17.まるでスモウだな
村に暮らす2人の少女。
ミーシャとアリサが村の門へと駆けて行く。
「待て待て。子供が村の外に出るのは禁じられている」
「帰った帰った」
魔族と接する辺境に位置するタートス村。
柵外はモンスターが跋扈する危険地帯とあらば、外出制限も当然の処置。
「ふーん。残念。大人も一緒だから大丈夫なのよ」
門番である兵士を相手に問答するミーシャの元。
「どうも。引率の大人だ」
遅れて俺も挨拶する。
「いや、大人っても、どこの誰だか分からないデクの棒では」
「なんか見た事ある顔だな……ってその片腕。まっ裸野郎じゃ?」
残念だが、あまり兵士の信用は得られていない模様。
「このおっさん。こう見えて強いから。へーきへーき」
「最強だぞ?」
シュッシュと俺はシャドーボクシングを繰り出してみせる。
「うーむ。確かに大人と一緒なら外出許可は出せるが」
「……ちょっと能力を測定してみるか」
そういって兵士は何やら怪しげな水晶玉を取り出した。
「おっさん。この魔水晶に触れてみてくれ」
ほう? 兵士の言動から察するに、これで能力を測定するようだ。
俺の精霊アイなら見るだけで測定できるというのに……庶民とは不便なものだ。
はたしてどのような結果になるのか?
興味津々。俺は水晶玉に手を伸ばす。
ピコピコピコ……体力……260……魔力……50です。
「おお! 最強には程遠いが、おっさん。思ったより強いな」
「でもよお……体力はともかく、魔力50って子供なみでは?」
「本当に大人なのか?」
「身体は大人。頭脳は子供ってわけか」
なんという失礼な物言いであろうか。
天才の頭脳にたいして、子供なみなど。
どうも魔水晶で測定できるのは、体力、魔力の数値のみ。
知能指数やスキルは測定できない欠陥品である事が判明した。
だが、まあ、それでも欠陥品は言い過ぎた。
シルフィア様もおっしゃていたように異世界では魔力が全て。
魔力とは、現代日本におきかえるなら、装備。武器である。
いくら格闘世界チャンピオンであっても、銃には。戦車には勝てないもの。
俺のパンチがA級破壊力を秘めようとも、A級魔法である落雷、竜巻と比べれば雲泥の差。
近づく前に魔法で撃たれては死亡である。
異世界においては、魔力のない人間はクソ雑魚ナメクジでしかない。
「うーむ……魔力50ではな……外出は許可できん」
「いくら力があっても、頭に問題があってはな……」
「そっちの男が勝手に自殺するなら好きにして良いが」
「子供を道連れにされては困る」
まあ、それはあくまで一般論。
天才である俺には当てはまらないのだが……普通の兵士では分からないか。
「えーウッソー。魔力50が許されるのって10歳までよね」
「ええ。マサキさん……もしかして私よりダメダメですか?」
待て。お前たちまで何を言っている?
そのような浅はかな思考……
俺の配下となるからには、しっかりしてもらわねば困るという。
そもそも外出できなくて困るのは、お前たち2人。
俺は大人だから、1人でなら問題なく外出できる。
「そうよね……うーん……そうだわ! あんた。兵隊をぶっ飛ばしなさい」
なんと過激な思考。
まさに脳筋。ミーシャの知力は30程度と予想される。
「アリサの家の壁を壊したあんたに言われたくないわ。それより、実力を見せるのが一番早いわよ」
「うう……壁。私が怒られたんだよ。おかげで店番失格だよ」
なかなかにごもっともである。
しかし、俺はそこまでして2人を外出させたいわけではない。
ミーシャを俺の配下に相応しく鍛えるだけなら、村内で訓練すれば良いのだから。
「あーあ……一緒に外出してくれるなら、1つくらいは言う事を聞いてあげるのになー」
そう言って、チラリ服の胸元を持ち上げるミーシャ。
何を馬鹿な事を……
小娘の分際で大の大人を誘惑しようとでも言うのだろうか?
