回す男<楽園編2話>
ミステリにありそうなパートです(笑)
ミステリ大好きです。
「あ、警部補、ゴクロ―さまでっす」
制服警官が声をかけてくる。警部補に対してかなり軽い挨拶だが、親しみやすい雰囲気の男だから、だろうか。
「どうなの? もう加害者捕まえてんだよね?」
もし交通事故なら、総務課の管轄となり、一課の仕事ではなくなるだろう。中年警部補は、タバコに火をつけようとして、現場であることを思い出し、止める。
「はあ、“汚い事故”ですがね」
歯切れの悪い警察官。原因のはっきりしない事故のことを、警察では「汚い事故」という隠語を使った。
「ナイショですよ? オレが教えたって」
管轄違いになるかどうか微妙なところなので、警察官が声を潜める。
「ああ、分かってるよ。いいネタあったら、また回すからさ」
警部補はそれなりのパイプを持っているようだった。清と濁どちらが流れるパイプかは定かではなかったが。
事件現場は、歩行者天国の中間地点。
「どうも、大通りから歩行者天国に突入して、210mほど暴走。歩行者を轢き殺したようで」
かなり不自然な状況である。
それでも、加害者と被害者が歴然としており、加害者は確保済み。目撃者までいるのだから、“解決済み”であった。
自動車運転過失致死傷罪が適用されるだろう。
「両害のオモテは?」
「被害者は亜蘭樹、29歳女性。飲食店勤務です。店は市内の洋菓子店“オリオン”。自宅もその近くです」
手帳をめくりながら答える。
「加害者は、本鳩勇、57歳男性。英語教師です。勤務先の公立学校も自宅も、お隣のO県。今日はたまたま研修会でこっちに来てたみたいですね」
生活圏が異なる2人だった。。
「おっと忘れてた。前科は両方ナシです。被害者の財布がなかったのが、少々気にかかりますが」
確保しているので、警察官も気楽なものだった。不審な点は、これから解明していけばいい。
「他の怪我人は?」
「どれも軽傷っす。証言によれば、車は、他の被害者には避ける素振りさえ見せてたそうです。単に移動の邪魔だったんじゃないっスかね?」
だが、唯一の死亡者は、激突した後、壁にぶつけてまでいる。
「亜蘭女史だけ、念入りに殺してるように思えるねえ。歩行者天国に乱入、も、ちょっと普通じゃない。怨恨かね?」
「どんなに恨みが強くても、車に乗って信号待ちしてた加害者が、210m先にいた被害者を目視できたとは思えんのですけどね。老眼入ってたそうですし」
「いやはや、面妖な事件、いや、事故だねえ」
聞くべきことを聞き終わり、警部補はタバコに火を点けた。
授業中、大嶋剛司は突然席を立った。
「……体調が悪いんで、保健室行ってくる」
言うのと、教室を出るのが同時である。
「おい、待て! 大嶋! 話はまだ終わってないぞ!」
現代文の教師が、教室で喚き散らす怒声を背に、トイレに逃げ込んだ。
「危ない危ない、何とか誤魔化したな」
袖にねじ込んでいたスマートフォンを出す。授業中いじっていたのが見つかったので、強引に教室から「脱出」したのだった。誤魔化せているわけはなく、後で呼び出しがかかるのは必定であるのに、当人だけはそのことに思い至ってない。
「次は“取り上げ”だからな、注意しないと」
剛司の通う高校では、スマートフォン等の持ち込みは警告1となる。警告が3つまで溜まると、3日間の別室授業を強制される。ネットカフェを連想させる狭い個室で、1人きりで自習をすることになる。
友達のいない剛司は別段個室授業が嫌なわけではない。が、警告3の際には、スマートフォンなどの解約手続きをとらされる、という罰則があることが大問題であった。
大事なソーシャルゲームができなくなってしまう。
「そういや、昨日ネットで書き込みがあったゲームが……」
“アリバイ作り”の保健室に行くことも忘れて、トイレでスマホをいじくる。
剛司は重度のスマホ中毒だった。と言っても、主にやっているのはソーシャルゲームである。今5つのソーシャルゲームを並行して遊んでいるが、どれもストーリーモードをすべて消化してしまったり、めぼしいレアカードは集めて、レベルを限界まで上げてしまっていたので、食傷気味になってきていた。
けっこうな額の課金もしている。
“Scooting Meed!(報酬へ駆け出せ)”
という文字がデカデカと書かれた画面に移った。
「おお、あったあった」
ネットで調べた限りでは、評判の良いゲームである。
派手派手しい画面に引き込まれる。目立つ処に、赤いカプセルの画像と、
“Twilit Crash!(黄昏を壊せ)”
というロゴがあった。
「これだな、よく話題に上がってる“1回限りの特別ガチャ”ってのは」
他のガチャでは絶対に出ない、WRというSRランク超えのキャラクターが、このガチャでのみ出る、ということだった。
“Scооting Meed!(報酬へ駆け出せ)”については、概ね好意的な評価が多い中、このシステムに関してだけは、批判が多かった。
まあ、特別なレアを手に入れられなかったものたちの、やっかみが大部分だろうが。
「ま、何が出るかで、今後やってくか決めるか」
早速ユーザー登録し、“Twilit Crash!(黄昏を壊せ)”を回してみることにした。CGのガチャガチャがせり出してくる。レバーが回転した。カードが裏向きに吐き出される。剛司はこの、カードの正体が分かる瞬間が大好きだった。
突如、強烈な光が目を貫いた。画面が激しく明滅したのだった。
「ま、まぶしっ!」
トイレの個室で、思わず目を覆った。
問題:亜蘭樹と、本鳩勇の語源は何でしょう?




