長に、どう釈明すれば疑いが晴れる? 却って藪蛇にしかならない気がする)
弁舌と人間力に甚だ覚えのない少年だった。
『ムリだよ、ごーしお兄ちゃん! もうあの女は敵だよ!』
スマホからリーノが、トゲのある声で叫ぶ。すれ違った生徒が気味悪げな顔をして剛司を見た。慌てて隅に避難する。
「て、敵? そうなのか?」
両手で包むようにしてスマホを隠して、ボソボソと呼びかける。
『あの2人に殺されちゃうよ!』
リーノは、犬型手袋の<クーちゃん>の口をパクパクと開閉した。「殺される」のアピールらしい。煽りの文言に、剛司は面食らった。
「2人? 生徒会長と、さっきのみ……なんとか書記のことか? なんで一纏めなんだ?」
剛司は、なんとなく面白くない。
『うん! だってあのフンイキ、ぜったい恋人同士だよ! ごーしお兄ちゃんも気付いたでしょ?』
「……え、ええ、えええ?」
素っ頓狂な悲鳴を上げて、またも奇異な視線に晒される。が、少年はそれどころではなかった。剛司のそういった方面の経験値は、著しく低かったので、指摘が正しいのかどうか判別はつかなかった。親しい間柄ではあったようだが。
大嶋剛司が伊勢乃木貴美に抱いていた感情は、「恋愛」よりも「憧れ」に近い。今までの足場が揺らいでしまうほどの新報だった。
『遠慮なんかしてると、あの2人組に殺されちゃうよ!』
いつの間にか、相手は「2人組」の「敵」に、処遇は「殺される」に誘導されていた。
「リーノ、ど、ど、どうすればいい?」
今までの基盤を揺らされた少年には、もはや頼れるのはスマホの妖物だけになってしまっていた。
今までの価値観を崩す、というのは、洗脳の最も手っ取り早い手法である。
『安心して! ごーしお兄ちゃんは、リーノが守ってあげるよ♡』
舵取りを任せられたリーノは、手袋の<クーちゃん>で、薄い胸をドンと叩いた。
解答11:「伊勢乃木香都子」警視長の語源は何でしょう? いせのぎかつこ⇒こっかのせいぎ⇒国家の正義 でした。「正義の国家」だとア〇リカみたいになっちゃうので(笑)、こっちの方がこのキャラクターらしいなあ、と思います。