大人を舐めないでいただきたい。
「そうだよね。もう。ミーシャったら。はしたないよ」
「兵士の諸君。私とスモウで力試しといこうではないか?」
胸チラ程度で済まそうなど甘すぎる。
覚悟しておくことだ。
「ええー……」
俺は槍を使って地面に円を描く。
「素手でお互いに押し合い、この円から先に出た方が負けでどうだ?」
「ほー。力試したあ、面白そうじゃねえか」
ポキポキ指を鳴らして、大柄な兵士が1人。
円へと足を踏み入れた。
「ちょっと! 何よそのデカイの。ぶくぶく太って反則じゃない! そっちの小さいのが入りなさいよ」
「だ、駄目だよ。兵隊さんにそんな言葉、怒られるよー」
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名前:兵士
体力:300
魔力:200
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辺境の村を守る兵士だけあって、なかなかの強者といえよう。
だが、俺は日本男児。
国技であるスモウで遅れを取ろうはずがない。
この勝負。乗った時点で貴様の負けは確定した。
互いの距離は約2メートル。
俺は腰を落とし軽く両拳を地面に着ける。
「誰か始まりの合図をくれ」
「それじゃ俺が……いいかい? スタート!」
合図と同時に、俺は両足で地面を蹴り突進する。
こういう場合の合図は、はっけよい、のこっただろうに。
それを見た相手兵士は腰を落とし、魔力を集中。
俺を受け止め、弾き飛ばそうと身構えていた。
「うおー魔力パワー。身体強化魔法やで。来いや!」
魔力による身体強化。
その身に鋼鉄の鎧をまとうようなもの。
俺を雑魚だと侮ったか?
へっぽこ野郎の体当たりなど、魔力の鎧で楽に弾き返せると。
確かに兵士の体力300に魔力200の身体強化を加えれば、合計戦闘力は500となる。
魔力50の俺がいくら身体強化しようが、その合計戦闘力は310でしかない。
兵士が余裕の笑みを浮かべるのも道理である。が──
「どすこい!」
ドカーン
俺のパンチを受け、兵士の身体は土俵の縁へ。
徳俵のギリギリにまで、吹き飛ばされていた。
「だにい?!」
顔色を変える兵士。
今さら。時すでに手遅れ。
ドスコーイ!
続けて体当たりする。
俺の肩口が兵士を激しく打ち付け吹き飛ばす。
宙を舞う兵士の身体は、土俵のはるか外。
「どわあ」
「あひー」
観戦する他の兵士をも巻き込み、その両肩を地面に打ち着けていた。
「やったじゃん!」
「ふわー凄いです」
スモウにおいて最も大事なのは立ち合い。
相手を吹き飛ばす衝撃は、速さの2乗に比例して威力を増すという。
当然。ぶつかる方が有利。
能力において俺を大きく上回る。その余裕が命取りとなったのだ。
などという御託は置いておいて、そもそもが俺の所持するスキル。
体当たりは、クレイジーベアから分捕ったAランクスキル。
魔水晶によって、体力、魔力を数値化。管理するのは結構。
だが、連中はスキルの存在を知らない。
もちろん。熟練の技として存在を知ってはいるが、スキルもまた数値化。
ランク分けされていることを知らない。
そして、俺が有するAランクスキルは、決戦スキル。
所有する者は限られる、戦場における戦車のような存在。
俺の体力の上昇と共に、その本来の威力を徐々に発揮しつつある今。
いくら兵士が身体強化しようとも。
魔法の鎧をその身にまとおうとも、戦車に体当たりされてはイチコロなのも当然。
ことスモウという互いの肉体をぶつけあう競技において。
Aランク体当たりを受け止められるはずがないのは、やる前から分かっていたことだ。




