食う女<楽園編1話>
投稿開始です。投稿ペースはゆっくりめです。
「んっん~♪ あー美味しかった。さすが3万円の京懐石ランチよね~♪」
高級ランチコースを平らげた岸手れいりはご機嫌だった。27年生きてきて、これほどの贅沢を経験したことはない。
『ご満悦だな、主殿』
れいりの、胸のポケット辺りから声がする。
「そりゃもう。アタシ、おいしいものに目がないんだから。でも、2人前はちょっと多かったかな~。身体が重いわ」
商店街を歩きながら、れいりは答える。年齢の割には、舌足らずな喋り方だった。すれ違う者や、商店の従業員たちが奇異の目でれいりを見やる。傍から見れば、独り言を話しているようにしか見えない。
『そのようなものか? 悦楽ならば、他にもあろうと思うがな』
再びの声。若い女性で、加えて、妙に艶を含んだ声だった。
交差点に差し掛かる。
「んっん~♪ ま、アルちゃんは味が分からな……」
不意に会話が途切れた。れいりの視線は、眼前を通り過ぎてゆく1人の女性に注がれている。れいりより幾分年嵩の、髪を薄く染めた女性だった。
「亜蘭センパイ……ラッキー♪」
れいりが1年前、職場にいたときの先輩である。あれから3つほどバイト先が変わっているが。
れいりは進行方向を変え、亜蘭の後を追った。商店街が終わり、歩行者天国に入る。
「センパイの仕打ち、忘れてないですよ~」
洋菓子店に勤め始めたれいりは、幾度となく商品をちょろまかした。彼女は、食べ物の誘惑に極端に弱いのだった。当時チーフであった亜蘭は、それを目敏く見つけ、店長に密告した。
これが原因となって、れいりは職場を1ヶ月経たぬ間に辞める羽目に陥れられたのだ。と、当人は信じている。
態度と働きが悪すぎたので、遅くとも試用期間でお払い箱になる予定だった、とは、夢にも思っていない。
「ケーキ食べ放題の、お気に入りの仕事だったのに~」
子どものように頬を膨らませながら、胸のポケットからスマートフォンを摘まみ出す。
画面には、妖艶な美女が映っていた。半ば透けた、ウロコの刺繍の衣服を纏っている。
『なんだ、“魔法”を使うのか?』
なんと、画面の美女が喋った。口や表情が動く様は、プログラムとは到底思えない。下の枠に<アルソニック・アルカナ>という名が浮かんでいる。
「んっん~♪ ふくしゅうするはわれにあり~。もう使えるでしょ?」
『うむ、魔力も充填している。使用可能だ』
美女が答える。
<魔法を使う>という項目を、指の腹で押した。続けて、ダイヤル番号のボタンを2,7,9、4……と押してゆく。
「この手順が面倒なのよねー」
<“毒の呪言”を使用しますか?>
との文言の下に、<はい><いいえ>が並ぶ。れいりは、迷うことなく<はい>を押した。
やや歩調を速めた。メモ帳を出して、姓名を確認する。このときのための“リスト”は作成していた。
『もう少し離れていても使えるぞ?』
「いーのいーの」
小声で答える。元上司の真後ろで、ぼそりと呟く。
「亜蘭樹、潰れろ」
亜蘭女史の耳に届いたのか、怪訝な表情を作って背後を振り返ろうとしたとき。
――猛スピードで、車が突っ込んできた。前方を歩いていた数人を弾き飛ばし、亜蘭の脇腹にボンネットが直撃した。だが直後、まるで後ろにいたれいりを避けるように、車は急旋回し、レンガ塀に頭から激突する。上司はボンネットに突き刺さったまま、壁に埋もれてしまった。
明らかに異様な光景だった。歩行者天国に車が乱入し、200m以上暴走したのだ。警察が検分したら、首を傾げることだろう。
九死に一生を得た、とでも形容されそうなれいりは、しかし自分が助かるのは当然、とでもいうように、落ち着いていた。亜蘭の肩からずり落ちて、地面に転がっているバッグを手に取った。そのまま、何事もなかったかのように歩いてゆく。
れいりが必要以上に接近したのは、亜蘭の財布を狙ってのことだった。「私はブランド物が好きで、いつ“運命の出会い”をしてもいいように、常に10万円以上の現金を持ち歩いている」と故人が豪語していたのを憶えていた。
歩きながらバッグの中身を漁る。財布があった。中には、1万7000円。
「ちぇっ、ウソつき~」
紙幣だけ抜き取って、残りは設置してあるゴミ箱へ放り込む。バッグや財布はブランド物だったかもしれないが、衣も住もれいりの好物ではない。
「んっん~♪ ま、いいか。“仕返しのついで”の臨時収入なんだし~。駅前でドーナツたくさん食べれるくらいはあるし。けっこう歩いたから、お腹空いてきちゃった」
高級懐石2人前で腹を満たしたのも束の間、“仕返し”が、新たな食欲を呼び込む引き金になったようだ。
『……健啖だな』
れいりよりも気の回る画面の美女は、『だから、そんな有様になるのだ』とは言わなかった。
問題:「岸手れいり」の語源は何でしょう?
分かった方はコメントください(笑)




